第18話 緊急帰国に
「そーいえば、この前話ししてくれたあの時の彼女さんってあの後どうなったの?」
「どうにもならないよ。あの時は携帯電話も解約されちゃったし、家には近づくことさえ禁止されていたからね。そのうち伝え聞いた話によると引っ越したらしいよ」
サヨナラの一言さえなく、あっさりと別れさせられたからね。中坊の限界は低すぎる。彼女に対し思うことがない訳では無いが仕方ないと諦めていた節はある。
玲には申し訳ないけど、僕にとっては継父――今はその呼び方はしていないでふつうに父親と呼んでいる――との関係性の変わりようの方も重要だったからね。
どうも季里的にはそっちの話よりもやっぱり元カノの話のほうが重要らしいけど。
「もし会えるとしたらどうする?」
「会わないよ。なに? なにかのフラグなの?」
「違うよ。大きなヤキモチとちょびっとの不安だよ」
「そう素直に言葉にしてくれると助かるね。女の子の細やかな機微なんて僕は聡くないからね。安心して、僕にとっての唯一が季里だよ」
「えへへ。安心した……」
季里がまた抱きついてくる。あれからこういったスキンシップが増えているんだけど、これ以上進んだら僕も耐えられる自信がない。
またもやイチャイチャする。最近の季里は家の中ではすごい甘えん坊になっている。わざとだろうけど、つやつやの唇を僕の目を見ながら近づけてきたりする。思わず吸い寄せられそうになってしまう。
「ねえ早く誠彦さんのお家に行って許可をもらってこようよ。お家の中だけじゃなくて学校でもお話したいし」
「そうだな。学校では、まあ会話するぐらいだったら今まで通りかまわないんじゃないかな?」
「そう言うんじゃなくて、恋人同士のお話がしたいの」
「そ、そういうのはもし許可が出たとしても、控えめにしたい、かな?」
さすがに学園の問題生徒と一年生イチの才女との交際は公になると面倒じゃないかな? 今の『仲のいい友人』って付き合いを見せるだけでもかなりの視線を感じているんだから。
「むぅ……つまんない!」
「そこは我慢して!」
ピコピコピコピンッ♬ピコピコピコピンッ♬ピコピコピコピンッ♬
「ん、電話だ。誰だ、誠彦さんとのイチャイチャタイムを邪魔するのは……⁉ お父さん?」
「お父さん? えっ、藪から棒にお父さん?」
「うん、ちょっと待ってて、出るね。もしもし、お父さん?」
確か季里のお父さんはアメリカのメイン州ポートランドに行っていると聞いている。有名な映画のショーシャンク刑務所があるところだな。実物はないけど。時差は聞いたところによるとたしか一四時間だったかな? ってことは、今こっちが日曜日の十一時だから、向こうは土曜日の夜九時ぐらいか。
季里は自分の部屋に戻って電話をしているようだけど、偶に「え~‼」とか「なんで!」とか聞こえてくる。むちゃ不穏なんですけど。
リビングに戻ってきた季里の顔は真っ青であまりの変容ぶりに驚いてしまった。
「ど、どうしたんだ? なにか重大なことが起きたのかい?」
「……大変だよ、お父さんが一時帰国してくる」
「そ、そうなんだ。で、それはいつ?」
「今夜住んでいるとこのろ北にあるキャッスルロックって町に人を迎えに行った後、向こうを出るらしくって日本に着くまでなんだかんだでまる一日以上かかるって話だよ」
「つまりは早ければ明々後日にはこっちに来るって可能性が大だってことだね」
季里の親御さんへの説明は後回しのつもりだったけど、これは急な話しでどうしたものだか……。
どうしよう。季里のお父さんがものすごく怖い人で交際を認めてくれないような人だったら。いや、それでも僕は誠意を込めて納得してもらわねばならないんだ。
よし。頑張ろう!
🏠
「お父さん、さっき成田に着いたって」
「そのままこっちに来るの?」
「ううん。今日は都内で一泊して明日は東京のオフィスに寄ってから夕方前に電車で来るって」
「明日の出迎えは駅まで僕も一緒に行くよ」
家に一人で待っている方が精神的にきついものがあるからね。季里も一人だと心細いと思うし。
「じゃあ私、先に寝るね」
「ああ、おやすみ。僕はもう少し起きているよ」
暫くすると自分の部屋に寝に行った季里が枕だけ持ってリビングに戻ってきた。何事?
「ねえ、誠彦さん。今日は一緒に寝てくれない?」
「寝るって一緒のベッドでかい?」
「うん。今夜はお願い」
さすがの季里も不安と緊張で眠れないか。隣で寝るだけならかまわないかな?
「あのね、今日のうちに既成事実作っちゃわない⁉」
「作んないし!」
やれやれ。僕の心配を返してくれ。何が既成事実だよ! そう言うんじゃなくてちゃんと認めてもらおうて趣旨なんだからね。お間違えなく!
🏠
「おはよう」
「んふ……。おはょ」
結局二人で僕のベッドで眠りについた。僕の使っているベッドはダブルなので結構余裕はあるので寝ること自体は問題ない。
「よく眠れたようだな」
「うん。誠彦さんにくっついて寝ただけなのにすごく安心して眠れたよ」
朝目覚めると、僕の身体に希里の腕や足が絡み付けられていた。柔らかいあれこれがムニュムニュと心臓に悪い。彼女の体臭なのか濃くて甘い香りも漂ってきて危険度が高い。これじゃ収まりかけているナニがどうにかなってしまいそうだよ。
「そ、それは何よりだな。さ、起きようか」
「その前に……っぎゅう」
「ん……」
お目覚めのハグをしたら、色々と落ち着かせてベッドから這い出る。
カーテンの隙間から見える空は僕たちの気持ちを代弁するかのような梅雨空、曇天である。
🏠
顔を洗い食事をとったら身支度を整える。できるだけ好青年に見えるような格好を心がける。無駄かもしれないがやらないよりはマシだろう。
登校はいつものように一緒に。ただし、今日に限っては会話が少ない。いろいろと考えることがお互い有りすぎるためだ。
今日は平日なので普通に授業はあったが、授業内容なんか全く頭に入らないまま気づけば放課後になっていた。
自宅には帰宅せずそのまま駅に直行する。季里とは昇降口で待ち合わせするとどうしても目立ちすぎるので、学園より少し離れた神社の境内で待ち合わせとした。
「ごめん待った?」
「いや、さほど待っていないよ」
「凛がしつこくて」
「櫻井さん? どうして?」
「今日は私が考え事ばかりしていたから心配してくれたみたい。悪いことしちゃった」
この分じゃ季里も今日一日気もそぞろだったのだろう。まあ僕も似たようなものだったからね。わかるよ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
すごく緊張する。逃げ出したいくらいだよ。
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