第10話結婚式に参加する。

翌日の昼過ぎにはドラゴムの街に到着することができた。

ドラゴムはひとことで言うならば大きな街であった。それはリンドベルなどとは比べようもないほどだ。

大通りには店が軒をならべ、多くの人々がいきかう。威勢のいい商人たちの声があちらこちらからする。

西の神聖帝国、南の連合王国から多くの商人たちがやって来て、この街で売り買いしていく。

ハルムート辺境伯の領土は広く豊かであった。広大な穀倉地帯を有し、山々からは岩塩がとれるという。それらがハルムート辺境伯の富の源泉だとアレンは説明した。

私に何事かを教えるさい、彼は妙に嬉しそうだ。まあ、好きにさせよう。

それに彼は私には決定的にかけている社会の知識を持っていた。

「ほらあの人を見てみろよ」

馬車の窓からアレンが指差す。

そこには長い黒髪を編み込んだ男女が数人ほどいた。どうやら彼らは商談をしているようだ。

「ああ、あれは絹国セリカの商人たちですね」

かわりにフリッツが言う。

この国よりはるか東の大帝国絹国セリカから砂漠を超えて彼らはやって来たのだという。

「一度絹国セリカに行ってみたいですね」

フリッツが大声で取り引きする商人たちを見て、言った。



ドラゴムの街のほぼ中央に位置する辺境伯の屋敷に到着すると、当主自ら出迎えに出た。

ドラゴム・ハルムート辺境伯。

この地を治める領主である。

黒い癖の強い髪をした精悍な顔だちの男であった。ハルムート家の当主は代々街と同じ名のドラゴムと名乗るのが習わしのようだ。

その傍らに一人の若い娘がいる。

褐色の肌をした美しい娘だ。肌の色は父親と同じだ。なかなかいい肉付きをしている。おもわずよだれがでそうになる。

彼女こそがフリッツの結婚相手であるリオーナだ。


リオーナは馬車から降りようとするフリッツの手をとる。

「フリッツ様、よくおいでくださいました」

リオーナは足の悪いフリッツの手をとり、馬車から降りる手助けをする。

「ありがとう、リオーナ様」

フリッツはリオーナの手を握りしめ、馬車を降りる。

続いて私たちも降りる。

「まあ、いやですわ。こらから私はフリッツ様の妻になるのです。どうぞリオーナと呼び捨てにしてください」

フリッツの手を握りしめ、歩く手助けをしながらリオーナは言う。

「そうだね、リオーナ」

顔を赤らめてフリッツが言う。

「これは初孫を見れるのも近いかな」

その様子を見ながらハルムート辺境伯は大きな声で笑った。私には何が面白いのかさっぱりだ。



それから一週間は目が回るような忙しさであった。結婚式の準備に来客の対応、フリッツの身の回りの世話などなど。特に来客の多さにはうんざりさせられた。

ドラゴムの街で宿屋をやっているというミラのところに行きたかったがそれどころではなかった。

そして式当日である。

神聖帝国から司教をまねき、式は厳かにかつ盛大におこなわれた。

この大陸でもっとも信仰されているのは大地の女神ベラであった。女神ベラは出産と婚姻も司っている。そしてそのベラ教の総本山があるのが西の神聖帝国だとこれまたアレンが言っていた。

そのアレンは儀式用の衣服と飾りのついた剣を腰にぶら下げ、フリッツの介添えをしている。

足の悪いフリッツの助けを彼はしているのだ。この役目をかれは名誉だと喜んでいた。

面倒な役を彼は嬉々としてやっている。まあ、その分私の仕事がへってよいのだが。

早く式を終わらせて狩りにでたいものだ。

ドラゴムの街は大きくて人がおおい。一人二人いなくなっても何も問題ないだろう。

「リオーナ様、なんと美しいことやら」

私の隣で涙を流す老人がいる。頭に布をまきつけていた。その肌は褐色の肌をしている。

彼は南方の騎馬遊牧民の代表でハルムート辺境伯の遠縁にあたるという。この褐色の肌と癖の強い黒髪が騎馬遊牧民バトゥ族の特徴なのだ。

「そうですね」

私は彼に言う。本当にうまそうだとはさすがに口に出さない。


ベラ教司教の前で二人は誓いの口づけをする。

しかしこの場所は居心地が悪い。背中がむず痒いような感触だ。たぶんだか、私はこの女神ベラと相性がよくないのだ。早く結婚式が終わることだけを考えるようになった。

「マリアンヌ、気持ちが悪いのかい」

私にはなしかける人物がいる。

その声に聞き覚えがある。

ドレスで着飾ったミラであった。

彼女は何らかのつてでこの式に参加したようだ。

「まあ私らにはこの場所は毒だよね。あの顔のいい騎士様にあとをまかせて抜け出さないかい」

ミラは私の手をひく。

私はミラに手をひかれて、こっそりと教会を出た。特技陰身を使えば抜け出すのはどうということなかった。

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