第10話 ゆるさない

 通された場所は、首藤さんの和装とは異なって洋風のリビングだ。

 こげ茶色の床以外は、全体的に白を基調としてコーディネートされている。

勧められた、高級そうな革張りのソファーも、他の家具と合わせて白いものであった。


「お茶の用意をしてきますので、どうぞおかけになってくつろいでいて下さいね」   

 そう言い残して、首藤さんの……お母さんだな。彼女はリビングから退室して行った。


 それを見はからって、おこげに気になることを聞いてみる。

「おい、おこげ。あの人本当に妖怪なのか? どう見ても普通の人に見えるぞ」

「うんさ、見た目は人間だけど、れっきとした妖怪だよ」

「なんか狐につままれた気分だよ……」


 やりとりをしているうちに、コーヒーとお茶菓子を持って、首藤さんが戻ってきた。

 穏やかな仕草で給仕してくれたあと、部屋の中央に置かれたガラスのローテーブル越しに、俺たちと向かい合う形で白いカーペットの上に正座する。

 ロングドレスでは大変だろうと思ったが、慣れているのかその所作はとても流麗だった。


「改めまして、デュラハンの首藤と申します。このたびは娘のためにご足労頂きまして、誠に恐縮の限りです」


 深々と頭を下げられてしまった。


「あ、いえ、こちらこそ。突然すみません。氷室澪と申します」


 そのままソファーに座ったままでいるのも失礼なので、同じように正座してお互い頭を下げ合う形になる。

 どうやらお約束で首が落ちるというハプニングはなさそうだ。どの辺がデュラハンなのかよくわからないが、きっと取れないように訓練でもしていたのだろう。


「雪乃宮です」

「おいらおこげー」


 約一匹、日本の様式美を理解していない生き物がいる。

 よそ様のお宅で、お腹を出してごろごろ転がっているやつは放っておこう。


「あの、それでは、どう言う状況か詳しく教えて頂けますか?」

「はい、実は――」


 語ってくれた内容はこうであった。


 元々、首藤母娘は関西地方にある、西洋妖怪が集まる里に住んでいた。

 デュラハンは十六歳になると、人間界に降りて来なければならない。

 人間の常識や知識を学び、将来の伴侶を探し、子どもをもうけるためだ。

 里から遠く離れて、人間社会に紛れ込んで生活するしきたりがあるのだと言う。


 首藤家もそのしきたりに従って、里から出てわざわざ茨城県までやってきた。

 この春から娘を人間と一緒の高校に通わせる予定だったらしい。しかしその娘が三週間ほど前に、転入手続きをしに行った後から急に引き籠ってしまったとのことだ。


「なるほど……。首藤さんには、何か心当たりは無いんですか?」

「それが全く……。私はおろか、お医者様にも全く口を開いてくれないんです…。一体何が原因でこうなったのか、私には皆目見当がつかない次第でして……」


 首藤さんはそっと袖で目じりを拭いながら、言葉を続ける。

「氷室さんが人間で、YSKに入られたばかりであると言う事は、磯貝さんから伺っております。ですが、私達妖怪の目線からでは解らない事も、人間である氷室さんなら何か気がつかれる事があるかもしれません。どうか娘に話しかけてみてはもらえませんか」


 何と言う過剰な期待感。

 引き籠りに気軽な声をかけても、ろくな結果にならないと思うのだが……。

 だが、ここまで来ておいて、すみません帰りますなんて言えるはずがない。

 おこげとの生活のため、ここは頑張るところだ。

 そう自分に言い聞かせるしかない。


「解りました。娘さんの部屋を教えてください」

 磯貝さんも言っていた事だ。

 ダメでもともとだと。ならばやるだけやってみよう。



 さて、部屋の前まで来たわけだが、まず初手をどうするか。

 人間第一印象が大切である。

 人間的な挨拶を交わしたことから察すれば、デュラハンも俺達と似たような精神構造をしているのかもしれない。


 外すわけにはいかない、ピッチャー渾身の第一球である。

 とにかく明るく。気さくな会話のやりとりを頭の中でシミュレートする。

 いざ、鎌のマークでデコレーションされた『ことり』と言うネームプレートがぶらさがっている部屋をノックしようとした。


 その寸前、

「おーい、YSKだぞー。開けちくれー」

 と、おこげが前肢でドアをガリガリ引っ掻いた。


 顔面蒼白になる。俺は自己最高速度で、おこげをドアから引っぺがした。


「ねえ、お前……。マジで何考えてんの? ねえ? ねえ?」

 おこげのほっぺたを横に、にゅいーんと引っ張る。

「いひゃ、そうふれば いえへくれるとおもっふぇ」


 何を言ってるのか解らないので、とりあえず、ほっぺにゅいーんの刑は解放する事にした。


「いいか、誰とも話したくないって言う人が、はいどうぞって素直にドアを開けるわけがないだろ!」

「そんじゃーご主人はどうするつもりだったんさ?」

「それは……まだ思いつかないけど、でも流石にいきなり入れてくれはダメだろう」

「えー、おいらだって頑張ってるのにー」


 あーだこーだと言い争いを続けていると、突然大きな音が鳴った。

「マジか、おい……」


 ドアからにょっきりと刃物が生えている。形状は西洋剣のようだが……。

 ただ事ではない思い、距離をとって構えていると、

「……かえれ」

 と、何やら暗くどんよりとした声が聞こえた。ハスキーでもともとは活発であったことをうかがえるのだが、どうにも拒絶感が強い。


「あの、はじめまして。俺、氷室って言います。突然すみません、実は……」

「うるさい! 帰れ!!」

 今度は破裂したような大声で威嚇された。更に続けて、

「人間なんか大嫌いだ! お前の事なんてどうでもいい。ボクのことなんて放っておいてよ」

 拒絶反応代わりに、ドスドスと扉に剣が刺さる。黒ひげ危機一髪じゃねえんだから、勘弁してくれ。


「しっかしな。はいそうですかって帰るわけにはいかんのよ」


 普通なら危なくてやってらんねーと、速攻で帰る状況である。

 取りつく島の無い人間、この場合は妖怪だが、そう言った者には関わろうとしない事が、賢い判断だろう。


 しかし、何と言えばいいのか。自分でもよく解らないが、とてつもなくカチンときた。俺の無駄な勤労根性に熱が灯ったのだ。 

 こっちは初対面だからって気を使っていたのに、『お前なんかどうでもいい』とは言葉が過ぎるのではないか。


 俺だって好きで天岩戸をこじ開けようとしているわけじゃねえ。

 俺はお前のためでは無く、おこげのために来てやっているんだからな。

 あまりの理不尽さに、少々むかっ腹が立ったのだ。


 彼女は自分の本心に沿って発言しただけであり、別に俺に対して喧嘩を売っているわけでは無いと思う。

 だがその一言は今しがたまで、こんな仕事無理だと思っていた俺を、親父のような企業戦士並みに発奮させる効果を持ってしまったのだ。


「やってやろうじゃないか。おこげ、杏、何かいい方法ないか」

 杏はすでに髪の毛が真っ白だ。もうドアの中身を敵だと認識しているのだろう。空中にとがった氷の塊を展開させている。


「すぐ切れるなって。部屋から出すのが仕事だぞ。倒しにきたわけじゃない」

「ミオを攻撃した」

「いや、相手も俺のことなんてわかってないって。大丈夫だから」

「後悔させる」


 雪女さんは沸騰しやすい。俺覚えた。

 

 まあ上等だよ。俺だって無様に逃げ帰るほど覚悟を捨ててはいない。こいつを引っ張りだせるかどうかに、おこげとの未来が待っているんだ。

 やってやろうじゃないか。

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