第21話 季里、悩む

 お父さんがいきなり一時帰国してくることになった。なんの予告もなく。


 やばい。


 この一言に尽きる。


 お父さんの赴任先はアメリカの北部にあるメイン州のポートランドってところ。それどこだよって言うのが最初の感想だったな。そもそもメイン州自体が私にはよく分かんなかった。

 どうも映画の『ショーシャンクの空に』の舞台のショーシャンク刑務所があるという架空の設定がある街らしい。誠彦さんに聞いた。


 まあそんなことはどうでもいい。


 兎に角帰国するってことは私のところに来るってことなのだ。

 お父さんは未だに私があの契約したアパートに住んでいるものと思っている。いや、それ以外は考えようがないけど。

 しかし御存知の通りあのアパートは焼け落ちて今や更地の状態。なんか建築予告の看板を見るとまたアパートを立てる予定らしい。焼け太りってやつなのかな?


 ああ、話が横道にそれまくる。だって現実を見たくないんだもの!


 誠彦さんに相談したけれども答えなど見つかるわけもなく堂々巡りになってしまったのは当然のことだったよ。もう当たって砕けろの精神で望むしかないのかしら。嫌だ……。


🏠


 そうこうしている間にあっという間に時間は過ぎて明日にはお父さんが家に来てしまう。さっき帰国したって連絡が入った。


「明日の出迎えは駅まで僕も一緒に行くよ」


 すごく心細かったので誠彦さんが一緒に行ってくれるのはすごくありがたい。誠彦さんだって一人で家に残っていても気が気じゃなくて辛いだろうし丁度いい。


「じゃあ私、先に寝るね」

 明日も普通に学校はあるので早く寝てしまおうと思ったけど明日のことを考えるとなかなか眠れない。ああ、無理だ、寝れん。


「ねえ、誠彦さん。今日は一緒に寝てくれない?」

 まだリビングに残っていた誠彦さんにお願いしてみた。


「寝るって一緒のベッドでか?」

「うん。今夜はお願い」


 不安や緊張なのか気が立って全然眠気がやってこなかったのでお願いしたのだけど、誠彦さんは悩んだ末に隣で寝るだけならとOKを出してくれた。


「あのね、今日のうちに既成事実作っちゃわない⁉」

「作んないし!」


 半分弱冗談、半分強本気で誘ってみたけど無下に断られた。ちょっとかなしい。




「おはよう」

 あれ? なんで私の王子様がここにいるの?


「んふ……。おはょ」

 そうだ。昨夜は誠彦さんのベッドで一緒に寝たんだっけ。誠彦さんのベッドはダブルベッドだから一緒に寝ても快適。もうこのままずっと誠彦さんのいい匂いに包まれて寝ていたいくらい。


「よく眠れたようだな」

「うん。誠彦さんにくっついて寝ただけなのにすごく安心して眠れたよ」


 もう身体中誠彦さんにくっついていた。足も腕も自慢の双丘もきっちりしっかり押し付けていたわよ。寝ながらの私GJ!


「そ、それは何よりだな。さ、起きようか」

 やだ。そのまま起きるだけなんて満足できない。もったいないじゃん。そうだ、ちょっと甘えてみよう。


「その前に……っぎゅう」

「ん……」


 えへへ。やたやた! 優しく抱きしめてくれた。外は曇り空だけど私の心は快晴よ!



 とは言っても早々簡単に心配事が消えるわけがない。授業中もお父さんにどう言い訳しようかと一生懸命考えていたので気づいたらいつの間にか放課後だった。


 今日は帰宅せずにそのままお父さんが来る駅に直行することになっている。誠彦さんが言うには昇降口で待ち合わせするとどうしても目立ちすぎるので、学園より少し離れた神社の境内で待ち合わせすることになっていた。縁結びの神様が祀られているらしいので待ち合わせ場所としては上々だと思うけど。


「ごめん待った?」

 私は約束より少し遅れて神社までたどり着いた。


「いや、さほど待っていないよ」

 最低でも一〇分は待たせたと思う。私の用事なのに申し訳ない。


「凛がしつこくて」

 申し訳無さついでについつい言い訳を言ってしまった。


「櫻井さん? どうして?」

「今日は私が考え事ばかりしていたから心配してくれたみたい。悪いことしちゃった」


 言い訳してしまったけど凛も私がおかしいことを心配していろいろと話しかけてくれていたのだった。それなのに遅れた言い訳に使うなんて申し訳が立たない。今度なにかお詫びをしておこう。


「じゃあ行こうか」

「うん」

 いざ出迎えに……。


🏠


 改札の前の目立たない場所に立ってお父さんの到着を待つ。もうあと五分前後で着くはずだ。


「とても緊張してきたんだけど……」

「私もさっきから心臓がバクバクいって落ち着かないの」


 私の緊張が誠彦さんにも移ってしまったのかしら? もうたった五分が何時間にも感じられてくらくらしそう。



 ホームから大勢の人たちが改札に向かってくる中にお父さんを見つけた。


「あ、来た」

「どれ?」

「今階段を上がりきった、黄色のスーツケースを持っているのがお父さんだよ」


 お父さんはグレーのボタンダウンのカジュアルシャツに黒のチノパンというダサファッションで現れた。もう恥ずかしい!


「ねえ季里。お父さんの隣にいる人はお母さんなの? 一緒に来るって言っていたのかい?」


 誠彦さんも気づいたらしい。けど勘違いしている。


「ごめん。私にもあの女性ひとが誰だかわからないわ。私のお母さんは、私が一〇歳の頃に病気で亡くなっているの。大事なことなのに誠彦さんに言っていなかったのはごめんなさい」


 言うタイミングを見失っていて、私にお母さんがいないことを誠彦さんには告げていなかった。お母さんは私が小学校四年生の時の秋口に癌でこの世を去っていた。


「えっ⁉ あぁ、うん、それはいいよ。じゃあ、あの女性は誰だろうね」


 誠彦さんは私が告げていなかったことは気にしなかったようだ。あとでちゃんとお話はしておこう。でも今はそれじゃない。


「ほんとうに誰かしら、聞いてないわ」


 お父さんはやっと私たちに気づいたようで気楽に手を振ってきたけど、直ぐに怪訝な表情をしてきた。横にいる誠彦さんに気づいたのだろう。


「やあ季里。久しぶり、元気だったかい?」

「うん、お父さんこそ元気そうで何よりだね」


 自分でも気づいていたけどお互いに引きつった笑顔を見せながらの親子の対面は滑稽だ。なんていったってそれぞれの隣にはお互いに見知らぬ誠彦さんと彼女さん(仮)が立っているんだもの。


「………」

「………」


 あはは。親子して次の言葉が出てこない。こんなところは似なくてもいいのにね。このままじゃ袋小路に入り込むと思ったか誠彦さんが声をかけてくれた。


「お疲れでしょうから、まずはそこの駅ビル内で軽くお茶なんかいかがでしょうか? まだ夕飯には早いでしょうから……」


「うん、誠彦さん言う通りにするね。行こうか、お父さん」

 ありがとう誠彦さん。助かります。




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