第13話 ことまい

「ボクの話を聞いてくれるんでしょう?」


 女子をベッドに押さえつけてるやばい態勢だが、こうでもしないと話にならない。

 いいぞ、なんでも聞こう。

「言ってくれ。何が原因で引きこもったんだ?」


「じゃあ言うけどさ! もう最低だったんだよ!」

 黒のソックスに包まれた足をじたばたさせ、首藤ことりは語り始めた。


「最初に言っておくけれどさ、今でも人間の事は立派な存在として認めてるんだよ。私はこれでもデュラハンの里ではそこそこ優秀だったんだ。人間が完成させたものが、どれだけの労力と知恵を駆使して作られたかを察する事が出来たし、尊敬の念すら抱いていたよ」


 訥々とことりは言葉を紡ぎ始める。どこか悔し気だが、一定の敬意は感じられた。


「最初に人間界に来た時は、超楽しかったし。まるで夢のようだった。色々な物に触ったり、動かしたり、見学したり。数日間は純真無垢に楽しめたと思うよ――人間の悪しき慣習を知るまではね!」


――人間の、悪しき慣習……?

「そうよ、悪しき慣習。もはや病的だよね」

 ことりがヒートアップしてきた。


「人間たちってさぁ、一事が万事前例を踏襲する癖があるよね! 昔からこうだったから、とか、今まではこのようにしてきたからとか。だから、今そこにある新しい事実を認めようとしないのさ。人間のそう言うところ、本当に大っ嫌いだよ」


 確かに人間、主に日本人には前例を重視する傾向があるのは否めない。

 それにしたって、郷に入っては郷に従えって言うことわざもあるくらいだ。


 有能と自負しているのであれば、もう少し周りの人を観察して、うまく社会に溶け込む事も出来たはずなんじゃないかと思った。

 だからつい、こんな事を口に出してしまう。


「君がどんな目にあったか俺はまだ解らないし、その事によって負ってしまった心の傷がどんなものかを察する事は出来ない。だからと言って、いつまでもお母さんを無視するのはいただけないよ」


 そう言った途端、ことりがより一層体をバタつかせた。

「ボクが人間のとこに来て、一番恨んだのはママの事だよ! ボクが部屋から出なくなった原因の半分はママのせいなんだ!!」


 怒髪天を衝く、とはまさにこの事だろうか。まあ首は杏が押さえてるわけだが。


 少し言葉のチョイスを間違えたか。首の暗黒空間から刃物が出そうになってる。


 俺はつい今の今まで、部屋から出るよう説得する事しか頭になかったため、ことりが妖怪である事をすっかり忘れていた。目の前にあるのはモロ首なし死体だけど、なんか人間臭いからなぁ。


「ちょ、ま、待って。お母さんに文句があるのであれば。尚更部屋から出なくちゃダメじゃないか! それに人間社会の作法だって、そのうち慣れてくるよ」


「うるさい! うるさい! うるさい!!」

 もう今にも剣がにょっきり出そうだ。このままではサボテンにされる。


 ことりがついに切れた。ブチブチと拘束しているガムテープを引きちぎる。


 首に西洋剣が姿を現し、手に取ろうとしていた。

 られる!! 

 そう思った時だった。


「ホイっと」


 おこげの声が聞こえたかと思ったら、ことりの足をぺろぺろと舐め始めた。

「ちょ、やめろぉ! あひゃ、やめ、くすぐったい」


「んんん? んー」

 おこげが何か戸惑っているが、今はそれどころではない。


「おこげ、そこまでだ。ことりさん、続きを話してくれないかな」


 なんとかことりの心をこじ開けなくては。

 心を強く持って、彼女を説得しよう。

 人間と妖怪の間にだって、心の繋がりは出来るはず。


 俺はことりのことを強く抱きしめた。

 突然抱きしめられた彼女は、じたばた暴れるのをやめてくれた。


「聞いてくれことり! 俺は人間で、なんの力ももたないただのガキだ。でもそんな頼りない男でも、困っている女の子の悩みを解決してあげたいと思う気持ちは嘘じゃない!」

「やめろよ……放せよ……」

「頼む、話を聞いてくれ!」

「痴漢! 胸を触るなぁ! 串刺しにするぞ!」


  頼む。どうか、届いてくれ。


「君が迷っている事があれば、俺と一緒に探そうよ。悩んでいる事があれば、一緒に考えよう。困っている事があれば、協力して成し遂げよう。俺達人間と、君達妖怪との間には、絆と言う橋を架ける事が出来ると思うんだ」


「……何だよ、急に」



 そう、俺とおこげのように。



「だから……頼むよ……。せめて一人っきりにはならないでくれよ」

「……もう。分かったから……許してよ」



「――あれは高校に転入手続きをしに行った日の事だよ。雲一つない素敵な青空がまぶしかったのを、よく覚えてる」


「職員室で先生に挨拶をした時、とっても怪訝そうな顔をされて固まってしまわれたの。そんでもう一度個人情報を聞かれたよ。だからもっとはっきり聞こえるように挨拶したのよ。そうしたら、どうさ? ものすごく悲しい目をして、『強く生きるんだぞ』って励まされたんだよね」


「そしてその日の帰り。あの時の事は一生忘れる事ができないよ」

 

――ことりの独白—―


(あれ、何? お財布? 落とし物かな)

 電信柱の影に茶色い皮で出来たお財布が落ちているのを発見した。


(こう言う場合って、どうするのが普通なんだろ。触ってもいいのかな)

 そう考えながら、ボクはおずおずとお財布に向かって手を伸ばした。


 拾って開けてみると、中には福沢諭吉さんが二十人ほど重なっていた。

 他にもクレジットカードや運転免許証、病院の診察券と言った、なくなっては困るであろう物が多数入っていた。


(嘘、これどうしよう。こう言う場合、人間だったらどうするんだっけ……)

 そう、ここは人間界。

 失せ物を長老に預けるといった、デュラハンの里とは違うのだ。


 頑張れボク、こんなところでまごまごしてちゃだめさ!

 強く自分に言い聞かせて、解決の糸口を探った。

 すると、目の前を一台のパトカーが通りすぎて行った。


(そうだ、警察だ! 確か交番って言うところに行けばいいんだよ!)

 人間ならきっと落し物を交番に届けるはず。

 ボクは人間、人間、と言い聞かせ、通行人に道を聞きながら最寄りの交番までやってきたのだった。


「あの、すいません」

 初めて見る交番にドキドキしながらも、勇気を振り絞って突入してみた。

「お財布、拾ったんだけど……」


 交番内にいた警察官は、あまり忙しくなかった時だったのだろう。不意に声をかけられたせいか、少々緩んだ表情をしていた。

 だがこちらの意図が解った瞬間、自らの職務を思い出し、きりっとした顔つきになった。


「ええと、じゃあそちらに座ってください」

 四十歳くらいだろうか、白髪が目立つ警察官が席を指で指し示す。

「は、はい」


 言われた通りに席に着き、落し物のお財布をデスクの上に置いた。

 落ちていた場所などの質問に答えると、警察官は中身を一通り確認し、持ち主らしき人に電話で連絡を取る。


 確認が終わると、優しい笑顔をボクに向け、今時感心だねと褒めてくれた。


「えへへ。当然ですよー」

 嬉しかった。うまく人間界に紛れ込む事が出来たのかなと言う思いがあふれる。


 そんな小さな喜びに浸っていると、

「一応手続きだから、住所氏名年齢をこれに書いてくれるかな?」


 警察官が書類を手渡してきた。ボクは意気揚々と、書類にボールペンを走らせる。

「はい、出来ました!」

「うん、どれどれ」


 警察官が書類を確認して、うんうんと頷いている。

 よかった。ボクはうまくやれてるね。


 心の中でダンスをしていると、警察官から一つ質問をされた。

「えーと、性別なんだけどね。真ん中の点に丸がついてるけど、君は男の子なのかな? それとも女の子?」


「一応体は男です! でも心は女の子です!」


「む……」

「えっ?」


 まただ。ついさっき学校で見たあの目だ。この人も同じように固まっている。


 すると、次の瞬間、

「いや、これは真面目な書類なんだから、冗談とか抜きで本当のことを書いてほしいんだよ」

 と語気を強めて言ってきた。


 この人は何に疑問を感じているだろ。

 言われた通り、ボクは自分のことを正直に書いたのに。


「あの、ボク、体は男だけど……女の子で……」


 今までにこやかだった警察官が笑みを消し、口調もいらだったように変化した。


「学生さんねぇ、あんまり警察をバカにするもんじゃないよ。LGBTQとか今は考えが変わってきてるけど、これ上に提出する書類なんだよね。そういう中途半端なことは書かないでくれるかな」


 え、なんで、どうして? どうしてボク怒られているの!?

「あの、その、ですから、本当に……」

 怖さと困惑とが合わさった震える声で、もう一度本当のことを告げる。

「ふざけるのもいいかげんにしなさい!!」


 今度ははっきりと怒鳴られた。

「こっちは仕事なんだ、戸籍通りに書きなさいよ!」


――そんなに、性別って大事? 


 ボクが座っている場所に突然落とし穴が開いたような気がした。


「お、おい君、待ちなさい!」


 気がつくとボクは泣きながら、自宅に向けて真っ直ぐ走っていた。


 快晴な天気とは裏腹に、ボクの心は土砂降りだった。

 


 性別男の娘。フィクションでしか許されない存在……。人間界ではボクのことは男としてしか扱われないんだ。


 そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。


「ことりちゃん、帰ったの?」


「ママ、ボクって男の子? それとも女の子?」

「決まってるじゃない、男の娘よ。心はちゃあんと女の子だもんね。子供のころから女の子として育ててきたんですもの、今もとってもかわいいわよ」


「ママ……ママの馬鹿! もうボクに構わないで! なんでそんなことしたんだよぉ……ボクは……ボクは……うわあああああああん」


 大泣きして、鍵をかけ、部屋に立てこもる。

 ボクはこの日、自分の存在を失ったんだよ。


――

 ことりの独白は終わり、部屋は沈黙が支配する。

 え、マジでこれどうすんの? 


 新米Vtuber(終了済)小鳥遊ぴよ。

 本名は首藤ことり(♂)

 俺が抱きしめているのは……男の子……なのか……。


 よくよく観察すれば、股間に見慣れた膨らみがある。

 どうすればいいんだ、こいつ……誰か俺に救済措置をしてくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る