第24話 氷姫

 日が長くなった。七限目のあとのHRが終わってもまだ明るい。たしかもう少しで夏至だったな。


 季里たち一年生は六限授業のはずだから、今日はもう帰宅していることだろう。最近は時間が合えば季里とは一緒に帰っている。当然同じところに帰っていることはバレないように細心の注意はしているつもり。


 僕は未だに学校では季里と付き合っていることは内緒にしてもらっている。季里は嫌がっているが妥協もしてくれている。

 それが登下校はなるべく一緒に、というところ。最近では登校を一緒にしていたからそこに下校が付け加えられただけっていえばそれだけなんだけど。


 俊介は早々に部活に向かっていってしまったし、石築と遊矢も駅そばの書店に寄るとかでさっさと教室を出ていってしまった。


 僕も帰って季里に俊介にはバレたってことを話しておくことにしよう。


「あら、桒原くんも今帰り?」

「ん? あ、ああ。そうだけど……」


 急に声をかけられたので吃ってしまった。基本的にあまり俊介たち以外からは用事がなければ声をかけられることは少ないのでね。


 話しかけてきたのは白石さん。喜怒哀楽の表情に乏しいクール系美少女で、つり目がちな切れ長の目に薄い唇が特徴的なモデルのような女の子である。


「そうなのね。たまには一緒に帰らないかしら? あなたも電車だったわよね?」

「そ……そうだね」


 電車通学……。本当は違うんだけど、公には未だに実家から通学しているってことになっているので違うとは言えない。これは親しい俊介たちにも内緒にしている。


 それよりも何故急に白石さんは僕に声をかけてきたのだろう?


「では、行きましょうか」

「お、おう」


 疑問を呈す前に断れなかった。どうしよう、一旦駅まで行くしかないかな?



 教室を出て昇降口まで移動する。特に楽しげな会話もなく、淡々と今日あった授業の話などをしながら歩く。

 白石さんとは全く話したことがない訳では無いが、よく話すといった間柄でもない。故に一緒に帰ろうと誘われた意図がわからなすぎる。


 時々無言になりながらもそのまま校門を出て駅に向かって歩き出した。


「ねえ白石さん。何で僕に声をかけてきてくれたんだい? 僕って、ほら、悪い噂あるでしょ」


 一応あの噂の件もあるので念のためにも聞いておくことにする。


「ええ、知っているわ。あの変な噂のことでしょ。あんなのわたしは信じてないわよ。どうせ、どこかの暇人が捏造したものでしょう?」


「まあね。噂通りのことをしていたら学園に通えなくなるしね。到底ありえない内容だと思うよ」


「当然よね」


 白石さんは端から噂のことは信じていなかった模様。少しずつでもあの噂が否定されていくことは喜ばしいことだと思う。


「それはそうとして、なんで一緒に帰ろうって誘ってくれたんだい?」

「理由がないと一緒に帰れない仕組みでもあるのかしら?」


「いやそういうわけではないけれど」

「では問題はないわよね」


「まあ、そうだね」


 なんか上手いこと言いくるめられた気がしなくもないが、不快でもないのでここは頷いておこう。



 白石さんは背筋をピンっと伸ばして、楚々と歩いて行く。僕も歩くのは遅くはないけど、かなり白石さんは歩くのが早い。

 ただ、白石さんとは無言のまま歩いているわけではなく、意外だけど、TVの話や音楽の話などもしていた。案外と乙女チックなドラマも好きな様子。


 駅に通じる辻に差し掛かった時白石さんが急に僕のシャツの裾を引っ張ってきた。


 とてもじゃないが白石さんがしそうな行動ではなかったので結構驚いた。急に距離を縮めてこられると対処に困る。


「桒原くん、あなた連雀町に新しいアイスのお店ができたのは知っているかしら?」

「いや、知らないけど」

「いまから寄っていかない?」


 アイスが食べたいわけではないけど、だからといって無下に断る事もできない。こういう時はどうすればいいのだろうか?


 僕の無言を肯定と捉えたのか、白石さんは早速そのアイス屋さんとやらに行き先を変えた。


 むむむ。白石さん、こちらも見た目と違ってちょっと強引であるようだ。


「すみません、チョコミントください」

 白石さんはチョコミントをチョイス。僕は無難にバニラにしておいた。


「よくチョコミントなんて食べられるね」

「おかしいかしら?」


「なんか歯磨き食ってるみたいじゃない?」

「……桒原くん案外と酷いこと言うわね」


「そうかなぁ」


 お店の前にあるベンチに二人で座ってアイスを食べている。最初こそ緊張したけれど、白石さんが思いの外フランクなんで僕もリラックスして話ができている。


「桒原くんのお宅って東秩父村だったわよね?」

「あれ? 何で知っているんだい。僕が東秩父って言ったことあったっけ?」


「一年生の時の自己紹介で言っていたわよ」

「ん? 一年生……あ、そっか。白石さんも一年の時は同じクラスだったっけ」


「あなた私と一年の頃も同じクラスだったことを忘れていたのね。さすがにそれは酷くないかしら」


 だって白石さんとは全然交流なんてなかったんだもの。すっかり忘れていたよ!


「言われてみれば確かに一緒のクラスだったね」

「どうせわたしは一年生の時から友人も少ない浮いた存在でしたよ」


「あはは。そういう意味じゃなくて! ごめん、ごめん。拗ねないでよ」


 一年の頃からクール系の美少女で、近寄りづらい雰囲気を醸し出していたから僕はあまり積極的に関わっていかなかったんだよ。

 男子生徒からの告白も一刀両断で断っていたって話も聞いていたから、一部の生徒からは氷姫なんて二つ名が付けられていたほどだ。


「知らないわよ」


 そんな白石さんが少し頬を膨らませて拗ねる姿なんて今まで誰も見たことはなかったはず。そんな姿を僕に無警戒に見せるなんてどうしたことだろう。


 もしかしたら単に彼女もコミュニケーションが苦手で、僕を同類と見たせいで少しだけ心を開いてくれたのかもしれない。

 そう考えるのが妥当だろうな。それにしても偶に見せる微笑みは目に毒すぎる。



「ではさようなら。わたしは上り方面なので。また明日、教室でね」

「うん。また明日、バイバイ」


 白石さんが上りのホームの階段を降りていってから僕は再び改札を抜けて外に出る。入場料は幾らだか知らないけど無駄にした。嘘をつくにもコストがかかるんだな。


 既に学校から直帰した場合よりも四〇分以上遅れている。家につく頃には一時間は遅くなっているだろう。たしかに白石さんとの会話は初めてしたにも関わらずけっこう楽しかったけれど疲れたな。


 急いで帰ろう。


 🏠


「ちょっと遅くない?」

「そ、そうだね」


 帰宅すると着替えるよりも先に季里にリビングに呼ばれた。


「何をしていたの?」

「ちょっと、用事があって」


 別に同級生と帰宅路を共にしたってだけで一切やましいことなんてしていないのに何故か白石さんの微笑みが思い浮かんでしまいその事実を話すことができなかった。


「ねえ。誠彦さんからフローラルな香り……そうね。コロン、か制汗剤の匂いがするわ。女の子がよく使うやつね。あとミントの匂いも少し」


「…………」


 は、鼻がいいんだね。えっと……白石さんそんな匂いしていたかな? 覚えがないな。


「誠彦さん。なにか隠してない?」


「か、隠していないです」


「そ。まあいいわ、どうせ私の勘違いだよね。早く着替えてきちゃって、誠彦さんが遅いからもうご飯できちゃっているわよ」


「あ、はい」


 隠し通せた、のかな? いや、隠しちゃ駄目なんだろうけど……ちょっと怖すぎる。今後は本当に気をつけようと思います。いや、ほんとうに。

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