第19話 お母さん?
川越駅の東武東上線の改札の前、柱の陰の目立たない場所で待つ。時刻は夕方四時二五分。後数分で季里のお父さんは到着の予定だ。
「とっても緊張してきたんだけどさ……」
「私もさっきから心臓がバクバクいって落ち着かないの」
すると大勢の人の流れがホームから改札へと向かっていくのがわかった。電車が到着したようだった。
「あ、来た」
「どれ?」
「今階段を上がりきった、黄色のスポーツバッグを持っているのがお父さんだよ」
季里のお父さんはグレーのボタンダウンのカジュアルシャツに黒のチノパンというどこにでもいるようなアラフォーお父さんと言った感じの方だった。
背筋が伸びてシュッとした感じで目元はどことなく季里に似ている。まだ、此方には気づいていなようで隣にいる女性と話をしながら改札に向かってきている。
隣にいる女性、彼女が季里のお母さんだろうか? お母さんも一緒だなんて聞いてないんですけど?
「ねえ季里。お父さんの隣にいる女性がお母さんなの? 一緒に来るって言っていたのかい?」
「ごめん。私にもあの
「えっ⁉ あぁ、うん、それはいいよ。じゃあ、あの女性は誰だろうね」
そうだな。いま思えば季里は両親って言葉を使っていなかったな。親、またはお父さんってしか言っていなかった。そうか、お母様は逝去されていたのか。
それは申し訳ないことを聞いてしまった。今はもう時間がないから後でちゃんと謝っておこう。
「ほんとうに誰かしら、聞いてないわ」
改札の近くまで来てやっと僕らに気づくお父さん。季里の隣に立つ僕に怪訝な表情を見せる。それは仕方ないとは思うよ。いきなり娘の隣に見知らぬ男がいるんだもんね。
「やあ季里。久しぶり、元気だったかい?」
「うん、お父さんこそ元気そうで何よりだね」
なんとなく引きつった笑顔を見せながらの親子の対面。それぞれの隣にはお互いに見知らぬ僕と彼女さん(仮)が立っている。
「………」
「………」
親子して二の句が出てこない。このままじゃ埒が明かないと思ったので助け舟を出すことにした。
「お疲れでしょうから、まずはそこの駅ビル内で軽くお茶なんかいかがでしょうか? まだ夕飯には早いでしょうから……」
「うん、誠彦さん言う通りにするね。行こうか、お父さん」
取り敢えずなのか、仕方なくなのか頷くお父さんと彼女さん(仮)を引き連れて、僕らはペデストリアンデッキを渡って駅ビルに入っていった。
🏠
「改めまして自己紹介します。はじめまして、季里さんとお付き合いしております桒原誠彦と申します。稜秀学園の二年生です。よろしくお願いします」
「ああ、先程は済まなかった。ちょっと驚いてしまってね。季里の父親の毒島幸弘といいます。で、娘との付き合いはいつ頃から? いやね、入学したのがたったの二ヶ月前だろ? 彼氏を作るのがちょっと早いかなって思ってね」
時間が問題ではなく、単なる興味本位だからあまり硬くならなくていいよ、と幸弘さんは付け加えてくれた。いきなり否定から入られなかったことでだいぶ緊張感はほぐれた。第一印象からあまり怖い人でなかったのは安心した。
「付き合い出したのはついこの間からなのですけど、その前から色々とありまして……」
そこまで話し始めたところで隣に座る季里に制服の裾を引っ張られる。
「ん、なに?」
「んん、ちょっと誠彦さんの話は後にしてもらっていい? まずはお父さんの方も紹介してもらわないと」
自分のことで頭がいっぱいだったけれど、よく考えればお父さん方にもどなたかわからない女性がいたのだった。彼女は所在なさげにもじもじしていたので今回は気を回さなかった僕に全面的に非がある。
「そうか、済まないね、季里。此方は山崎冴子さん。ポートランドの事務所の同僚なのだけど……いまお父さんがお付き合いしている人なんだ」
「はじめまして季里さん。幸弘さんとはもう三年ほど前に同僚として東京ラボで知り合っていたのですが、今回ポートランドで再び同僚になるということで親密になりまして、この度結婚を前提にお付き合いすることになりました。ずっと黙っていてすみませんでした」
彼女さん確定出ました。お母さんにしては若いなとは思ったけど、年の頃、そうだな三〇代前半ってところかな。お父さんがアメリカを出立前にキャッスルロックによっていたのは彼女を迎えに行っていたんだって。
ともあれこの状況はどうしたものか。父娘で互いにその恋人を紹介し合うといったなんとも気まずい状態になってしまっている。いつかは通る道であろうことはわかるけど、今じゃないでしょ? しかも同時なんてありえないでしょ? まあ過ぎたことをどうこうっても仕方のないことなのだけど。
「冴子さん、謝らないでください。父を支えてくれてありがとうって私の方からいいたいぐらいですよ。私も心細かったのを誠彦さんに支えてもらったのでよくその気持はわかりますので!」
季里が硬直状態を解いてくれたが、彼女も上手いな。お父さんの方を肯定することによって自分の方も地盤固めをするってことになるんだな。僕が本当に希里の支えになれているかは自信があまりないけれどね。
「そ、それを言うなら父さんの方も誠彦さんにお礼を言いたいぐらいだぞ。たしかに季里も初めての一人暮らしでさぞや不安がいっぱいだったろうからね」
あ~あ、やっちまった。まだ、一人暮らしじゃないとか付き合う前からひとつ屋根の下に暮らしているとかの話には早いと思うんだよね。もう少し場が温まってからのほうが良かったかも? ちょっと早すぎたな。しょうがない腹をくくろう。
「あは、あははは………。あのね、お父さん。実はあのアパートなんだけど燃えちゃってね――――」
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