第4話 プ⬛︎⬛︎ーグその⬛︎【GIFT:⬛︎⬛︎】

「だいじょーぶだって! またすぐ帰ってくるから、そんな顔しない!」


 そう言ってベッドに座る⬛︎⬛︎は、酷くやつれていた。


「だって私だよ? そんな簡単に死んだりしないって。また帰ったら美味しいご飯とか作ったげるからさ。ほら、」


 そう言って手を広げる⬛︎⬛︎。彼女にいざなわれるまま。点滴の針に腕をぶつけないよう気をつけて、彼女を抱きしめた。


 以前に比べて、随分細くなっていた。


「それにさ……私、完治したら⬛︎⬛︎に伝えたい事があるから。楽しみにしとけよ?」


 そう言って、にひひと笑う⬛︎⬛︎はとても綺麗で。


 きっと、帰ってくるのだと信じていた。



 彼女が亡くなったのは、それから一週間後の事だった。


 ◆◆◆


「ッ、はぁッ!」


 目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。


 心臓が何度も嫌な音を立てる。呼吸が乱れ、汗がびっしょりだ。


 呼吸を整えようと深く呼吸を繰り返す。しかし指先が冷たくなり、痺れてきた。

 そんな事をしている間にも、脳は夢の内容を勝手に処理し始める。


「……そうだ」


 どうして、俺は忘れていたんだ。


 違う。目を背けていただけだ。あれから、ずっと。


 痛むこめかみを押さえる。どうして、このタイミングでとか。思わない訳ではない。


「……はぁ」


 とりあえず風呂に入ろう。そう思って立ち上がると。


 スマホが鳴った。相手は当然――


「風音……か」


 今、一番話したくない人物であった。いや、嫌いになったとか、そういう訳ではない。


「どう、するかな」


 一度、目を瞑り……スマホを取った。感覚の鈍い指を使ってどうにか画面をスワイプし、スマホを耳に当てる。


「もしもし」

『もしもし! さっきからたっくさん連絡入れてるのに! そんなに眠かったの?』

「ああ、少し……な」


 まだ少し頭がボーッとしていた。すると、電話の向こうから心配そうな声が聞こえてきた。


『ボク、そっち行こっか?』

「いきなり何言ってるんだ」

『何かあったでしょ』


 その鋭い指摘に俺は口を閉ざした。

 そういえば、風音は主人公の感情に敏感……だったか。


「ちょっと嫌な夢を見ただけだ。気にしないでくれ」

『やっぱり行こっか? 一緒に寝たら怖い夢も見ないんじゃないかな?』

「病院だぞ。ここ。しかも夜」

『こっそり入れば……』

「何かしらの法に引っかかるぞ。俺は大丈夫だ。風呂に入る所だったから、そろそろ切るぞ」

『……分かった。あ、そうだ。退院の時間決まったら教えてよね』


 そういえば、看護師さんとか来てたのかな。もし来ていたとしても……気づけなかっただろうな。それほど深く眠ってしまっていた。


「ああ、わかった。それじゃな」

『うん! また後でね!』


 ……後で、なのか。

 そんな事を考える前に電話は切れたのだった。


 ◆◆◆


「あ、一織! 大丈夫だった!?」

「ああ。検査も異常なしだ」


 次の日の夕方、風音が来てくれた。ニコニコとした笑顔を振りまく彼女を見ていると、こちらまで元気になってくる。


「それじゃあ行こっか!」


 向日葵のように明るい笑顔を向けて……手を差し出してくる風音。


「……風音?」

「ほ、ほら。またボールがぶつかったら大変でしょ? 近くに居たらボクが防げるしさ」

「すっごい複雑な気分」

「ま、まあまあ。ほら、早く」


 口を尖らせる風音。断れば拗ねる事間違いないだろう。


 その手に俺は手を重ねた。小さく、柔らかかった。でかいのに。


「むっ。今ボクの事えっちな目で見たね!」

「どういう観察眼してるんだよ……」


 そして。すれ違う看護師さんに生暖かい目で見られながら、俺達は家への道を辿った。


 空は雲一つない快晴。


 ――どれだけ記憶を辿っても、こんな天気パターンは見た事がなかった。


 ◆◆◆


「……あれ?」

 病院からの帰り道。道の外れにある物を風音が見つける。


「こんな所に道なんてあったっけ?」


 そこは、森の中へと続く道。獣道と呼ぶには整えられていて、人が自由に入れる場所かと言われれば頷けない。そんな道。


「入ってみよっか。面白そうだし」

 風音の言葉に頷いて。そこを進む。木々が揺れる音だけが耳に入る。虫の声は一切聞こえない。不気味かと言われればそうでもなく、どこか妖しく……不思議な魅力を感じた。


 五分ほど歩いた場所にそれはあった。


「こんな所にやしろなんてあったんだ」


 俺の背より少し高い程度の小さな鳥居に、俺の背より小さな社。


 ――ついに来てしまった。


「社ってさ。お供えとかしたら効果あるのかな?」

「……さあ。どうだろうな」

「折角だしお供えしていこっか! さっきお団子いっぱい買っちゃったし!」


 そう言うが早いか、風音は手に持ったビニール袋からみたらし団子を取り出し、社にお供えをした。


 そして、風音が手を合わせる。

「……何、お願いしてるんだ?」

「ふふ。秘密かな。……五年後くらいに教えてあげる」


 そう言って風音が俺を見る。


「一織もやってやって」

「……ああ」


 俺は一度深呼吸をして……手を合わせる。



 さあ。始まるぞ。



【GIFT】がここまで売れた理由。



 それは、端的に言えばガチャである。

 ここで運命が決まると言っても過言では無い。



 ――GIFT。



 神様からの贈り物。それが【GIFT】だ。


 GIFTの中身はランダム。何が起こるのかは分からない。ただ、その日とその前の日の天気である程度法則が分かる。


 前日もその日も晴れのパターンだと物。主にヒロインの攻略に役立つ物だ。


 前日もその日も雨ならば能力。主にハーレムエンドを目指す時に重宝されるもの。好感度が見えるようになったり、選択肢が一つ増えるようになったりなど。

 他にも、ヒロインとの真のハッピーエンドを目指すために必要なアイテムも出てきたりする。


 雨のち晴れや晴れのち雨、曇りのち雨や晴れなど他にも色々とありはするのだが、低確率なので省いておく。……それと、当然これは天気予報からも分かる事であり、この世界の天気予報は基本的に外れたりはしない。

 そのはずだった。


 正直、もう何が起こるのか分からない。……この作品の中枢を占めるはずの【GIFTガチャ】の事が、もう何も分からなくなっていた。



「平穏な日々を過ごせますように」


 俺は小さく呟く。意味があるのか分からないけど。それでも、意味はあるだろうと思って。


 ガチャだから良い物だけが出るとは限らない。バッドエンド直行になるアイテムとかもある。いや、正確には直行ではなくかなりの運と思考能力を試され、上手く行けばグッドエンディングを迎える事が出来る。もちろん俺も当たった事はあるが、気合いとやる気と経験で乗り越えた。


 ――そういえば。中にはとんでもない物があるとか。とある掲示板であったな。


 超超超低確率。今のところその人しか報告例がないが、どうやら作品の難易度がハードモードもびっくりのEXTREMEになるとか。まあ、この手のゲームによくある噂でしかない。何が出たらやばいんだったかな。


 そんな事を考えていると、目の前が眩く光る。目を瞑っているのに眩しい。


「きゃっ! 一織!」


 風音が可愛らしい声を上げながらも、謎の光から俺を守ろうと抱きつやわらかぁ!?!?!?


 え、うそ。だってこの時主人公全然気にしてなかったじゃん。嘘じゃん。柔らかいじゃん。


 一旦それは置いて……置けるかな。やわっこいな。おっきいな。


 頑張って思考の外に追いやり。手のひらの中に意識を向ける。


 道具や物の類なら手のひらの中にいきなり現れる。

 能力なら自然と脳が覚え、使えるようになる。呼吸や瞬きのように。



 ――しかし、そのどちらも現れなかった。



 なんとなく予想していたが、最悪のパターンだ。俺の知らない超レアな何かを引き当てたらしい。



 やがて、光が終わる。これからは何か変化がないか周りを注視しなければと瞼を開くと。



 目の前に変化があった。



「……え?」



 社の前に、ある少女が座り込んで居た。


「……は?」

「誰……?」


 風音は首を傾げる。柔らかい。とか、そんな事を俺は考えられなかった。



 ――なんで。


「どうして」



 全身に鳥肌がぶわりと立つ。


 瞬きも、呼吸すらも忘れてしまう。


 全身の感覚が一気に無くなったかのような喪失感に襲われ……しかし、それは数秒の事だった。



「ここに、居るんだ」


 どうにか、喉の奥から声を絞り出す。風音と同じ色をしている、その翠色の瞳が俺をじっと見た。


「やっと、逢えたね。これで約束……は結局破っちゃったけど。また、ご飯は作ってあげられるよ」



 背中までウェーブのかかった金髪をたなびかせて、彼女はにひひと笑った。


 「嘘、だろ?」



 彼女は――あの時、死んだはずの幼馴染。


 ⬛︎⬛︎。



 ――あれ。名前、なんだっけ。


 酷く痛む頭に何度問いかけても、その痛みが増すだけであった。



 プ⬛︎⬛︎ーグ<完>

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