第2話 プロローグ その2
この世界は主人公に都合が良い。いや、基本的にギャルゲーはそうなのだが。
入学式が終わり、高校生活が始まった。授業のオリエンテーションもほぼ終わり、委員会なども決まった。一週間後の事だ。
「いっくよー!」
体育館のコートの中で、風音が大きく跳ぶ。その両手はしっかりとバスケットボールを掴んでいる。
そのままほいっと投げれば、綺麗な軌道を描いてゴールに突き刺さった。
「で、でけえ……」
「凄かったな……」
「ボールが三つ、すげえ跳ねてた」
横でそんな会話をしている男子達を無視しながらも、点数を何度も重ねる風音を見る。
風音は腕で額の汗を拭って。俺を見た。
その顔がニカッと気持ちよく笑い、同時にVサインを突き出される。
「いえい! まだまだ活躍するから見ててね、一織!」
「ああ。ちゃんと見てるぞ」
その元気な姿が愛くるしい。和みながらも、体育館の外を見る。予報通り雨であった。
来週末、新歓球技大会がある。男子はサッカー、女子はバスケ。……今日は雨なので、男女混合でバスケという事になった。
加えて言っておくと、風音はバスケ部である。中学の頃は大会でもかなり活躍し、この高校にもスポーツ推薦で入った。バスケに関しては彼女の独壇場であると言っても良い。
そんな事を考えていると、ピーッと笛の音が鳴った。一試合目の終わりである。
ふーっと息を吐きながら風音がコートの外に出る。
「お疲れ。大活躍だったじゃないか」
「うん、ありがと! ……あ、ご、ごめん。ちょっと今は近づかないで。汗かいてるから」
風音が嬉しそうに近づこうとしてきて、直前で止まった。わたわたと手を動かし、顔を真っ赤にしている。可愛い。俺の推しが可愛い。
「別に俺は気にしないが……」
「ボクが気にするの! もう、デリカシーないよ? ……あ、得点板空いてる。ボク行ってこようかな」
その言葉に俺の眉はピクリと動いた。
「いや、俺が行ってこよう。風音は休んでてくれ」
「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えようかなっ」
風音が壁に持たれかかり、ずるずると滑りながら座る。座るのと同時にぶるんっと揺れた。
「一織? ……最近ちょっと見すぎ。別に良いんだけどさ」
「わ、悪い。それじゃあ行ってくる」
風音は割とそういう視線に敏感である。つい忘れてしまっていた。
俺はそのまま得点板の元へ向かう。少し、緊張していた。
なぜなら――この後。
ピーッと強く笛の音が鳴り、試合が始まる。俺は試合をボーッと見るふりをしながら、視界の中に風音を捉えていた。
風音も試合を見ているようでありながら、時折俺と視線が合っている。それに気づいて小さく手を振ってくる。可愛すぎないか、この推し。
そんな事をしていると。風音がバッと立ち上がった。
「一織! 危ない!」
その言葉と同時に、俺の後頭部に強い衝撃が来て。
ポトリ、と俺の意識は落ちていったのだった。
◆◆◆
「う……ここは」
闇の底から這い上がる感覚。ふらついた頭ではここが夢なのか現実なのかも分からない。
今まであった事が全て夢で、またあの部屋で目を覚ましたのかと。
孤独に戻ったのかと錯覚を起こし……
「あ、起きた。一織、痛む所はない?」
すぐにそれは否定された。目の前に俺を覗き込む風音の姿があったからだ。
「……風音」
「あんまり動かないでね。つい私が運んじゃったけど、本当ならあんまり動かない方が良いらしくて。今救急車呼んでるから」
「大袈裟だな」
俺がそう言えば、風音はムッと頬をリスのように膨らませた。
「言っとくけど、一織。頭を打ったんだからね? ボクが受け止めたから床に体をぶつける事はなかったけど」
「――え?」
思わず、俺は間の抜けた声を上げていた。
こんな台詞、本編ではなかった。絶対に。二千周もしていた俺が言うのだから間違いない。
「そう、だったのか?」
「……? うん。そうだよ」
本編ではてっきりあのまま倒れ込んだのだと思っていた。しかし、確かにあの
……ああ。雨じゃなくて晴れのパターンなら俺は外でサッカーボールを後頭部にぶつけるしな。
ん。晴れ?
そこで、俺はもう一つおかしな事に気づいた。
「――待て。外、晴れてるのか?」
雨音が止んでいる。俺の言葉に風音は頷いた。
「うん、そうだよ。今さっき晴れたんだ」
――おかしい。
この世界。序盤でとても大切な、とあるイベントが起こる。
そのイベントはかなり運が絡むのだが、ある程度予測がつくのだ。
それは、今日の天気が関係していた。
雨が降るか、晴れるか。また、雲の多さや雨量である程度どうなるのか分かる。
晴れのち曇り、もしくは雨というのはあった。一応、雨のち晴れというパターンもある。しかし――
こんなに早く晴れる事はなかったのだ。しかも、予報が外れている。これも
「ちょ、ちょっと。一織、大丈夫?」
「……悪い。少し混乱してる」
必死に前世の記憶を辿る。無意味に二千周もしていた訳じゃないのだ。
法則はあるが、思考停止でクリア出来るほど甘いゲームでもない。攻略サイトを見ないでクリアしたのだから、かなり内容は覚えているだろ。俺。
いや、掲示板で多少ネタバレはくらっていたが。それはどうでもよくて。
しかし、どれだけ頭の中を探っても……こんな展開はなかった。
思考に没頭していると、救急車が来て。俺は風音と共に救急車に乗ったのだった。
「……ボク、救急車に乗るの初めてなんだけど」
「そういえば。どうしてお前も乗ってるんだ?」
細かな所は違うが、本編の流れには沿っている。風音と病院に行くのも合っているのだが、前から気になっていたのだ。この展開。普通着いてくるとしても先生だろうと。
「えへ。一織が心配だからつい、ね。一応保健室の先生から許可も貰ったから大丈夫だよ」
ウインクをして誤魔化そうとしてきた。色々言いたい事はあったが、飲み込んだ。
この世界はギャルゲーの世界なのだから。
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