――GIFT―― ギャルゲーの主人公に転生しましたが、ハードモードになっていたので前世の知識を駆使してハッピーエンドを目指します

皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1

プロローグ:転生先はギャルゲーの主人公

第1話 プロローグ その1

『あと少しだけ待っててね。もうすぐ会いに行けるから』




 闇に落ちていた意識が少しずつ、暖かく薄い膜に掬い取られる。それはとても心地よいものであった。


 何か聞こえたような気がするが、多分夢でも見ていたのだろう。悪くない目覚めだなと思っていたその時。俺は誰かの気配を感じた。


「もう。早く起きてよ。起きないと遅刻しちゃうよ?」

「……へ?」


 風鈴のように涼しげで綺麗な声音。それと同時に、頬が柔らかい手のひらでぺちぺちと叩かれる。


 瞼を開くと――目の前に最推しが居た。


 音海風音おとみかさね。【GIFT】と呼ばれるゲーム。ギャルゲーに出てくる主人公の幼馴染であり、同級生だ。


 真っ青な空のような髪はショート……ボブヘアーにしており、その顔立ちは少しボーイッシュでありながらも綺麗で愛らしい。


 視線を少し下に向ければ、豊満な胸が目に入――でかっ!? いやでかっ!? ここまでだったっけか!?


「……えっち。朝っぱらからどこ見てるのさ」

「え!? い、いや。その、だな」


 頬を叩いてた手をサッと引き抜き。自分の胸に腕を押し付けて隠そうとする。しかし、それがより扇情的に見えてしまい……


「もう、早く行かなきゃ。入学式に遅刻しちゃうなんてボクは嫌だからね」


 その言葉に目を見開く。ボクっ娘属性である事に興奮したから……ではなく。


 これって【GIFT】の最初。主人公が目覚める時の言葉で……あれ?


【GIFT】?


 ……なんだ、これ。なんだ、この、記憶。


「……風音。鏡とかあるか」

「鏡? あるけど……はい」


 風音がリュックから小さな手鏡を取り出して。俺に向けてくる。



 真っ黒な髪。真っ黒な瞳。その顔立ちは……決して悪くない。遠目から見れば地味だが、よく見れば整っている。ギャルゲーの主人公らしい見た目だ。ギャルゲーの中だと全然描写されていなかったが。


 しかし――全く、違和感はなかった。昔から自分の顔など見慣れていたから。



 その時、俺は理解した。



 転生したのだ。この世界GIFTの主人公に。


 脳が理解しようと、起きたばかりだというのにフル回転を始める。前世と今世の記憶が混濁しているからだ。


「……一織いおり? どうしたのさ、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔して」


 一織。羽柴一織はしばいおり。それが俺の名前だ。


 目を瞑り、状況を整理する。


 あれだ。昔よく転生ものでみた、十歳になった瞬間前世の事を思い出すやつだ。今の俺は十五歳。

 今日は高校生初日であり……この日は【GIFT】のストーリーが始まった日でもある。


 前世の俺の名前は――なんだったのだろうか。上手く思い出せない。


 だが、【GIFT】の事はよく覚えている。迎えたエンディングの数なども。夢……じゃないよな。


「どうかした? もしかしてお腹痛い? さすってあげようか」

「い、いや。大丈夫だ。……すぐ行くから外で待ってて欲しい」

「うん、分かった。待ってるね」


 外に向かう風音を見て……長く、深く息を吐く。



「方針、固めないといけないな」


 喜んでばかりは居られない。俺はカプ厨なのだ。主人公×風音の。


 この場合、俺×風音になる訳で……複雑だ。いや、でも嬉しいな。


「いや嬉しいな!? めちゃくちゃ嬉しいが!?」

「ど、どうかした? やっぱりお腹痛い?」

「ああいや、なんでもない」


 思わず大きな声を出してしまい、風音が戻ってきてしまった。また部屋から出て貰って、俺はふうと息を吐いた。


 いやこれ最高では? 最推しと結婚出来るってまじ? え? 神ですか? ありがとう神様。そういやこの世界ってガチの神様居たな。ありがとう。本当に。


 心の中で祈りながらも。一度冷静になって考えてみる。


「……風音以外の他の誰かと結ばれるつもりもないしな。かといって、独り身ENDは地獄だし」


【GIFT】でも誰とも結ばれないENDはある。しかし、その場合はクソみたいな結末が待ち受けるのだ。


 簡単に言えば、主人公がパチカスでヤニカスなヒモになる。端的に言えばクズである。その場合幼馴染である風音が叱咤激励をしに来てくれるのだが、主人公はクズなので風音に襲いかかるのだ。色々あって、風音も抵抗が出来ない。


 その後も紆余曲折あるが、最終的にBADENDである。それだけは絶対に避けなければならない。


 という事は、やはり風音ENDしか考えられない。


「まあ、風音に関しては誰よりも情報は持ってるし。他ヒロインと会わなければいいだけだしな」


 風音と結ばれる。その為には、色々なイベントを乗り越えなければいけない。まずは【GIFT】一番のイベント。完全に運ゲーではあるのたが。


「ま、二千周した俺なら大丈夫だろ」


 前世では二千周以上しているのだ。しかも全部風音END。


 ……なんで俺はこんなにやり込んでるんだよ。このギャルゲーを。


「――ッつ」


 その時、頭に鋭い痛みが走った。何かを……前世のとある事を思い出そうとすれば、頭が痛む。


 こめかみを押さえていると、痛みは和らいだ。一つため息を吐いて、無理やりに思考を逸らす。今はまだ記憶がぐちゃぐちゃだ。前世の事は思い出さない方が良い。


「はぁ……どうせなら。というか当たり前だが。風音が一番幸せになるENDを目指さないとな」


 となるとやはり、初手の運ゲーを乗り越えなければいけない訳だが。


「……一週間後、か」


 天気予報を確認する。その日は雨の予報であった。

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