第14話 とれちゃった

 アカデミー主演女優賞、ことり。

 恨みこもり、激怒の熱が入った一人芝居を見せてもらった。


 ことり劇場が終わったところで、おこげが前肢で器用に拍手している。

 犬なので、肉球に当たって音は出て無いが。


 しかし、根が深すぎる問題だ。

 正直、俺個人の力でどうにか出来るようなものではない。


 しかしな……男の娘か。正直カミングアウトされるまでは、ガチで女の子だと思ってた。華奢だし、肉付きが女性っぽいし、お尻も大きい。世にいるマニアには垂涎のボディだろうけど、俺はそっちのケは無いと自負している。


「なんだよ、ボクのこと気持ち悪いって思ってんだろ。人間なんて大嫌いだ!」

「いや、そういう事情なら仕方がないと思ってる。信じてもらえないかもしれないが、世の中少しずつ変わってきてるんだぞ」


「じゃあなんでボクは男って言わないといけないんだよ! ボクの心は女の子で、きちんと男子が好きなんだよ! 今更どうしようないじゃないか!」


 諦めたように虚脱してしまった。杏に合図を出して、首を元に戻してもらう。

 流石にもう暴れないだろう。しくしくと丸まって泣き始めてしまった。

 声も体臭も、泣き声すら本当の女の子と変わらない。これはことりだけが直面している問題ではない。世間では辛い思いをしている人が多くいるのだろう。


「なあことり、少しだけ我慢できないか? どうせ帳簿上でしか見られない書類なんだし、その場だけお茶を濁すってことは無理かな」

「できないよ……ボクはボクなんだ。この体とこの心で生きてるんだ。それを曲げるだなんて、絶対にできないよ」

「まあ、そうだな。すまん。俺が悪かった」

「うん……その、ボクも暴れてごめん、ね」


不覚にも泣き顔が可愛いと思ってしまった。だからつい口に出てしまう。

「ことりは美人なんだから、胸張って生きればいい。構いやしないさ、文句言うなら俺も協力してやるよ。自分の属性を無理に変えさせられる方が間違ってる」


「ボク、美人さんなの?」

「おう。それは誇っていいぞ」


 事実は事実。俺は偏見なんて持たないぞ。

 ガバリとことりが起き上がり、俺に思い切りしがみつく。

「な、何事っ!?」

「優しいんだね。ねえ、名前もう一回教えてほしいな」

「澪だ。氷室澪。俺も名前がコンプレックスだから、辛い気持ちはわかる」

「へへ、そうなんだ。じゃあミオって呼んでいいかな。これでおあいこ」


 サイバイマンみたいに抱き着いてきてるが、こいつ自爆とかせんよな。

 いくらことりのあるがままを受け入れるとはいえ、男の娘に抱きつかれているのはいかがなものか。これで興奮する俺も相当やばいのかもしれん。


「ミオ……大変」

「ん、杏、何かあったか?」

「放送」

「は?」


 新人Vtuber小鳥遊ぴよ。渾身の配信切り忘れ。

「え……やばない?」

「やばい」


 そこにはコメントの暴風雨が吹き荒れていた。


・ガチ男の娘ゆるす。もっとやれ。

・おいそこのやつ、俺と変われ。

・ぴよちゃんくんどちゃしこやろ。

・これは抜くのが礼儀。

・すんすん……これはいいメスの臭いですなぁ……。


 すまん、きもすぎる。

 これが同じ人類とは思えん。傷心の妖怪に何を見せてるんだこのバカどもは。

 ただでさえ愛想つかされてんだぞ、人間。もうちょっといいところ見せてくれよ。


「バズってる」

「うっそだろ……おあ、トレンド一位とか初めて見たわ」

 ことりを引きはがして、俺はTwitterを見てみると、もう小鳥遊ぴよ一色だった。

 ハッシュタグ#小鳥遊ぴよ #リアル男の娘 #シコい

 血の気が引くような話題が席巻している。


「こ、ことり。これ切るのどうすればいい」

「ちょっと代わって!」


 ものすごい勢いでタイピングしていく首藤ことり君。一秒ごとに顔が緩んでいき、蕩けそうなほどに満足しているのがわかる。

「うへ、うへへへへ。これは収益化いけるんじゃないかな。ボク、認められたのかな。ぐへへへへ」


 目に$マークが点滅しそうなほどにのめり込んでいる。うっかり登場で居場所をぶち壊してしまったが、復旧作業ははかどっているらしい。


「今日はぴよのドッキリでした……と。これでおっけー!」

 カメラを切り、ことりは俺たちの方に向き直る。もう肌がつやっつやで、充実した時間だったことがうかがえた。


「えへへ、ボクのことみんな可愛いって。男の娘でもいいって! 人間も悪い人ばかりじゃないんだね!」

「そ、そうだな。まあ色々特殊な人が集まりやすいからな、今日みたいなこともあるだろ」


 純粋すぎて怖い。この子にネットを触らせてたら、いつか悪い人に騙されそうだ。

「Vtuber、続けるのか? 学校に行かせるつもりで俺たちは来たんだが」

「勿論続けるよ。学校も行く。おかしいね、さっきまではすっごく世界が憎かったのに、今ではなんかどうでもいいやって思ってる」


 ことりに必要だったもの。それは自己肯定感だったのだろう。

 他人と違うがゆえに、自分に自信が持てない。それが積もり積もって自分の世界を狭めてしまったに違いない。


「じゃあ部屋から出てくれるか」

「うん、そうだね。ちょっと怖いけど、ミオがいるし」

「そうだな……ん、俺がなんかあったか」

「一緒に居てくれるんでしょ? ミオ、ボクの彼氏になって。つきあってよ」


 その『つきあう』は、【付き合う】のか【突き合う】のか、どっちだろう。

 いや、待て。その前に俺はドノーマルだ。ことりの彼氏はちょっと……。

 こういうのははっきりと言った方がいいだろう。遠まわしな表現は、かえって人を傷つけてしまう。


「ことり、俺は女の子が好きなんだ。悪いがお前とは付き合えない」

「ふふ、ボクをこんなにしておいて、酷いね」

「ははは、俺は任務をこなしただけさ。笑っていてくれるのなら、それは十分な報酬だよ」


 横目でチラと見たが、杏がハルバードを構えてたのは見逃してないからね。

 ここで頷いたら頭カチ割られるのは目にみえてる。


「ふーん、女の子がいいんだ。じゃあボク、男の子やめようかな」

「おいおい、折角親からもらった体だぞ。確かにアレを手術でとる人もいるが、そこまでせんでも……」


 タイとかモロッコとか、その辺は性転換のメッカと聞く。ことりは今のままで元気いっぱいにVtuberと学生をしてくれればいいと思うのだが。


「えい」

 ことりが自分のズボンに手を突っ込み、股間を思い切りちぎった。

 スポン、という軽快な音が鳴る。

 ことりは自分の首を開けて、を暗黒空間にしまい込んだ。


「え、おま……なにしてんの」

「とっちゃった」


 は? 取れるの、アレ。

 股がきゅんと痛くなる。俺は自分のブツが切断されることを想像し、大寒波に襲われるように震えた。


「うん、ちゃんと女の子っぽくなったね。ねえミオ、これならつきあってくれるかな」

「えぇ……」

「デュラハンだからね。いろいろ取り外しできるんだよね」

「頭じゃなくてそっちの頭も外せる……のか……」


 今までの苦労はなんだったんだ。お前、セルフ性転換できるなら、最初からそうしろよ。俺の気遣いが全部空回りじゃないか。


「よしよし、ちゃんとアソコも女の子になってきた。これでミオとえっちぃこともできるね。で、どうかな、ボク?」

「アウトだよ大馬鹿野郎。俺の時間を返せ、こんちくしょう!」


 ベッドに押し倒し、馬乗りになって頬を引っ張る。

「アハハ、痛いよミオ。でもちょっと気持ちいいかも。ねえ、もうちょっと下も触ってみてよ」

「誰が触るか! おいおこげ、こいつをやってしまえ」

「あいさ。おいらにおまかせだよ!」


 部屋に落ちていたポテチを食べていたおこげは、俺の号令と共に足の裏を舐め始めた。ああ、こんなことなら力づくで部屋から引きずり出せばよかった。


「ミオ」

「…………はい」

「おいたはだめ」


 首藤ことり社長による、株式会社だいしゅきホールディングスは絶賛営業中のままだった。

 

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