Case2 河童娘の倒しかた

第16話 うわきはだめ

 首藤ことりの騒動から数日すぎた昼下がり、俺は一階の居間でくつろいでいた。


 外は風が強く吹いているが、それでも日増しに、気温が上がってきたなと実感出来る。もうすぐゴールデンウィークになることを考えれば、気分も上々になってくる。

 普通ならね。



 再び引きこもったことりを部屋から出すのに、俺は切ってはいけないカードに手をかけてしまった。

「ことり、ゴールデンウィークに俺とどこか行かないか? だから部屋の外へ――」

 勢いよくバゴンとドアが開いた。


「はぁ、はぁ、はぁ。ふへ、ふへへへへ。い、いいの? ボク、本気にしちゃうよ?」

「あ、ああ。でも遊びに行くだけだぞ。それ以上は期待しないでほしい」


「うんうん。おっけーおっけー! なぁんだ、ミオはやっぱりボクのこと好きだったんだね。うへへへへ、両想いかぁ」

「人の話聞いてくれ」

「いいんだよぉ、細かいことは。うひひひ、あの雪女ザマァ! ボク大勝利!」


 まあ杏さんがばっちり聞いてるんだけどね。

 遊びに行くとは言ったけど、二人きりとは言ってない。この提案は俺を守り、おこげを守り、仕事を達成するためには必要な措置だ。

 背中に時折、霰のような氷塊がぶつかってくるが、気にしてはいけない。



「あの後は大変だったな、おこげ」

 クッションの上で寝そべっているおこげのひげを触る。

「ご主人、酷い目にあったよね。おいら目をつぶっちゃったよ」


 我慢の限界にきた杏が、また氷のハルバードを手にことりに挑みかかった。

 ことりも流石に慣れたのか、目にも止まらぬ早業で剣を取り出して応戦する。


「おい、やめろ! マンションを破壊する気か!」

 間に入ったタイミングが悪かった。

 氷の棍棒と西洋剣。鍔迫り合いをしている中に踏み込んだものだから、柄の部分で思い切りひっぱたかれた。


 何も俺を殴ろうと思って殴ったわけではない。声をかけたから力が緩み、俺の方へと勢いそのままに武器が飛んできたのだ。


「あ……」

「やばい」


 おこげが言うには、妖怪は人間界にいる間は妖気を隠して行動しなくてはならない。正当防衛なら問題はない。だが妖怪同士のバトルに巻き込んで一般人を怪我させるなど、許される行いではない。


「あの二人大丈夫なのかね。ぶっ飛ばされた俺が心配するのもなんだが、あまり重い処遇にならないといいが」

「アンズは怒られるぐらいだろうねー。でもことりんはまずいかも。引きこもりを解消するときに、ご主人に向かって剣をいっぱい投げてたもんね」


 下手したら里に戻されるかもねーとおこげは言う。

 せっかく社会復帰の第一歩を踏み出したのだから、大目に見てあげてほしいのが俺の本音だが、こればかりは妖怪のルール次第か。無事を祈るしかない。


「昔、妖怪が沢山いた頃は、里で謹慎するって磯貝さんから聞いたけれどねー。今は少子高齢化だから、ことりんも軽めな罰で終わると思うよ。まぁ、そのうち戻ってくるんじゃないかな」


 おこげから妖怪界隈の事情を聴いていると、スマホに着信が入った。

 表示された発信元を見て、思わず、うげっと呟いてしまう。

 そう、磯貝さんからだった。通話をタップすると、


「らぶりーミオちゃん、お元気してるぅ? 磯貝よん」


 全身の産毛がすべて逆立つような、ねばり気のある声が聞こえた。


「こ、こんにちは磯貝さん。もう九割型確信していますが、また仕事ですね?」

「ピンポンピンポンピーンポーン、大当たりぃ。特別賞として、私のお家で愛の手料理をご馳走するわん」

 磯貝さんの【家】で【愛】の【手料理】? 

 放送禁止コードに引っかかるのでは?


「磯貝さん、賞は謹んで辞退します! そんな事より仕事の話をしましょう!」

 これ以上精神を削られるのはごめんだ。


「あらぁん、残念ねぇ。しょうがないわ。それじゃあ今からアタシのお店に来られるかしら?」


 割とマジで残念がっていた。すごく怖いよ、あの妖怪。

 俺は今から行きますと伝え、電話を切る。

 よし、とりあえずは胃腸薬と……ワセリンはやめとこう。流石に大丈夫だろ。


 やれやれとため息をつき、ベッドにごろんと仰向けに寝そべる。

 おこげが俺の腹の上に乗って来て、こちらに顔を向け、見下ろすような形で寝そべった。ちょっと重くなったな。ご飯食べさせすぎてるのかもしれん。


「電話、磯貝さんだったん?」

「それ以外ではこんなにげっそりとしないよ……」

「じゃあアンズにも言わないとねー」

「それが通じないんだよな。ラインも既読つかんし。仕方がないから先に行こうか」


 上に乗ったおこげの横腹をわしゃわしゃとなで、持ち上げる。

 さて、また怪しいお仕事の始まりになるのか。


「よし、ちょっと待っていてくれ」

 自転車のスタンドをたたみ、前かごにおこげを優しくダンクシュート。


 風を切って走る二人乗り。犬生初の自転車に、おこげは「わふぉーん」と嬉しそうな声をあげて喜んでいた。


「こんにちはー、氷室です」

「おいーす、おこげだぞー」

 それぞれ異句同義な発言をしつつ、磯貝さんのお店の中へと入る。


「おかえりなさいませ、ご主人様ぁん」


 磯貝さんが、奥から淡いピンクで白いフリルが沢山つけられたメイド服を着て、挨拶してきた。

 可愛らしい白のニーハイソックスと、服と同じ桃色の革靴。おまけにヘッドドレスまで装備していやがった。筋肉マシマシのメイドさんがノシノシとやってくる。


「え、あの……」


 どう言えばいいのか。

 何と表現すればいいのか。

 むしろ発言したらそこで負けなんじゃないだろうか。

 頭の中を色々な形容詞が駆け巡る。

 だが、ただ一つ確信をもって言える。


 これはテロだ。

 視覚細胞に対する侵略戦争といっても過言ではない。


「さあさあ、お席にご案内するわね、ご主人様っ」

 押し切られるようにおこげと共にいつものテーブル席に着く。


「お待たせしました、ご主人様ぁん」

 すっと磯貝さんからアイスコーヒーをいただいた。

 飲んでいいのか、これ。大丈夫? 変なモノ入ってない?


「あの、磯貝さん。今日は一体何を……」

「あら、やっぱり似合うかしら? アタシもそう思っていたのよねぇ」

 独自の幸せ回路、電源切ってくれませんかね。


「いえ、そうじゃなくて。仕事の内容を聞きたいんですってば」

「あらそう……。ミオちゃん、気に入ってくれると思ったのに。仕方ないわね、それじゃあ始めましょうか」


 残念そうな様子であったが、これでようやく本題に入れそうである。

 おこげを膝の上に乗せ、一緒に耳を傾ける。


「まずはミオちゃん、初めてのお仕事、よく出来たわねん。実際のところを言うと、例のデュラハンたんと話すだけで、終わってしまうかもしれないって思っていたのよ。でも、ミオちゃんは話すだけどころか、依頼通りきちんと部屋から引っ張り出してくれたわ。その事について、心の底から褒めてあげたいの。本当にお疲れ様、ミオちゃん」


 そう言って磯貝さんは金色のあごヒゲをいじりながら、うんうんと頷いている。

 改めて第三者から言われてみると感慨深いものがある。まさかいきなり褒めてもらえるとは思わなかったので、すこし目がうるっときた。

 目をごしごしとこすっていると、磯貝さんがさらに話を進めてきた。


「ミオちゃん、今日は二つの用件があるの。いいかしら」

「はい、話してください」


 涙をぬぐいながらでは格好がつかないが、それでも自信に満ち溢れてそう言った。今なら、どんな内容でも大丈夫なように感じられた。


「まず一つ目。ミオちゃん、カードに印鑑をもらったまではよかったけれど、その後気絶しちゃったから、報酬をもらい損ねていたでしょう?」


 すっかり忘れていた。

 依頼を達成すると、依頼主から報酬がもらえると言っていたっけか。

「そう言うわけで、はい、これ。代わりにアタシが受けとっていたのよ」


 そう言って磯貝さんは、紫の薄布に包まれた、遺骨を入れるような箱状の物を机の上に置いた。


「これ、開けていいんですか?」


 給料が入っているにしては包みが豪華すぎるように思ったのだ。

 包みを解いてみると、中には白い桐で出来た箱があった。え、マジで骨?


 恐る恐る蓋を開けると、中にはパソコンで使うマウスと同じ程度の大きさで、蛍光グリーンの色をした、コンニャクのような物が入っていた。


「……何ですか、コレ」

 報酬って言ってたので、てっきり現金の入った茶封筒か何かだと思っていたんだけど。

 何この発光物。放射線でも出してるんじゃなかろうか。

 原子力発電所の奥底で眠ってそうなブツに、俺はゆっくりと手を伸ばした。

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