第11話コーヒーを飲む。

ミラに連れられて私は教会近くの酒場に来ていた。

「ここでね、珍しいものがのめるんだよ」

ミラは言い、店主になにか注文する。

「私は酒は飲めないぞ」

私はミラに言う。

酒はアンデッドにとって禁忌だとフランケンシュタイン博士に言われた。

ひとくち飲んだだけで意識を失うのだ。私にとって害悪でしかない。


ミラははでな化粧をした顔の前で手を左右にふる。

「こいつはね連合王国のさらに南のバルカン海をこえたところにあるトゥラン王国の飲み物なんだよ」

遊牧民たちの国であるイルハン連合王国の さらに南にはバルカン海が広がり、それを越えたところにトゥラン王国という黒い肌の人々が住む国があるとミラは言う。

そして今から運ばれてくる飲み物がトゥラン王国で良く飲まれている嗜好品なのだという。

「どうぞ、お待たせしました」

店主が言い、私たちの前にカップを二つ置く。ひとつは私、もうひとつはミラに。


「これは本当に飲み物なのか」

私はカップになみなみと満たされた液体を見て、絶句した。

新月の夜のように黒い。

泥でも溶いたのではないかと思われた。

「これはねトゥラン王国で採れるカフィの木の実の種を焼いて、粉にして濾したものだよ」

ミラは説明する。

ずずっとそれをすする。

「ほら毒なんかないよ。ちょっと苦いけどね」

ミラは言う。


私はミラにすすめられて、それをひとくち飲む。

そして舌に衝撃がはしる。

私はこの体になり、はじめて人間の血肉以外で美味いと感じた。

たしかにミラの言う通りに苦い。しかしその奥に酸味と甘味が絶妙にいりまじっている。

さらに一口、二口と飲むと頭がすっきりするような感覚を覚える。

「美味い……」

気がつけば私は言っていた。

このカフィという飲み物、癖になる美味さだ。

私はそのほろ苦く、微かに甘いカフィを飲み干した。

ふーと一息つく。

なんだか頭が冴え渡るような気がしてきた。それに常に体のどこかにあった人間の血肉に対する渇望がやわらいだような気がする。


「そんなに気にいったのなら、私の分もあげるよ」

そう言い、ミラは私にカップをわたす。

先ほどのようにすぐに飲み干してはもったいないので、ゆっくり飲むとするか。

しかし、人間の飲み物のなかにこんなにも美味いものがあったなんて驚きだ。

世界は広いのかも知れない。


私がミラの分のカフィをじっくりと味わっていると彼女は冷えたエールを注文する。さらに炭火で焼いた鶏肉も頼む。

「私はカフィよりこっちだね」

豪快に笑いながらミラはエールをごくごくと飲む。白い喉が上下に動く。


ミラはリンドベルを去ってからベルジから奪った金貨を元手に宿屋をはじめていた。もちろん金を払えば夜の相手もする宿屋だ。

そこでミラは持ち前の美貌と豊かな肉体を武器に複数の裕福な商人の愛人となり、パトロンとして支援してもらっているのだという。

フリッツとリオーナの結婚式に参列したのもそのパトロンの一人の付き添いでだということだ。

言われてみるとリンドベルにいたころよりも豪華で煌びやかなドレスを着ている。胸元からはご自慢の豊かな胸があふれそうだ。


「どうやら気にいってもらえたようだね」

女の声がする。

ミラの横にいつの間にかもう一人女が座っていた。黒い肌をしていて、厚い唇が特徴的な美女であった。ミラよりもさらに豊かな体を布を巻つけたような衣装でつつんでいる。

「あらいつの間に来たんだい、アルメンドラ」

ミラはその黒い肌の美女をアルメンドラと呼んだ。

どうやらミラとアルメンドラという名の美女は旧知のようだ。

「この人はねそのカフィの産地でもあるトゥラン王国の商人なんだよ」

ミラは私に紹介した。

「どうもお初にお目にかかるよ。私の名はアルメンドラ。トゥラン王国の商人さ」

ていねいにお辞儀をし、アルメンドラは言う。

「それはどうも、私はマリアンヌという」

私は答える。

ミラからもらったカフィが残り少ないのが残念だ。

「そのカフィよほど気にいったんだね」

豊かすぎる胸の前で腕をくみ、私の顔を見てアルメンドラは言った。

「ああっこんなに美味いものに出会ったのははじめてだ」

私は言う。それは人の血肉以外ではということだ。

「そいつはなりよりだ。おりいってあんたに頼みがあるんだよ。私らはこのドラゴムで商売をしたいんだけど厄介なことがあるんだよね」

形の良い眉をよせてアルメンドラは言った。

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