カノジョ組み立てキット

 葛城隼人かつらぎはやとにとって、カノジョのいない自分はもはや本来の自分ではないと言っても、過言ではなかった。

 中学時代はサッカー部で前衛として活躍していた選手のひとり。すらりと背は高く、肌は日に焼け褐色。成績も優秀で、まさに文武両道。異性からの人気も高く、今日と明日と明後日とで、側を歩く女子を変えていたほどだ。

 しかし、そんな隼人が地元を飛び出し、私立百川学園高等学校に入学したころ。彼のとなりに女子の姿はなく、代わり汗臭い男子連中がいる。

 なぜか。

 そんなことを考えるが、答えは見つからない。休日、隼人は禄御坂を抜けた先にある「小町通り」というところを、とぼとぼ歩いていた。

 独り身というのがこんなに惨めなのかと思い知らされた気がする。隣に女子のいない自分など、自分ではないとさえ、隼人は思う。

 ふと、古書店の前で立ち止まった。

 店の外。カゴの中に積まれ、たたき売りされている本の中で、気になる1冊を見つけた。『週刊カノジョ組み立てキット』というタイトルがつけられている。

「……なんだこれ?」

 呟いて手に取ってみれば、ずしりと重い。価格はわずか120円と少し。これまでカノジョの為に使ってきた小遣いも、今では貯まる一方の隼人である。別に購入したところで大した出費にはならないと、レジへ向かった。

 それは、秋のはじめ。少しひやりとした風が、夏の終わりを告げるころのことだった。


 隼人が買ったその書籍は、毎週届くパーツを組み立てて、理想のカノジョを作ることができるというもの。だが、彼が購入したものは、最初の案内を書き記したものであったため、件のパーツはない。巻末にあるQRコードからサイトへ移動し、個人情報を入力し、月々の支払い契約を済ませてようやく、パーツが毎週届くというような流れだ。

 ——とは言うけれど……。

 自室にて首を傾げる。ぺらりとページをめくってみると、案内の他には「理想のカノジョ」を手に入れた者たちの声が記されていた。美しい女性、可憐な少女の隣で、凡庸な顔をした男たちが幸せそうに笑っている。

 怪しい本だ。妙なものを掴まされたと思う隼人。しかし、その心の別の面には、また違う思いもあった。

 ——ほんとうに「理想のカノジョ」なんかが手に入ったら……。

 高校生になって女子と話す機会はないわけではない。しかし、告白してはフラれ、付き合ってみても長くは続かない。カノジョを作るというのは、手間がかかるものだが、今、この手にある本は、そうした手間を軽々と省いて見せてくれるらしい。

「とりあえず……サイトだけでも覗いてみるか……」

 隼人はスマホを手に取り、巻末のQRコードを読み取る。目に入った「ようこそ!」の文字。書籍内容の繰り返しが続いたあと、

『どんなカノジョを、ご要望ですか?』

 と、ある。髪の長さ、目の大きさなどの見た目のことから、元気や物静かなど性格についての質問が並んでいる。他には年齢や、出身地なんかもある。

 ひとつ、ひとつ、隼人は回答していった。

 やがて、すべての質問項目が終わると、ページが変わり、画像が映し出される。

「へぇ……」

 感心したように声をもらす。スマホの画面には、隼人が思い描く「理想のカノジョ」の姿があった。

 下睫毛の長い目は宝石のように光り、鼻筋はすっと通っている。美人な顔立ちだが、少しふっくらとした頬と太めの眉が幼さを感じさせる。すらりとした手足は細く、背中までとどく長い髪は黒。真面目そうで清楚な印象だが、ふくよかな胸元ときゅっとくびれた腰つきがやけに官能的である。

 にやけ顔の隼人。すぐに、自分の名前と住所を登録。

 すると「注意事項」が現れた。内容は、月々の支払い方法やその金額、などなど。少々面倒ではあるが、すべてのページを繰らないと先へ進まない。

 ため息をつきながら流し読みをした隼人だが、ようやく辿り着いた最後の一文に目を止める。

『絶対に、途中で止めないでください』 

 赤く塗られた字。しかし、立ち止まったのも束の間。『読みました』と書かれた文字を押し、本登録に進んだ。

 正直、ここまでやっておきながら隼人はまだ半信半疑。なんせ手にしたこの本は5年以上前に発売されていた古本である。今現在もこうしたサービスを継続しているのか定かではない。

 ——本当に来んのかぁ……?

 不安が募る。もしかしたら、個人情報を騙し取られたのではと思い、光玄こうげん出版について調べてみると、その出版社のホームページが出てくる。しかし、中を見てみると会社概要のみで、書籍情報など皆無。東京にあることだけはわかった。

 いよいよ怪しい。もしかして自分はとんでもない面倒に巻き込まれているのではと思いながら、夜を越した。

 一冊目が届いたのは、翌々日のことであった。


 正武せいぶ団地の近くに、隼人が住まう学生寮がある。

 時刻は夕方、5時近く。帰宅してみると玄関に、ぽつんとダンボール包みが置かれていた。

 包みの側面には、楷書体で黒く光玄出版と書かれている。間違いなく件の本。開封すると、やはり『カノジョ組み立てキット 1』と見えた。

 部屋に入り、本を開く。はじめの五ページ以外は、箱状になっており、中には、試験管に入った乳白色の液体と、細長く凹凸のある白い部品。これらに加えて、五つの大きさの違う型と、青や赤の細い線が十数本入ってある。

 カノジョを作るパーツだろう。が、それらを手に取って眺めてみても、何が何だかわかりはしない。しかたなくページ部分をめくる。

 液体は「コンジム硬化液」という名の特殊な液体らしい。なにやら、計算式や化学記号などが書かれているが、隼人にはよく理解できなかった。しかし、読み進めていくと、概容は掴めてくる。手のひらに乗るほどの小さなパーツたちがどう機能し、どう組み立てると、何ができていくのかがわかっていく。

 コンジム硬化液はいわば皮膚や肉にあたる。白い小さな部品は骨に、青と赤の線は神経になる予定のものだった。型をよく見てみると、足指の形をしており、裏表で使用できるようになっていた。

 どうやら、カノジョは足下から作られていくらしい。隼人はページを繰りながら、作業へと取りかかる。

 幼少のころはプラモデルなどを作っていた隼人。細々と何かを作り上げていくことは嫌いではない。しかし、

「はあぁ……終わったぁ……」

 疲れた目を擦り、ため息をつく。時刻はもう深夜0時を過ぎてしまっていた。

 白くて細長く、滑らかな手触りのそれが、床に転がっている。どこからどう見ても人間の足指にしか見えない。あまりの出来栄えに、気味悪さも感じる。

 隼人は思った。

 ——なんだか思ってたより時間がかかるな……。もっとサクッとできるイメージだったけど、これは寝る間も惜しまなくちゃダメな気がしてきたぞ……。

 寝る間どころか、夕飯すら抜かないと、届いたパーツは組み立てられない。来週には、足の甲から踵までが届くらしく、果たして隼人が、念願のカノジョに会える日はいつになることやら。

 

 不安を感じながらも、届いた部品を組み合わせる日々が続いていった。もともと集中力や継続力は低くない隼人である。一歩、また一歩と、着実に歩みを進めていけば、カノジョとの出会いの気運に高揚してしまう。そうして続けていけば、完成する速さも徐々に上がり、気味悪さを感じていた完成品にもすっかり慣れた。

 脚部が完成すると、その肌触りに感激し、頬をすり寄せる。女性器の作成段階になると、その構造に美しさと同時に神秘性まで見いだす。いやはや、人間の体とはここまで複雑怪奇であるのかと驚嘆している隼人だが、腰部の作成段階になって「人工知能」の構築も平行して進めることとなり、感動しているような余裕もなくなってしまった。

 瞬く間に秋が過ぎ、冬も半ばを迎えたころ。歩み続けてきた隼人の足が止まった。

 バイトもしていないので、親からの仕送りを頼りにして生活をしている隼人。友人もでき、休日は遊びにいく事も増えた彼は、これまで払い続けてきた光玄出版への金が、惜しくなってしまう。

 と、そこで隼人はあることに気づく。

 ——いや、これって……効率悪くね?

 毎週届くパーツを組み立ててカノジョを作るなんて、普通に女子に声をかけて付き合うのと比べてお金も時間もかかりすぎているのでは? と隼人。

 そうなると、不思議なことで、人体の不思議に驚き感激していたあの心と、理想の女性を自らの手で作り上げるという情熱は、風塵の如くどこかへ飛んでいってしまった。

 一人暮らしの独り身の隼人を止める者は誰もいない。彼は『カノジョ組み立てキット』の中止のための言い訳を数々こしらえると、その日のうちに決めてしまった。

「まぁ……もったいない気もするけど……」

 呟きながら後ろを振り返る。部屋の隅には作りかけのカノジョが足を伸ばして座っている。腹部の一部と、左腕、右乳房、顔の半分が欠損した女性の裸体。

 作らない、と決めてしまうと身の毛のよだつ不気味さである。隼人はカノジョを抱えると、押し入れにしまい込んだ。

 

 さて。

 高校二年の春。ひらひらと桜が降る五月川沿いを歩く隼人。昨年は一人歩いたこの道を、今年は二人で歩いている。彼の隣には、オレンジの髪留めが愛らしい、可憐な少女がいた。

 安藤美保あんどうみほは、この春から隼人と付き合うことになった、正真正銘の「カノジョ」である。ふだんは物静かで真面目な優等生だが、二人きりになると肩をくっつけてくるような甘えたなところがあり、なんともそれが可愛らしい。

「隼人くんっ」

 いつもより少し高い声色。機嫌の良いときは、いつもこうであるため、隼人も美保に応じて優しく返す。

「なに?」

「ねっ、桜。綺麗ね」

「そうだな……。桜、好き?」

「好き」

「どれくらい?」

「うーんと、どうだろう……?」

「じゃあ、そのヘアピンよりも好き?」

「うん、好き」

「白いローファーよりも?」

「好き」

「黒のスカートよりも?」

「うーん……好き!」

「じゃあ、俺よりも?」

「ううん。隼人くんがいちばーん、好きっ!」

 ここは桜並木通りのど真ん中。耳に入ったその会話に、頭を抱えてしまう人もちらほら。しかし、当の本人たちは気にしない、気にしない。桜色に頬を染めながら、囁き合っている。

 そんなもんだから、学内で隼人と美保が付き合っていることを知らぬ者はいない。二人それぞれ異性から人気のある容姿性格を持った、美男美女の理想のカップルとして地位を築いている。

 中学時代の隼人を知る者が一人でもいたならば、こうはならなかっただろう。

 ——地元を離れた甲斐があったなぁ……。

 なんて、心から思ったその夜のこと。

 ガリッ……ガリガリ……ガリッ……。

 どこからか、音が聞こえる。何かを削る音。闇の中で、静かに、しかし確かに響く。

 美保とのデートを終えて帰宅した隼人は、もうくたくた。サッとシャワーを浴びて、ろくに歯も磨かないまま、電気を消してベッドの上にバタン。そのため、音の正体を確認することなく、眠りについてしまった。

 音は、その晩だけ。結局、どこから響いていたのかわからないまま、日々が過ぎていく。

 そうこうしているうちに、なんと、美保が家にやってくることになった。「隼人くんってどんなところに住んでるの?」という話から瞬く間に「行ってみたい!」となり、隼人の方も「ようこそ!」といつもの調子でご機嫌な返事をしてしまう。

 一人暮らしの男子高校生の部屋など、ろくなものではない。慌てて「スーパーとよくに」へ細かい掃除用具と、芳香剤を買い、自室の大掃除をおっぱじめる。

 床に散らかった菓子袋や、飲みさしのボトルなんかをゴミ袋へかき入れ、棚に溜まった埃を拭き取り、窓を開けて掃除機をかける。もし、ここで隣人から苦情が入ってきたとしても、隼人は「うるさい!」の一言で一喝するだろう。それほど彼は追い込まれていた。

 と、隼人は思い出す。

 押し入れの中。作りかけのカノジョがそこにある。もし、あんな気味の悪いものが美保に見られたならば……。考えただけでも身震いする。

 ガラッと押し入れを開ける隼人。しかし、

「あれ……? 無い……」

 忽然と、そいつは消えていた。ぽかりと空いたそこに確かに置いていたのを覚えているが、捨てたような記憶はない。だが、

「捨てたかな……?」

 そう、思うより他ない。今は一刻も争う一大事。消えたガラクタなどに構っている暇はないと、隼人は掃除を続けた。

 正武町で、凄惨な連続殺人事件が起こり始めたのは、そのころである。


「ねぇ、隼人くん」

 すっかり熱くなった夕暮れの帰り道。いつものように肩を並べて歩く美保が、ぽつりと呟く。

 首筋に汗を光らせている。その様に見とれていた隼人は慌てて応える。

「な、なに? どうかした?」

「ううん、なんでもない……。けどね、最近なんだか怖くない?」

「怖い?」

「隼人くん知らないの? 事件のこと。殺人事件」

「殺人事件って……あれのこと? あの……体の一部が無くなってるっていう……」

「うん……。あの事件って、このあたりでしょ?」

「そうだっけ?」

「もう! 呑気なんだから……。わたし心配……」

「心配って……そんな、仕方ないだろう? もしかして、俺が殺されちゃうかもって思ってる?」

「……ちょっと、何笑ってるの? こっちは真剣なんだけど」

「ああ、ごめん……。いやでもさ、あんな殺され方してるんだぜ? なんか恨みでも買ってるんだって。その点、俺も美保も大丈夫だよ」

「そうかなぁ……」

 胸を張る隼人だが、美保は顔をしかめたままだ。

 隼人の住む正武町では、体の一部が欠損した死体が三体ほど発見されている。ある者は腹部を抉られ、ある者は右腕を引きちぎられている。また、ある者は左乳房を刈り取られているといった惨たらしい有様。これらはネットから得られる情報で真偽のほどは定かではないが、実際に殺人は起こっている。

 一体誰が、何のために。事件を追うマスコミの記事やニュースからは、捜査が難航していることが読み取れた。隼人も知らないわけではない。

 ただ、気にしないようにしていただけだ。そこにきて、美保の発言。胸騒ぎがする。

 帰宅して、隼人はため息をつく。玄関に置かれている芳香剤を一瞥して、部屋へと入った。

 しばらく、美保を自室に呼んでいない。

 なぜなら、ここのところ、妙な臭いがするからだ。それも日に日に強くなっている気がする。芳香剤を変えても、臭いは一向に消えない。

 ——いったい何の臭いなんだよ……。引っ越したほうがいいかもしれないな……。

 そう思いながら、部屋の電気を付けて、荷物を下ろす。スマホを机に置き、椅子に座りって一息つこうとするが、やはり臭いが気になって仕方がない。

 よくよく、臭いを調べてみる。どこかで嗅いだことのある臭いであるような気がする。いったいなんだったか……。

 ふと、押し入れが目に入る。

 近づいていくと、なんと臭いがきつくなっていくではないか。

 もしや、ここが発生源か。雨漏りか、何かこぼしたか。それとも……。

 ガラッ、と戸を開いた隼人の目に、飛びこんできた光景。彼は思わず、アッ、と声を上げて尻餅をついた。肘が引っ掛かり、押し入れの戸が外れる。

「なんだよこれ……」

 中は暗く、しかし、はっきりとわかる。その内側にべったりと付いた真っ赤なそれが、血であると。

 古くなり乾いたものもあれば、瑞々しく光っているものもある。どれもこれも、溶けた鉄のような重苦しい臭いを放っていた。

 全身が心臓になったかのようにドクンドクンと波打つ。血だまりが出来ている箇所には、かつてカノジョが置かれていたことを思い出した。

 ——そういえば……あれって、どこまで作ったんだっけ……。

 関係ないだろう、と首を振る隼人の目に入ったのは、倒れた押し入れの戸。内側が傷だらけ。

 が、ただの傷ではない。

 何かが書かれていると思い至ったそのとき、隼人は声も出せず飛び退いた。

『ハヤトクン ハヤトクン ハヤトクン ハヤトクン ハヤトクン——』

 上から下までぎっしりと。隙間なく埋める文字は、爪か何かで彫られていたのか、強張っている。

 そのとき、机の上に置かれたスマホが着信を知らせた。唖然としていた隼人、

「うわぁあっ!」

 と声を上げる。

 おそるおそるスマホに近づき、画面を覗きこむと、そこには美保の名前。ほっと胸を撫で下ろすような心地で、手に取り、

「もしもし?」

 通話に入る隼人の耳を劈くような叫び。

「たすけてっ!」

 間違いなく美保の声。明らかに切羽に詰まり、ことばの端々が震えている。

「ど、どど、どうしたのっ?」

 隼人もつられて声が上ずり、手が震えてスマホを落としそうになる。

「なっ、なんか……なんか変なのに追いかけられてるっ!」

「へっ、変なのって?」

「わかんない! わかんないけど……いっ、いやぁ! たすけてっ! 誰かっ!」

 ガチャン、と砕けた音とともに、美保の声が遠ざかっていく。隼人は必死に彼女を呼ぶも、一向に返事がない。そのまま着信は途絶えてしまった。

 いったい何が起こっているのか。考えようにも気持ちが急いて頭の中はまとまらない。とにかく、今、確実に言えることは、美保の身に危険が差し迫っているということである。

 隼人は無我夢中で外に出た。美保と別れてそれほどまだ時間は経っていない。まだ帰り道の途中にいるはずだと、がむしゃらに駆けた。

 夕日は瞬く間にその影を濃くしていく。息を切らす隼人のまわりには人はおらず、しかし、彼の目の前に見覚えのあるスマホが落ちていた。

「み……美保のだ……」

 拾い上げてみると、落としたのか、画面はひどく破損してしまっている。

 ——落ち着け……落ち着くんだ……。俺が行っても意味はないだろ……。まず、警察に電話を……。

 呼吸を整え、前を見やる。

 一本に続く道の先。真っ赤な夕日を背にした黒い影が揺らいでいる。目をこらすと、それは人の形をしている。だが、その動きは人のそれではない。前後左右にゆらり、ゆらり。

 やがて、影形は鮮明になり、その正体を認めたとき、

「あっ……!」

 隼人は腰を抜かした。

 ピチャ……ピチャ……。

 靴も履いていない、清らかな白い足。その足が真っ赤な血で染まり、一歩ずつ、隼人へと近づいてくる。

 息が苦しい。全身の震えが止まらない。目の前で起こっていることのすべてを信じることができない。

「はぁっ……はぁあっ……ああっ…………ああぁ……」

 隼人は思い出す。あの本に書かれていた『絶対に、途中で止めないでください』の文字を。錯乱した彼の目が、まっすぐ前へと向けられる。

 眼球に映る者。全身を血で染めた女に見えた。

 だが、女ではない。人ではない。

 己の欠損した部分を、生身の人間から奪い取った怪物がゆっくりと口を開く。

「ハヤとくン……やッと……アエた…………ネ……」

 そのことばは、愛おしそうに、美保の声で紡がれた。

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