帰らずの物語 〜異世界の歩き方〜 異世界いってもまた戻ってこようね!

愛野ニナ

第1話

 



 神話の時代より物語の根底にある 

「行きて帰りし物語」は、

 現在のラノベとして移行してゆく中で、

「逝きて帰らぬ物語」へと変容してしまった。

 異世界へ行ったまま帰ってこない主人公は元の現実の世界では死んでしまっている。

 これは逃避か、それとも新たなる視点の希望と捉えるか?




 物語の根底を為してきた「行きて帰りし物語」。

 主人公は旅立ち経験を積み故郷へと帰る成長物語。

 神話や昔話の貴種流離譚も然り。主人公は属性の異なる「異世界」で異常誕生し、自分探しと戦いの旅の果てに成長を重ね故郷に帰っていく。

 しかし昨今のラノベの傾向は、

 主人公は行ったきり、帰ることを望まない。

 そのまま異世界の住人となってしまう。

「逝きて帰らぬ物語」なのである。




 私はファンタジーとかラノベとかいわれる系統の本を読まなくなって久しい。

 それでも今どのようなものが人気で売れているのかある程度はチェックしている。

 やっぱり多いのは、例えていうなら「異世界召喚型ファンタジー」だ。ここまでは昔からあまり変わっていない。

 今では「異世界転生」「異世界転移」とジャンルが定義付けられているから、詳しく語る必要もないかもしれないが、少しだけ説明しよう。

 異世界(多くは魔法の王国)で危機が迫っている。例えば魔王が復活した等で世界崩壊レベルの危機に直面している。

 この危機を救えるのは異世界から来た勇者だけ。

 世界を救うため、賢者は(王だったり魔法使いだったりする場合もある)、最後の希望として異世界から勇者を召喚する。

 物語の主人公はこの召喚魔法でわけもわからないまま異世界に召喚される。

 主人公はトラックに轢かれるなどして多くの場合、現実世界での肉体は死亡する。

 ここでのポイントは、そこに主人公自身の意思が無いこと。

 召喚された異世界の事件に否応なく「巻き込まれる」形で物語は展開してゆく。

 主人公は現実世界では平凡か、あるいは冴えないタイプであることが多い。(現実世界で成績優秀スポーツ万能イケメンというタイプはまずファンタジーの主人公に設定されない。このタイプは少女漫画の主人公の彼氏である)

 ともかくも主人公は凡庸なタイプなのである。それが魔法の王国では「異世界から来た勇者」に仕立てあげられてしまうのだ。

 主人公はもといた現実世界の知識をフル稼動させて、魔法の王国のピンチを救うのだ。

 なぜって勇者として世界を救わないと、もとの世界へ帰れないからだ。もとの世界へ帰るために主人公は戦う。

 魔法の王国に平和が戻り、凡庸な主人公はひとまわり成長して、自分の世界へと帰っていく。

 かつての「異世界召喚型」とは概ねこのような物語であった。(…ここまで単純ではないとの異論、反論は承知の上です)




 でも、今は違う。 

 冴えない主人公は異世界で勇者となって世界を救う。 

 そして、

 帰らないのだ。

 そのまま異世界の住人になってしまう。

 もといた世界の凡庸な知識も、異なる属性の世界では貴重な知識になるのである。 

 凡庸な主人公は、紆余曲折はあれど異世界では重要人物となり重宝される。 

 もといた世界では居場所がなかった主人公は、異世界で居場所を見つける。 

 だから、もう帰らないし、帰りたいとも思わない。 

 異世界の美少女に囲まれて楽しく暮らしていく、というようなハッピーエンド。

 だけど、

 これでいいの?

 本当に?

 そこには物語を読み終えた後のカタルシスなどは無く、奇妙な後味の悪さだけが残る。

 例えてみるなら、 

 ワンダーランドに行ったまま帰らないアリス、

 はたまたネバーランドへ行ったまま帰らないウェンディ等、そんな物語を想像してみればいい。

 後味の悪いことこの上ないはずだ。


 


 この、帰らずの物語は何を意味するのだろう。

 私はふと考える。 

 行ったままの異世界すなわちワンダーランド然りネバーランドのごとき異世界は、

 どこか死の世界に似ている気がしてならない。

 いや、はっきり言ってしまおう。

「死の世界」そのものとしか思えない。

 現実逃避の終着点「逝きて帰らぬ物語」。

 これが今のラノベの売れ筋。

 今、それほどにまで生きづらい時代になってしまったのかと。

 生きづらさは若者に限ったことではない。

 中年を過ぎても異世界の物語に依存している人が多くいる。


 


 そもそも読書は、とくにファンタジーは、現実を忘れて束の間の楽しい夢を見るためのものだと私は思う。

 だけどしょせん夢物語。

 夢を見たあとはまた現実に戻ってこないとダメだよ。

 どんなに辛くても困難でも居場所がなくても、私達はこの現実世界で生きているのだから。


 

 

 物書きの末席の身である私の拙い言葉でも誰かには届くと信じて私は書く。

 私の小説では、主人公が異世界転移しようが転生しようが、そんなご都合よく美少女に囲まれて英雄になったりしない。転移あるいは転生した先にはさらなるディストピアがあるだけ、という身も蓋もないダークファンタジーだ。夢が無い、といわれればそれまでだけど、逆説的に現代ラノベへと私なりの疑問を投げかけています。

 そして、

 こんなことを言っている私自身もまた、この救い難い現実世界に物語という幻想を重ねていなければとうてい生きられない種類の人間の一人なのです。

 私達をとりまく世界はあまりにも生きづらい。

 だからこそ、伝えたい想いを言葉にこめて。

 願わくば、ほんの少しでも今より明るい未来になりますように。




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