第36話 別荘

 食事もして、港観光も終えたらいよいよ綺羅莉んちの別荘まで向かう。沼津港からは一時間ちょっとの距離になるらしい。


「真田さん、途中でスーパーマーケットがあったら寄ってください。私と凛ちゃんでご飯作りますので材料を買います!」


 綺羅莉は食事を外食にするつもりだったらしいが、わざわざ夜に出かけるのも大変だろうってことで季里と凛ちゃんが食事を作ってくれることになっていた。

 季里の手料理は僕の独占だったのに! なんてことは思っていないからね。ホントだよ?



 別荘はビーチから歩いて一五分ぐらいのところにある小高い丘の上にあった。テラスからの眺めは最高で、海の向こうに富士山も望める最高のロケーションだ。


「すごいな……」


 滅多に感情を顕にしない遊矢が景色に感動している。それくらい素晴らしい景色なんだよね。これを独り占めって贅沢すぎるわ。


「あそこに見える砂嘴のような岬の内湾にビーチがあるのよ。波もないし、水もきれいでとても透き通っているのよ。明日はシュノーケリングをしてもいいかもしれないわね」


 シュノーケリング、だと? それはいわゆる海のあくてぃびてぃってやつじゃないのか? 全埼玉県人の憧れのアレだよな?


「まじか? そんな事もできるんだな」


「もちろんできるわよ。道具もこの別荘に全部用意してあるから、明日はそれらを持ってビーチに行けばいいわね」


「はーい皆さん! ご飯ができましたよ~」


 夕暮れていく景色を見ながらテラスで駄弁っていたら凛ちゃんが、ご飯ができたって呼びに来てくれた。僕も何もしていないっていうのに後輩でしかも女の子に全部用意させるなんてちょっと反省……。


「季里、食卓に運ぶのは手伝わせてくれ」


「じゃあこのお鍋持っていってくれる? 具沢山の豚汁を作ったんだけど重くって運べないんだ」


「おっけ。僕が持っていくよ」


 大鍋にたっぷりの豚汁はけっこうな重さだった。お代わりするのに何度も台所と往復するよりは食卓に置いておいて各人好きなだけ装えばいいってことみたいだ。

 そうこうしている間に他のみんなも運ぶのを手伝ってあっという間に色とりどりの美味しそうな料理が食卓を彩った。


 今日の夕飯のメインはハンバーグ。そこに大盛りのサラダと豚汁がつく。ご飯は炊飯器の能力の最大で炊いたみたいだけど何しろ七人だ。あっという間に空っぽになってしまうだろう。その足りない分を賄うのが具沢山の豚汁ってことらしい。


「「いただきます!」」


 みんなで一斉に食べ始める。


「うめぇ~ マジ季里ちゃんに凛ちゃん、美味しいよ!」


 俊介は開口一番二人を褒め上げる。僕ももちろん二人の料理を褒めちぎった。


「こんな短時間にこのように美味しいハンバーグが出来るなんて、季里さんも凛さんも素晴らしい料理の技量だわね」


「ほんとほんと! ウチなんて目玉焼きさえまともに焼けないんだよ!」


「水美……それ自慢げに言わないでくれないか?」


 水美のアホ自慢に遊矢も呆れ気味。


「せんぱい方、ハンバーグって言うほど難しくはないですよ。ね、季里ちゃん」


「そうですよ。基本、玉ねぎをみじん切りにしたら、ひき肉に混ぜて捏ねて成形して焼くだけですもの。かんたんです」


 目玉焼きさえ焦がす人と全部万能家政婦さんにやってもらっている人にそれは簡単とは言えないんだよ? たぶん玉ねぎをみじん切りする時点でアウトだと思う。


「かんたん、なのですね……」

「あはっ、あはっ、あはは……」


 ほらね。


「くくくっ、季里ちゃんはいい嫁さんになるってことだな、なぁ、マコちゃん?」

「もう、俊介さんたらぁ~うふふふふ」


 そうだな。季里は絶対にいい嫁さんになること間違いないよ。でも俊介がわざわざ言うことないよ、だってほら……


「ごめんなさい、遊矢……ウチも頑張るね」

「ん、大丈夫」


 流れ弾当たった人がいますから。そっちの家政婦さん頼りの人も遠い目をしているよ。


 🏠


「暑っつい!」


 カーテンの隙間から差し込む真夏の日差しが顔に当たりすごく暑くて目が覚めた。昨夜は夜中までみんなでカードゲームやボードゲームに興じて時計の針がてっぺんをだいぶ通り越した頃やっと寝床についたんだ。そのせいで寝坊したようだ。今日は朝から海に繰り出す予定だったのに……。


 自分の横の布団を見ると俊介も遊矢もまだ夢の中のようだ。


「……起きよう」


 のそのそと起き上がり、部屋を出るといい匂いがしてきた。腹の虫がぐ~と鳴き出したのでそのままキッチンに向かうことにした。


「おはよ。あれ? 季里だけなの」

 台所で料理をしていたのは季里だった。だけど他には誰もいない。


「おはよう、誠彦さん。みんなまだ寝ているよ。昨日は寝る前にまた女子会しちゃったから、余計に起きてこないと思うな」


「そっか。楽しんでいるみたいだな」


「だね! もう少しで朝食が出来るからちょっと待っていてね。あ、その前にこっち来て」


 コンロの前にいる季里が僕を手招きする。卵の焼き加減でも聞きたいのか?


「ほらっ、まだ誰もいなっから、ね? ちゅっ、んんちゅるっ」

「んんんっ! わっ、びっくりした」


 季里は振り返りざまにキスしてきて舌まで入れてきた。ほんと誰も起きてきてないよな?


「えへへ。これでちょっと潤ったかもね」

「……そ、そう?」


 朝からそういうことは言わないでくれないかな? 収まった朝のエキサイトが復活しちゃうだろ。



 季里と二人で朝食を取っているとみんなが順番にのそのそと起き出してきた。


「おはよう……早いな、マコちゃん」

「朝からマコちゃん言うな。もう九時だぞ? 遊矢もおはよう」


「…… おはよう

「相変わらずテンション低いな」


 男どもが食卓に付いたあとに女の子たちも起きてきた。


「おっはよー! ねぼーした! あははっ」

 オマエは朝からテンション高すぎるんだよ……。


「「………」」

 凛ちゃんと綺羅莉はまだ寝ているかのように目が開いていない。


 あの氷姫が寝ぼけ眼で、且つ寝癖で頭爆発しているのなんかそうそう見られるもんじゃないと思うぞ。目が覚めたあとに真っ赤な顔してアワアワしていたのはまた面白かったがね。


 やっと全員揃ったからさっさと飯食って早く海に行きたい! オラ、どんどんテンション上がってくぞ!

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