第3話 プロローグ その3
「わあ! いいなぁ、一織。こんなに広い部屋!」
「病院だぞ。あんまり騒ぐな」
病院に来たのだが、頭を打ったという事で大事をとって検査入院となった。バスケットボールって硬いしな。一応大丈夫だろうと伝えられてるし、実際本編でも大丈夫なので問題な――
いや。そういえば超低確率で記憶喪失イベントとか起こった気がするな。いきなり挟まるホラー悪夢イベ。
まあ、それは引かなかったから良いだろう。というか最序盤で記憶喪失イベントって凄いなこのゲーム。
「いいないいなぁ。ボクも泊まっちゃダメかなぁ?」
「ダメに決まってるだろ。……そ、それに。あんまりそういう事は言うな」
実際に言われると否が応でも心臓が高鳴ってしまう。最推しなんだぞ。最推しと寝るとか心臓が爆発するぞ。
「あー?」
そんな俺を見て、風音がにいっと笑う。
「今えっちな事考えたでしょ」
「か、考えてなんか……」
「えー? ほんとかなー?」
風音がベッドの端に座り、クスクスと笑いながら俺を見た。
少し、寂しそうな顔をして。俺の手に、その小さな手が乗せられた。
「……心配したんだからね。もし一織に何かあったらって考えたら。ボク、耐えられないよ」
じっと、その翠色の瞳に見つめられて。呼吸が止まるような錯覚を覚えた。
「顔が良すぎる」
「え?」
「いや、なんでもない。……まあ、その。ありがとう」
少し照れくさくなって視線をずらすと。視界の端で風音がにししと笑うのが見えた。
「どういたしまして。さ、ボクもそろそろ帰ろうかな。おかーさん達に説明しないといけないし」
「ああ。……俺も少し眠くなってきたし、昼寝でもする」
俺の家族は来ない。というか居ない。小さい頃に事故で亡くなった。それから親戚に引き取られたのだが、正直めちゃくちゃ仲が悪い……というか、嫌われてる。今は両親が結婚した時に買った家に一人で住んでいるのだ。高校のお金や生活費は出してくれるので感謝しかないが。
どうせやる事もないのでそう言うと、風音はうんと頷いてベッドからぴょんと飛び降りた。
「じゃあまた明日、迎えに来るからね」
「……別に一人で帰れるぞ」
「もー、酷いなー? こんなに可愛い幼馴染が迎えに来てあげるって言ってるのに」
……あれ。この展開、本編でもあったな。主人公はなんと返していたんだったか。確か、選択肢はなかったはず。
あ、思い出した。
『もー、酷いなー? こんなに可愛い幼馴染が迎えに来てあげるって言ってるのに』
『可愛い……ねぇ?』
『あ! 今すっごい失礼な事言った!』
『いやいや。お前はどっちかっていうと元気だなって思っただけだ』
『釈然としないなー』
――嘘だろ主人公。こんなクソ可愛い幼馴染に可愛いって言わないのかよ。ってこれ前世でも考えたな。プレイしながら。二千回くらい。
今思い出した事だが。この主人公、基本的に誰かを彼女にするまで褒め言葉は言わない。プレイヤーに浮気野郎だと思わせたくないためだろうか。
しかし、今となってはそんな事どうでもいい。他のヒロインに浮気するつもりもないし。ガンガン伝えていこう。
「確かに可愛いが。さすがに悪いだろ」
「へ?」
風音が間の抜けた声を漏らして。きょとんとした顔を見せた。
そして、その顔がどんどん赤くなっていく。
「も、もう! 可愛いとか……からかわないでよ」
「一ミリもからかったつもりはないが……というか、先に言ってきたのは風音だろ」
「そ、そうだけどさ……」
ゴリゴリに本音である。【GIFT】には確かに魅力的なヒロインが多くいるが、風音以上に魅力的な子は居ない。というか、自己肯定感低いな。もっと上げさせないと。
「風音を可愛いって思わないやつはいないだろ」
「ふぇ?」
「顔、スタイル、性格。ケチつける所ないぞ。もしケチの一つでも付けようとする輩が居れば俺がぶん殴るし」
「……!」
話せば話すほど風音の顔が赤くなっていく。照れ屋なのも可愛い、うん。
しかし――風音はぷいっとそっぽを向いて。
「うぅ。一織なんて嫌い」
「え?」
「ばか! もう迎えになんて来ないからね!」
「ええ!?」
「それじゃ!」
風音は怒った様子で帰ってしまった。
……そうか。そうだったのか。
風音がいきなりいなくなった部屋の中。わなわなと震える手で頭を抱えた。
「嫌われる事が分かってたから主人公は褒めなかったのか」
完全に盲点であった。俺と風音は幼馴染であっても恋人では無い。
幼馴染だから最初から好感度はある程度高く設定されているが、俺が思っていたよりは低いのかもしれない。そういえば、選択肢にも褒める行動なんて基本なかったしな。主人公は分かっていたのか。俺以上に。なんか悔しいな。今世の記憶もあるんだが。俺。
「というかこれ、ピンチでは」
【GIFT】で通常プレイをするなら、自然と幼馴染――風音ENDになる。
そして、一度風音ENDを迎えればヒントが出される。それは……
【二周目は風音ちゃんの好感度を下げてみよう☆】
「下げてみよう☆じゃねえよクソが。他ルートに行くには風音の悲しむ顔を見ないといけないとかいうクソシステムのせいで風音ルート以外の選択肢を取れなかったんだよ」
風音が最推しなのは間違いないが、他の子のルートとかも気になってはいたのだ。ストーリーは良いと聞いたので、見てみたいと思っていた。妹ルートとか特に良いって聞いたし。
「大丈夫だよな……これ好感度どれぐらい落ちたんだよ」
小さくため息を吐き、俺は天井を見上げたのだった。
◆◇◆
顔が熱い。手の甲を頬に押し当てて冷やす。
「い、いきなりなんなのさ。一織のやつ……か、可愛いとか。今まで一回も言った事なかったくせに」
今、絶対人に見せられない顔になってる。早く切り替えなきゃいけないのに、頭の中ではあの言葉がぐるぐると回っていた。
「うぅ。ま、また一織はボクの事をからかって。でも、からかってる感じじゃ。むしろ、本気というか――」
そこまで口にして、また頭をぶんぶんと振る。
「い、いやいや。そんな事……ある、のかな」
一つの可能性があの言葉と共に頭をぐるぐると駆け回る。
「……と、とりあえず帰ろ。うん。今考えても仕方ないから」
とりあえず足を動かせばすぐ忘れるはず。
――そう思っていたのに、家に着いても、頭の中は一織の事でいっぱいだった。
◆◇◆
寝る前に少し頭の整理をしよう。
今のままだと……風音ルートから外れる可能性が出てきた。一応他の子のルートは大まかに覚えているが、実行するつもりはない。
「とりあえず、明日を待ってからだな」
大丈夫。まだ巻き返しは効く。あのイベント次第ではあるが、多分問題ない。
俺は天井を見上げながら色々と考え……
そうしているうちに、自然と瞼が重くなってきて。
気がつけば、俺は眠ってしまっていた。
――それと同時に、懐かしい夢を見た。
前世の夢だった。
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