一章:重なる運命の歯車

第5話 音海流伊

「よっ、と。ね、今は名前なんて言うの?」


 目の前に座り込んでいた少女は立ち上がり、スカートをパンパンと手で叩いて埃を払い落として近づいてきた。同時に、その金糸のように綺麗な髪と豊満な胸が揺れる。その大きさは風音に負けず劣らずである。


「……一織」

「一織、か。うん、いい名前」


 そこで、風音が立ち上がり。俺を庇うように前に立ちはだかった。


「だ、誰なの。一織に何の用かな」

「あー。なるほどね。確かにこれは一織のタイプだ。スポーツが得意な子、あとおっきい。昔から好きだったもんね」

「な、何を言って……キミは一織の何なのさ!」


 困惑したように風音が叫ぶ。

 その言葉を受けて――彼女はクスリと笑った。


「幼馴染、が適切かな」

「……へ?」

「うん、幼馴染。まだ幼馴染かな」


 納得したように何度も頷く⬛︎⬛︎。ああ、どうして名前が思い出せないんだ。


 いや、名前と言えば俺も……。というか、前世の記憶が【GIFT】と彼女に関するものが少ししかない。


 でも、彼女が幼馴染だという事実はこの脳に刻み込まれて――


 ――この脳は羽柴一織の物であって、俺のものではない。この辺どうなっているんだろうか。いや、今はそんな事どうでもいい。


「お、幼馴染って……ボクが一織の幼馴染だよ!」

「あ、そっか。そうだったね。んー。正確にはちょっと違うかもしれないんだけど。――でも。私と一織の関係って言ったら、『幼馴染』が適切かな。一応周りからの認識もそうなってるし」

「な、何を言って……」

「それより。ちょっといいかな? 風音」


 金髪の少女は風音を退かし、俺を見ようとした。しかし、風音が阻む。


「……どうしてボクの名前を」

「双子。そういう事になってるから、この辺は分かるんだ」


 意味が分からない。その一言に尽きる。


「双子……?」

「ああ、そうだった。自己紹介してなかったね」


 俺は立ち上がり、風音の隣に立った。風音が少し不安そうにしているが……俺は何も言えないまま、目の前に立っている彼女の言葉を待つ。


「私の名前は音海流伊おとみるい。風音の双子になったから、そこんとこよろしくね?」


 ニカッと笑う彼女はとても明るく、辺りを照らしていた。その眩しさに、そして暖かさに、締め付けられた心が緩んでいくような。そんな錯覚を覚えた。


 音海瑠伊。その名前を俺は口の中で何度も呟く。


「それと、一織」

「なんッ……!」


 ふわりと、体が柔らかい物に包まれた。



「ずっと。……会いたかった。伝えたかった」


 骨ばっても、やつれてもいない。

 その肉体は、暖かく。柔らかくて。懐かしくて。


 そして、目を合わせてくる。翠色の、とても綺麗な瞳を。そのまま顔を近づけてきて……


「ね、一織。だいす――」

「ちょ、ちょっと! 一織に何やってるのさ!」


 そんな俺と瑠伊を風音が引き剥がした。


「ボクの一織だよ!」


 風音は頬をぷくーっと膨らませ、彼女に対抗するように俺を抱きしめた。


 ……あれ?


 これってもしかして修羅場?


 そんな言葉が頭の中に浮かびながらも。俺はボーッと、あの日の事を思い出していた。


 ◆◆◆


「おかえり。ご飯出来てるけどどうする? 先お風呂入っちゃう?」


 家に帰ると真っ先に出迎えてくれたのは、幼馴染である⬛︎⬛︎。見た目がギャルっぽいとよく言われるのに、エプロン姿は家庭的でよく似合っていた。


「それとも……私? なんちゃって」


 お決まりの台詞を口にした彼女はニコニコと嬉しそうにしていた。


「さ、手洗っちゃって。先にご飯食べちゃうでしょ?」


 そう言って笑う彼女を見て……俺は、気がつけば彼女の体を抱きしめていた。


「……もう、甘えんぼさんなんだから」


 そんな俺を彼女は受け入れてくれる。つい、甘えてしまっていた。本当ならば、甘えさせるべきだと分かっていたのに。



 ――この時にはもう。彼女の余命は、持ってあと一年だと言われていたのだから。


 ◆◆◆


「……どういう事?」

「んー。神様のイタズラ、って言えば良いかな。とにかく、私は風音の双子の妹。周りからの認識はそうなってるから。そこんとこよろしくね?」


 色々ありつつも、俺達は今帰り道を歩いている。


 なぜか、幼馴染の風音と金髪の少女……流伊と名乗る、前世の幼馴染と手を繋ぎながら。


 正直、頭は混乱している。もう何が何だか分かっていない。


「……というか。ボクはともかくさ、なんでキミまで手を繋いでるのかな」

「幼馴染だから、かな?」

「一織の幼馴染はボクだけなんだけど!」

「え、ええっと……その。二人とも近いというか」


 色々と大変なのである。二人とも同じくらい大きいので当たるのだ。


「でも好きだよね? 一織」

「ま、負けないし」


 しかし、俺の思いとは裏腹に柔らかい物が当たって……話聞いてくれませんかね。


「それに! なんで一織もデレデレしてるのさ!」

「……それはだな」

「まさか幼馴染だからとか言わないよね! 一織の幼馴染はボクだけだもんね!」


 風音の言葉に俺は上手く返せず……


「ふふ」


 流伊はどこか楽しそうに笑うのだった。


 ◆◇◆◇◆


 2⬛︎⬛︎⬛︎年。某掲示板にて



【GIFT】こうなったらすぐにデータ消してやり直せ


 1:ギャルゲー好きの名無しさん

 クソシナリオ見つかった。ガチャの前日が雨のち晴天(意識が回復した頃には晴れ)、当日が晴天ならすぐデータを消してやり直せ。あんなクソゲー二度とやらねえってなる前に消せ


 2:ギャルゲー好きの名無しさん

 はあ?w

 そんな天気今までどこのスレでも出てねえだろ。まーたデマか?


 3:ギャルゲー好きの名無しさん

 最近増えたもんなぁ。ちなみに何貰えんの?


 4:ギャルゲー好きの名無しさん

 新キャラ。新しい攻略キャラだって思ったけどストーリーがクソハードモードになった。あんなんクリアさせる気ねえだろ。あのポンコツAIが。


 5:ギャルゲー好きの名無しさん

 新キャラねぇ……どっかのコラ画像から生まれた噂じゃなく?


 6:ギャルゲー好きの名無しさん

 別に信じないなら信じないで良い。俺も調べたけど出てこなかったし。

 でも、GIFTを嫌いになりたくなかったらやるな。あと風音ちゃん推しならぜっっったいにやるな。あの胸糞エンドもう見たくねえって思ってたのに。あんなゲーム売り飛ばしたわ


 7:ギャルゲー好きの名無しさん

 ま、念頭には置いとくさ


 8:ギャルゲー好きの名無しさん

 信じてなくて草

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る