第11話 かれしじゃない

◆首藤ことり 


「はぁ、めんどくさ。早く帰らないかな」

 ことりは小さい冷蔵庫を開け、中からお気に入りのエナジードリンクを取りだすと、喉をならしてぐびぐびと流し込んだ。

 けぷっと小さな息抜きをし、ヘッドホンをかぶる。


「そろそろ配信だし、早くかえれー。とっととかえれー」

 カメラの位置をセットしなおし、モーションキャプチャーがアバターとしっかりリンクしていることを確認する。

「へへ、学校なんて行かなくていいんだよ。ボクは人気チューバーとして生きていくんだから」


 小鳥遊ぴよ。ロリトロ顔でデカ胸でアイドル衣装の、エロ系のアバターだ。

 自分とは全く違う人物になれる。これが醍醐味だと実感していた。


 配信を開始してまだ二週間。名実ともにド底辺のチューバーだが、徐々に閲覧数やお気に入り登録が増えているのに興奮していた。


「うへへへ、どうせ部屋には入れないんだし、予定通り放送いっちゃうか!」

 どよんとした暗い灰色の瞳の下には、おおきなクマができている。寝ぐせでぼさぼさの茶色いくせっ毛は、そろそろ手入れをしないと生き物が住み着きそうなほどだ。


「マイクよし、ボイチェンよし。部屋ドンされても気にしなーい」

 ことりの部屋のドアには厳重なカギがかかっている。例え相手が怪盗でも侵入することはできないだろう。部屋も防音仕様なので、黙ってやりすごせば問題はないと思っている。


「あーあー。あかまきがみ、あおまきがみ、きまきぎゃみ」

 いつも通り。ドアを叩かれるのは親にもされているので大丈夫。ことりはそんなトラブルですら美味しいと最近感じてきている。いわゆる親フラの亜種だ。

 BGMを流し、配信スイッチをオンにする。


「みなさんこんぴよー! あなたの手に乗るちいさなヒヨコ、小鳥遊ぴよだよー!」


・こんぴよー。

・ぴよちゃんかわいくて生きるのがつらい。

・はじまった?

・めちゃ人増えてるwwwwぴよりすぎwww


「こんぴよありありです。今日はですね、これ! デッドバイデイドリームの野良凸をしてみようと思います。くくく、野生のぴよは殺人鬼でいきますよー」


・マ? つなぐわ。

・ぴよちゃんと対戦したい。

・戦績カスでわろた。

・ざっこwwww ぴよちゃん負けすぎ。

・そのおっぱいでゲーム実況は無理でしょ。


「いいんだよぉ、ぴよが勝つところみてろよなぁー。今宵のナイフは一味ちがうからねー」


 軽妙なトークを交わしながら、小鳥遊ぴよは次々と生存者を襲う。

 そしてことごとく返り討ちにあう。結局は脱出のフラグとなる発電機を、全員生存状態で回されてしまい、完膚なきまでに敗北した。


「ちょっと相手つよすぎぴよ。う、運がわるかっただけだよ!」

 声のトーンが低くなる。小鳥遊ぴよの中身である、首藤ことりは大の負けず嫌いなのだ。完封負けはプライドが許さない。


・ぴよぴよぴよwwwww

・雑魚すぎわろwwww

・その腕でゲーム配信は公開処刑だよね。

・負け顔エッッッッ!!

・うちの犬でも勝てそう。


「いや、調子悪かっただけだし。次は頑張るし」

(こんな大炎上配信とか美味しすぎ。そろそろいいところ見せないとねー)

「つ、次もいくぴよー。鬼の追跡をふりきれるかなー」

 アバターの胸がたゆんたゆんと揺れる。首藤ことりはもう血眼になって狩れる相手を探した。そのように演出していたともいう。


◆氷室澪


「いけるか、杏」

「うん」

 室内からは何の音も聞こえない。寝てるのか? いや、そんなはずはない。

 杏が提案してきたのは、開錠して乗り込むという直接的な手段だった。そんなことができるのかという問いに、問題ないと首肯してみせたのだ。


「凍らせてぶっ壊すのか? それはちょっと迷惑になるぞ」

「違う」


 杏は指先を鍵穴にそっと当てた。待つこと数秒。杏が指を引き抜くと、そこにはドアのカギと同じ氷の塊がにょっきりと出てきた。

「空気中の水分を凍らせたのか。すげえな」


 特技がピッキングの雪女。想像もしなかった。

「撫でて」


 ぐっと頭を寄せてくる。くそう、これは対価、対価だ。

 やさしく杏の頭をなでると、くすぐったそうに目を細め、ほぅと熱のこもった吐息が俺の体にかかる。


 よし、突撃準備よし。だがすぐ行くわけにはいかない。下手に踏み込んでリストカットでもされたら洒落にならないからな。お母さまに最終勧告をしてもらおう。


 呼ばれてやってきた首藤椿さんは、ドアを強くたたく。

「ことりちゃん、お願い。出てきてちょうだい。今日はね、もうお母さん怒ってますからね!」

 全然迫力のない叱り方だ。ぷんぷん、という擬音が聞こえてきそうである。

「では、開けていいですね?」

「お願いします。ことりを外に出してください」


「わかりました、杏、やってくれ」

「うん」


 ガチリ、と鍵が開く。中ではPCに向かって楽しそうにゲームをしている首藤ことりの姿があった。


◆首藤ことり

「ほらほらほら、勝ったし! ぴよ強すぎない? これ修正されるでしょ!」


・やるぴよね。

・マッチングしようず。

・ぴよちゃんをわからせたい。

・ぴよちゃんの泣き声じゃないと抜けない。


 どんなもんよと、ことりは薄い胸をそらす。久しぶりの勝利に視聴者の意見は真っ二つに分かれていた。小鳥遊ぴよは負けヒロインが似合う派と、たまに勝って調子に乗るのがかわいい派である。

(ふ、踊らされやがって。ボクはもともとゲーム超得意なんだよね。一生懸命キャラ作ってきた成果が出てうれしいねー)


 まったくもって順調。今日も登録者が300人増えた。ドアがガンガン鳴らされて、母親が何か言ってたけど気にしないでいた。

 だから、気づかなかった。

 小鳥遊ぴよの終焉に。


「ねえ、ことりさん。部屋はいるよ」

 それは氷室澪がことりを慮って発した声。だがVtuberにとっては最も忌避すべき爆発物だった。


・おい、男の声したぞ。

・なにいまの。え、え、彼氏?

・ふざけんな、金返せよ。

・もう終わりだよこの配信者。

・やってしまいましたなぁ。彼氏登場とかヤバ杉内。

・ことりっていうのか。けんまはよ。


「え、待って、違う。ちょっと、あんた誰!」

「いや、さっきからいたじゃん。何度もドアノックしたでしょ」

「余計な事言うな、喋るなってば! ああああ、もうっ!」


・放送事故きたこれ。

・さらば小鳥遊ぴよ。まさかの彼氏発覚乙。

・裏切られたわ。もう死ぬわ。

・解散。


「あ……ああ……なんで、なんでボクの居場所を奪うんだよ! ふざけるな、配信だけが生きがいだったのに! なんで勝手に入ってくるんだよ!」

「頼まれたから。というかVtuberだったんだね。マイクいいの?」

「やばっ、ちょ待って! ああ、もうどうすれば……」

 

 画面に表示される文字列は怨嗟の声と、炎上の燃料を喜ぶ声だ。

 この日、新米配信者小鳥遊ぴよは完全終了した。


「この人間、お前だけは絶対許さないからな!!」

 生身の妖怪、首藤ことりとして、氷室澪に宣戦布告を叩きつけた。




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