第15話 デュラハン討伐 完了!

「娘を部屋から出して下さって、本当にありがとうございます。何とお礼を申し上げればいいのか……」


 ことりのお母さん、首藤椿さんが三つ指ついて感謝の言葉を言ってくれた。

「いえ、そんな……お役に立てて何よりです」

 と、俺は手を大げさに振る。


 人にも、もちろん妖怪からでも、お礼を言われるのはとても清々しい。

 こんなに喜んでもらえるような仕事なら、続けていけるかもしれないな。頑張ろうという気持ちがぐんぐんと膨らんでくる。


 そうだ。成功したと言う気持ちに浸っていて、忘れかけていた事を思い出した。

「あの、すみませんが、このカードに印鑑をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、ここですね」

 お母さんが笑顔で捺印してくれた。


 YSKから支給されたカードに初めての足跡が残された。

 残り四個。まだまだ先は長い。

 けれど、おこげと今まで通り平穏に暮らすためだ。今は着実に頑張っていこう!


 一仕事終え、満たされた気分で帰宅しようとしていた俺達に対して、

「せ、折角だから、ボクと一緒にご飯でも食べようよ。ほら、感謝してる……し」


 耳まで真っ赤になったことりが俺達を引き留める。ちなみに照れているから赤いわけではない。杏に強制介入を喰らい、顔中をしもやけにしてしまった結果だ。流石に顔が氷漬けになった時は全力で助命嘆願したもんだ。


 ことりの提案は悪くはない、か。ここに来てから割と時間がたった気がする。

 気にしてはいなかったが。改めて言われると自分がかなり空腹だった事に気づいた。

「いいのか? じゃあお言葉に甘えさせてもらうけど」

 仕事を片づける事が出来たと言う自信も手伝ってか、ご相伴にあずかる事にした。

 してしまった。


――だが、これが本日最大の過ちだったのだ。


「お寿司でいいかしら、配達を待っている間、私はデザートを作っていますね」 

 と、お母さんがスマホ片手にキッチンへと消えて行った。

「なあ、ことり。人間社会もそこまで悲観するほどのものでもないだろう?」

「……そう、そうかもしれないけどさ。でもミオ、ボクは絶対にあきらめないからね」

 意味深なウインク。隣で青筋をビキビキ、氷もビキビキたてる杏さん。

 妖怪戦争やめーや。これから飯だってのに。


「ミオは私の夫」

 雪乃宮が目を細くしてにらみつけている。

「は? 私の彼氏だし」

 ガルルルルと歯をむき出しにして威嚇している二人。


「君たち本当は仲がいいんじゃないかね?」

「そんなことない!」

「唾棄すべき敵」


 そっすか。じゃあ俺はおこげと遊んでるから、存分にやっておくれ。

 妖怪のバトルに巻き込まれたら、一般人なんぞゴミのように吹き飛ばされるのは目に見えているからね。


 少し時間は経過する。

 三人と一匹を交えて、人間界のあれこれを話していたら、

『お待ちどうさまでーす』とお寿司の配達が来た。

 お腹の虫が騒ぎだしそうになる。ぐへへ、イクラ、イクラだよなぁ。

 あのつぶつぶをプチっと噛んで、赤い汁をキメるのはたまらんよ。


「はい、お待たせしました。みんなたくさん食べてくださいね」

 きたよ特上。超豪華! 実家でもこんなん見たことねえよ!

 並べられる寿司桶に、俺は少し感激してしまった。


「ヒャア、イクラだ! たまんねえぜ!」

「えぇ、ミオ。キャラ変わってるけど」

「病気?」


 憐れむような目を向けられるが、俺はもう止まらない。杏もことりも俺の発作を心配してか、そっと紙皿にイクラの軍艦巻を乗せてくれた。

 

 最高の時間、最高の報酬。

 そのはずだったんだよ。この時までは。


 妖怪ってのは、ほんと、どうしてこう要らないことするかね。


「デザートにどうぞ。ぜひ召し上がってくださいね」

 語尾にハートマークがつきそうなほど笑顔で、お母さんが大皿を持って来てくれた。


 乗っている物は、スライスされたフルーツの盛り合わせ。

 皿の中央には、そびえたつバナナ。隣には皮をむいたミカンの玉が二つ。


「あぶらはむっ!」

 俺は思わず食後のお茶を噴き出した。

 いやぁ、きついっす。リアルタイムの性転換を目にした後で、これはちょっと。


「ことりちゃんがお部屋から出て来てくれたお祝いに。そして可愛い女の子になっちゃった記念にね!」

 と、屈託の無い笑顔でテーブルの上にやばいオブジェを置く。


 その大皿を穴が開くほど見つめて、プルプル震えていることり。

 何やらブツブツ呟いているが、聞き取る事が出来無い。

 目のハイライトも消えているように見える。

 考えなくてもわかるよ。ことりの怒りは臨界点を突破してるって。


 そんな時、おこげが、そのチョコレートがけのバナナを見て、


「お、うまそー。ばななん、ばななん、ばーなーなー♪」

 腰を振りながらと歌い始めた。


「ブヒョフッ! ちょ、無理っ! おっふぉっ、えっふぉ」

 俺の顔面と腹筋は見事に崩壊した。


「お母さんのばかああああああああっ!!」

 がばっと勢いよく立ち上がったことりが、泣きながら暴れる。

 この母親、ほんま鬼畜すぎない? そりゃ性格歪むわ。


「ミオ、失礼」

「いや、ちょ、ぶふっ。これは無理。こんなの不可抗力だ!」


「ミオもばかああああ!! ボクもうお部屋に戻るうううう!!」

 ガン泣きしながら、また部屋に閉じこもってしまった。 


「あらあら大変。ことりちゃん、何が気に入らなかったのかしら?」

「……全部だと思いますが。いえ、いいです」

「ミオ、どうする?」

 はあ……まーた振りだしか。

 その後ことりとのデートを約束に、何とか部屋から引っ張りだすことができた。

 

 俺も色々性癖壊れそう。妖怪の日常がコレだとすれば、人間とはなんと穏健な生き物なのか。

 今日の逆MVPは、首藤椿さん。あなたに贈ります。人の努力を無に帰すことにかけては右に出るものなく、娘を追い詰める姿勢は芸術的なド畜生ぶりだった。


――

 家に戻った俺は、おこげと一緒にベッドへと飛び込む。ペットシートと水を用意し、クッションも準備よし。

 せめて夢では、安らかに過ごしたい。いやほんと、体がもたないっすわ。


「ねえご主人。楽しかった?」

「楽しい……か。そうだなぁ、新鮮といえば新鮮だったけど……うん、楽しかったな。ことりには悪いが、俺はとてもやる気が出てきたぞ」


「おいらも楽しかったよ。ご主人と一緒に思いっきり遊べたんだ。あふぅ、おいら……ご主人のとこに来て、本当によかったよ」


 すぴーと寝息を立てて、クッションの上で丸まる。

 おこげ、俺はいい飼い主だろうか。いや、そうあらねばならない。


 そして俺も意識を手放し、夢の中に沈む。

 春の日差しの中、おこげとゆっくり散歩をしている夢を見た。

 とても幸せな夢だったのを覚えている。


※犬にチョコレートやポテチを与えてはいけません。ご注意ください。

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