第19話 にぎっちゃった

 水兎みとに目隠しをして、スイカを彼女から二十歩ほど離れた場所にセットする。

 空気読まずの河童は、地面に突き立てた木刀に額をつけ、邪悪なオーラを放ちながらスタンバイしていた。


 もうやばい。絵面が放送禁止すぎる。


 乳に絆創膏張っただけの、ふんどし爆乳娘が目隠しされて放置とか、属性が詰まりすぎてて渋滞起こしてる。



「オーケーだ。水兎、木刀から額を離さず十回転してくれ!」

「いくぞぉー!!」

 まるで合戦にでも赴くような勇壮な声だったが、回転する足取りは、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルしたものだった。


「よし、十回転したっぺよ!」

「了解だ。じゃあ水兎、そのまま真っ直ぐ進んでくれ。ゆっくりゆっくりー」

「へへ、今宵の木刀は一味違うんじゃあ!」


 ほんとはゆっくりさせたくないのよね。もう寒くて指が感覚なくなってきたよ。

 だが今回の場合、依頼者を楽しませてなんぼだ。かけ声に熱を入れざるを得ない。

 

「水兎、そっちじゃない。右だ右! そうそう!」

 拍手で盛り上げる。へいへい! へいへいへーい! そこだそこだー!


 おいこら。

「ねえ、お前ら少しはやる気出そう? いつまでもこんなシュールな事続けたくないだろ?」

「寒いの平気」

「俺が死ぬ。頼む、力を貸してくれ」

「じゃあくっつく」


 さっむ! 雪女、クッソ寒っ!

 海辺で凍死とか、軽くミステリーだよな。


「なあ、ボクがガチャ爆死してんのに、なにイチャついてるわけ? 分けろよな」

 全然関係ないキレかたするな。


「ほら、ミオ!」

 ことりが左半身にしがみついてきた。お、ほのかに温かい。なんかぐにゃぐにゃするものがあるが、これがまたホットで素晴らしい。

 やるじゃん、デュラハン。これは判定勝ちもやぶさかじゃないよ。


 と思ったら、左腕がことりの首にある暗黒空間にすっぽり入っていた。

「うおっ!?」

「わぁう、びっくりした!」

「こっちのセリフだ。ん、待て。俺今何を握っていたんだ? ことりの暗黒空間にあるのって、西洋剣と……」

「えっち……」


 ああああ、握っちまった! 絶妙な感触なはずだよ。うあああ、ちょっとほっこりした感動を返せ。


 もう逃げ場はない。おこげ、頼むぞ……。

「おーい、待て待てー。おいら食べちゃうぞー」


 浜辺で飛び遊んでいるチョウチョを追っかけていた。

 こいつらの当事者意識、低すぎない? え、俺が間違ってるの? 


「アドバイスをくれ! おらはどうすればいいだよ!」

 そのまま月まで歩いていけ! ぐぬ、仕事……くそ……。


「そ……そのまま、真っすぐです。頑張ってください!」

 だめだ。このままでは俺の心がピカソの絵になる。



「おい、杏」

「帰宅?」

「ちげえっつの。頼むから働いてくれ」

「交換条件。キス」

「あー! ずるい、ボクだってボクだって! ちゅーしようよー」


「じゃあおいらも」


 よし、じゃあおこげで。

 むちゅうー。


 ん、なんか杏とことりの気配が変わった……?


「犬、選ぶんだ」

「ふーん、そういうことするんだ。へー。流石に傷つくよねー」


 二人の目が座ってる。やがて怖いくらいの無表情になっていく。


「手伝う」

「そうだね、終わらせてあげよっか」


 二人は砂浜に来て、初めて水兎に声をかけた。

「水兎、左向いて。そこから十歩」

「わかったっぺ!」


 なんだよ、意外と的確な指示じゃないか。うまくスイカの近くに誘導している。やればできるじゃん。

「はーい、そこでまた少し左に向いてくださいねー」


 ……ん?


「そこからは遠慮はいらないからね! ぴったり十三歩で、思いっきり、満身の力を籠めて、木刀を振っていいよー」

「合点承知だべさ!!」


 ふざっけんな! ピンポイントで俺が居る位置じゃねえかっ。


「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 雷鳴のようなかけ声とともに、水兎さんが砂を蹴って襲いかかってくる。


「そこじゃああああああ!!」

「うぉああああああああ!!」


 ぎゅっと後ろに引っ張られる。


 水兎の木刀は地面を揺るがし、辺りには轟音が鳴り響いた。

 飛び散った砂が地面に落ち、視界が明らかになると、砂浜にはプチサイズの隕石が落ちたようなクレーターが出来ていた。


「あんれ、外したかの」


 尻餅状態のまま、体に怪我が無い事を確かめるためにペタペタとあちこち触ってみる。どうやら五体満足負傷無しのようだ。


 間一髪、ギリギリセーフである。もう少しでミンチにされていた。

 危なかった。もしインパクトする直前、誰かが後ろにギュッと引っ張ってくれなかったら……。


 すると、ふと視界に茶色いものが見えた。その方向に顔を向けてみると、舌を出し、瞳を輝かせたおこげが座っていた。


「おこげ、お前が助けてくれたのか……」

「危なかったね、ご主人」


 首を少し上にもたげ、ムフーと鼻息を一つ。犬又なりの『ドヤ顔』なんだろう。

 感謝の気持ちを込めて、おこげの好きな背中のラインをなでる。


 チッと、和やかな雰囲気をぶち壊す舌打ちが聞こえた。

「いやいや、あれは死ぞ? やっていいことと悪いことあるだろうが。また説教部屋行きになっちゃうよ」


「ミオが悪い」

「ボクたちはふかーく傷ついたんだけどー」


 こっちは深く地面に埋められるとこだったんだけど。妖怪基準でセーフティ判定するの、ちょっとやめませんかね。


「終わってない」

「もうすぐ終わるけどねー。にへへ」

 杏がご愁傷様、と言わんばかりに俺に向かって手を合わせてくる。

 次は一体何をする気なんだ、こいつは。


 すると、背後から声が聞こえた。

「ふむ、おらの木刀が折れたかぁ。はて、先っちょはどこへ行ったんだか」


 水兎が目隠しを解き、折れた木刀を見て首を傾げている。


 その直後、頭に衝撃が走る。俺は激痛のあまり、その場に倒れこんでしまった。

「天罰」

「いえい、大当たりぃ」


 痛みに悶える中、二人のいたずらっぽい声が聞こえた。


「おやおやぁ、おらの木刀の先だっぺ。なんでこんなとこにあるんだか」

 途絶えそうな視界に、砂に突き刺さった黒光りする木刀の先端部分が見えた。

 どうやら上空高く吹き飛んでいた模様である。


「あわわ、ご主人! ごしゅじーん!?」

 おこげが心配して、必死に前肢で体を揺すってくれる。

 

 おこげの心配そうな瞳を見ながら、俺は意識を手放した。


――

「おきたっぺか?」

「ぐぬ……あいてて」

「動かない方がいいだよ。河童特製の軟膏を塗ったからの。すぐに痛みはなくなるべさ」


 すまん、ありがとう。礼を言おうとして、できなかった。

 だってさ、だってさ!


 バカでかいおっぱいが、顔の上にどぷんと乗っかってるんだもん!

 息すらできん。なんだこの肉厚。

 実はこいつはミノタウロスではなかろうかと、失礼なことを考えてしまう。膝枕で介抱してくれてるのは嬉しいが、もうちょっと人体の構造について学んでほしかった。


「うぶぶ、み、みと……」

「そげに乳吸いたいんかな? ええよ、まーだ出んけど、ミオが頑張ってくれればすぐだっぺ」

「いき……でき……な」

「くすぐったいだよ。ほーれ、大好きなもんだっぺ。男はいくつになっても子供って、お母ちゃんが言ってたっぺな。たくさん甘えてええだよ」

 なんか口に咥えさせられた。もう限界、これは逝く。


 あ、お花畑。

 まって、お婆ちゃん、ボクも行く! 


 ずるん、と足を引っ張られた。

「ミオ最低」

「ちいさいのだって価値はあるし。ふんだっ」


 二人とも自分の胸をぺたぺたと触りながら、俺を睨んでいる。

 顔に血液が巡る間、果たして俺は生きて帰れるのだろうかと真剣に悩んだ。

 

 妖怪は神秘の存在だ。自然と一緒に生きていた過去の先人たちは、彼らを敬うことで共存してきた。それは恐らく正解だろう。


 さて、氷漬けにされるか、西洋剣で刺されるか、乳圧で窒息するかを選ばなくてはいけない。どうしたもんだかね、まったく。

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