第12話 まもるから

 妖怪デュラハン。

 一説では墓場から死者を迎えに行く、馬車の御者であるらしい。小脇に自らの首を抱えて、人家を訪れては住民に血液をぶっかけるそうだ。

 欧米圏ではアンシリーフェアリーと呼ばれ、悪しき妖精の一つとしてカウントされている。


 さて、そんな蘊蓄はさておいて、目の前の鉄火場をどうしようか。

 だってわからないじゃないか。デュラハンがVtuberやってるとか、先進的すぎて誰も予測できんと思うよ。一般的に親フラは笑いの一つで済む場合があるだろうけど、男が出てくるのは致命傷と聞いたことがある。

 つまり今の俺だね。


「お前、ボクの生きがいを潰しやがって。生かして返さないからな!」

「い、いや……だから警告したじゃないか。ドアの剣ぶっ刺して威嚇してきたのはそっちだろう」

「うるさいな、邪魔すんなってことぐらいわかれよ。どんだけ空気読めないのさ!」


 見た目は中学生くらいの、細っこい娘さんだ。頑張れば力で圧倒できるかもしれない。不健康そうだし、いかにも格闘の素人らしいフラつき具合だ。

 そこまで考えて俺は浅はかさを恥じる。

 妖怪に常識は通用しない。杏も細いが怪力を持っている。片手で大の男を引きずり回すぐらいはできるだろう。

 おこげは……まあ、喋るだけか。うん、可愛いからよし。


「すまんがちょっと事情聴取させてくれ。Vに関してはもう炎上しちまったもんはしょうがないと割り切ってもらうしかない。勝手なことを言ってるのはわかるが、これはYSKからの正式な依頼なんだ」

「ほんと勝手だよね! お前にボクの生活を侵害する権利あるわけ? ガッコーなんていかなくたって稼げるんだから、文句ないじゃん。義務教育ってのだって終わってるし、別に何をしようが個人の自由だろ!」

 

 まあド正論だ。高校に通うのは自由意志だから、そこを責めることはできない。俺だって依頼されなきゃ放っておいたよ。面白いチャンネルが増えるのは良いことだと思うしね。


「そうは言うが、流石にずっと引きこもってるのは親御さんに心配をかけるだろう。そもそも人間界に来た理由はちゃんとあるんだろ?」

「はん、知ったことじゃないね。ボクは生きていける手段を得た。それが全てだったんだよ。お前にぶち壊されるまでは。ねえこの責任どうしてくれるわけ? 謝罪と賠償を受けても気がおさまらないんだけど」


 どちらもする気はない。苦情はYSKに言ってくれ。こちとら初任者研修レベルでこの案件にぶち込まれたんだから、多少の行き違いがあってもしょうがない。

 だが俺の事情はそうであっても、デュラハンのことりの事情はまた違うのもわかる。せっかく生計立ててたんだから、切れるのも十分理解できる。


「つか、もうお前ぶっ飛ばす。ボクが悪いんじゃないから、それは了承してよね」

 宣言して、ことりはおもむろに自分の首をつかみ、ぼこんと外す。

 あ、マジでとれるんだ。それはそれですごいな。


 その断面が気になるので、ちょっとのぞきこもうとしたら、何かが俺の頬を掠めて飛んでいった。

 ビィン、としなる音を立て、壁に西洋剣が突き刺さっている。

「リロード」

 首の断面は黒い。そこからにょっきりと剣先がこんにちはしてくる。


 こいつ、物体を射出するタイプだ。そういう戦い方する相手かよ!

 二発目は床に伏せることでかろうじて避けた。こいつ、何本隠し盛ってやがるんだ。国民的猫型ロボットのポケットかよ。

「リロード」


 やばい、部屋から出ないと死ぬ。ことりの首が俺の顔に照準を定めたとき、間に杏が割って入ってきた。

「許さない」

「なんだよ、お前。白い髪しやがって、どこの婆だよ」


 射出された剣は真っすぐに杏に向かい、吸い込まれるように刺さる――直前で金属音が鳴った。

 杏が打ち出された剣をはじいた。その手に持っているのは、氷でできた凶悪な武器だ。西洋で使われたポールウェポンの一つ、ハルバードだ。斧と槍、そして騎兵を引きずり下ろすための鉤がついている最強の近接兵器の一つである。


「へえ、やるじゃん」

「守る」

「ふうん、そういう関係ね。むかつくなあ、もう是が非でもそっちの男をぐっちゃぐちゃにしてやりたくなってきたよ」

「倒す」


 部屋一つ、10畳一間の攻防戦だ。高速で繰り出される剣を、即座に叩き落さないといけない死のもぐらたたき。

 これは俺も加勢しないとまずいか。そう思い転がっている西洋剣を拾おうとしたのだが、すでに影も形もなかった。消えている。確かに重い音を立てて転がっていたのだが。


 よく観察してみると、杏に弾かれた武器はそのまま霞のように消えてしまっている。なるほど。剣を具現化できる数に限りがあるのか。おそらくは三本、それ以上は一本消さないと出すことができない。

 つまりマガジンに三発しかはいっていない銃のようなものだ。


 一本目を杏が弾く。二本目はよける。三本目が姿を見せた。

――今だ!


「おっりゃああああっ!」

 俺は杏の横をすり抜け、ことりの体にタックルをかます。渾身の力、最大の体重をかけてことりの腰を持ち上げ、ベッドに叩きつけた。

 ばふんとクッションが利き、俺たちはベッドの上で絡み合う。


「こいつ、もう離さないぞ。大人しくしろ」

「やめろ変態、ボクに触るな!」

「うるせえ、その物騒な剣しまえ! 杏、顔を没収だ。視界がなければ動けないかもしれない」

「わかった」


 ひょいと床に転がっていたことりの頭を、杏が持ち上げる。うお、片手でアイアンクローをするようにぶら下げてますよ。そこまでするのはかわいそうでは。

「あいたたたたた、おい優しく扱えよ! 頭部はデリケートなんだぞ!」

「俺の体もデリケートなんだよ。悪いが妖怪みたいに頑丈にできてないんだ。あんな武器で刺されたらマジで死んでたぞ」

「離せよくそっ、やめろ、変なとこ触んな!」


 改めてみると首なし死体がばたばた動いているようで不気味だ。小さくて華奢な体つきだが、おしりは大きい。

「おい、やめろよ! ボクの体傷物にしたら責任とってもらうからな!」

「んなことしないってば。はいはい、ちょっと縛りますよっと。杏、ちょいとことりの首を部屋の隅っこにもっていってくれ。こっちが見えないように」

「うん」

 

 あらかじめ準備していたガムテープで手首と足首を縛る。ついでに首の物騒な射出口には枕を当てておいた。

 やってることは完全に婦女暴行だけど、こうでもしないと命の危険がつきまとう。それに先制攻撃をしてきたのはことりだ。かろうじて正当防衛と言い張れるか。


「はい、OK。それでは事情聴取を始めます。素直に答えてくれるととてもうれしいんだけどな」

「お前はいつか絶対殺す。こんな真似しといて、ただで済むと思うなよ!」

「聞きたいのはそういうことじゃないんだよな。まずはなんで引きこもったのかから始めようか」


 学校さぼってVtuber なんていう精神にくることやってたんだ、質問に答えるくらいの気力はあるかもしれない。


「じたばたすんな。頼むから答えてくれ、何があったのか解明したいんだ。もしかしたら助けになれるかもしれんし、それがよしんば無理でも、他の子を同じ想いをさせないようにしたい」

「さわんな……よぅ……もう、わかった、わかったから。言うよ……」


「手荒な真似をしたのはマジで謝る。教えてくれ、何があったんだ」

「お前ら人間なんて大っ嫌いだ。ボクのアイデンティティぼろぼろにしやがって! だからボクはお前たちからお金を搾り取ってやるって決めたんだ!」


 ぽろぽろと涙をこぼしている、ことりの頭部。

「教えてくれ。お前の力になりたい」

 

 本当に部屋から出すには、心に溜まっている気持ちを知ることからだ。

 後には引けない。俺が必ずことりの闇を払ってみせる。

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