第6話 毒島季里
4~5話に補足的に加筆しましたが、基本軸に変更はないので、読まなくても大丈夫です。端折った部分を一部足しただけです。
☆☆☆
私はこの四月から稜秀学園高等学校に通う。本当は自宅から通うはずだったのだけど、親が私の入学と同時にアメリカへの転勤と決まった。
私の親は研究開発職のチームで働いており、ラボが新設されたのでそちらに移動になったの。
仕方なく私は学園の近くにアパートを借りて一人暮らししながら学校に通うことになった。
ちょっと憧れていた一人暮らし。期待に胸膨らませてアパートまで行ったのだけど、そこにあったのは希望ではなく絶望だった。
私の入居する前夜にそのアパートは火災にあい全焼してなくなってしまったのだ。
途方に暮れる私。もう何も考えられなくて、火災現場の規制線のところで立ちすくんでしまっていたの。
「どうしよう……。どこにもいけない」
親はすでにアメリカに発っており不在。親戚も近所にはいないし、そもそも連絡先だって知らない。
お金はあるけれど、未成年者が契約行為を為すことが難しいことぐらいは私でも知っている。これは詰んだ。
そんなときだ。
「どうしたんですか? 朝からずっと此方にいますよね」
私と同年代の男の子が声をかけてきた。こんな時にナンパ、じゃないよね?
「……燃えちゃったんです」
「あっああ、このアパートの住人の方ですか?」
「……いいえ。今日から住むはずだったのですが、燃えてなくなりました」
私は絞り出すようにそれだけ答えた。なるべく悲壮感は出さないようにしたつもりだけど無理だったかもしれない。
「えっ、そうなんですね」
まあそれぐらいしか反応のしようがないよね。ご愁傷様です、くらいは思っているかもしれないけど。
「取り敢えずってことで大家さんか不動産屋が仮の住まいかホテルでも用意してくれるんじゃないんですか?」
「私、まだ入居していなかったので補償の対象外みたいなんです……」
「あ、ああ……そう、それは大変ですね。そうなるとご自身で代わりの住まいを用意しないと駄目ってことですよね」
「それができないのよっ‼ できていれば私だってこんなところにいないの!」
ああ、何で! 彼は私の境遇を慮って提案をしてきてくれたというのに私の受け答えったら酷いにも程がある。でももう私の気力は尽きかけていたのでこれは仕方なかったかもしれない。
「じ、事情はよくわかりませんが、僕の家がすぐそこなんで一旦そっち行きません? お茶くらいだしますよ」
「……」
そんな嫌な態度を取った私に呆れもせず、彼は私を彼の家に招待してくれた。重たい荷物まで持ってもらった。
🏠
暖かい部屋に温かいお茶。春先とはいえ一日中屋外に立っていて凍えてしまった身体にはとても染みた。
彼は私が落ち着くまで待ってくれて、私の置かれた境遇と状況を聞いてくれた。
「親は仕事の関係で昨日日本を発ったの。今頃アメリカに着いた頃だと思うな。私には親戚も知り合いも近くにはいないんだよ」
言ったところで何も変わらないのはわかっているけど、口に出して彼に伝えただけでも心の負担は少しだけ軽くなったような気がした。
「ごめんなさい。貴方にこんなこと言っても仕方ないよね。ご迷惑おかけしました」
「いや。迷惑とは思っていないよ。でも、君は行くところがないんでしょ?」
「ないけど。なんとかしないと……」
少しずつ日は長くなっているとはいえまだ春になったばかり。夕方の今はもう既に真っ暗になりかけている。強がりは言ってみたものの当てなど何もない。
もうお暇しようと考えていたところ、彼がこんな提案をしてくれた。
「あぁ、まあいいか? これも人助けってことで……。ねぇ、君さえ良ければこの家に取り敢えず先の目処が立つまで住まないかい? もちろん、君がそれを望むならだけどね」
「えっ? どういうこと……」
住んで構わない? どういうこと?
「うん、この家はね、今は僕一人で住んでいるんだ。学校への通学が便利っていうのとこの家そもそもの維持管理って名目でね。だからこの家のこと一切は僕の自由にできるんだ。それに部屋だって余っているよ」
「い、いいの? ほんとうに?」
私は相当弱っていたのだと思う。差し出された手にすがる思いで手を伸ばしていた。疑う気持ちもどこかに残ってはいたけれど、その温かい言葉に霧散したのだと思う。
「今日会ったばかりの見ず知らずの男と一緒に住むことには抵抗があると思うけど、僕自身もそんなに理性のない人間だとは思っていないんでね。安心はしてもらってもいいと思う。下宿だと思ってくれれば多少は気が楽なんじゃないかな?」
「貴方のことは悪い人だなんてぜんぜん思わないよ。あの、じゃぁ、お願いしてもいいのかな?」
どこの誰かもわからない怪しげな女であることは私だって同じ。そんな私に手を差し伸べてくれた人を疑うなんてことは今の私にはできなかった。
私は彼の手を取る。すると彼は……。
「もちろん」
といって微笑んでくれた。
🏠
その後はにっちもさっちもいかず彷徨っていたなんて嘘だったかのように全ては順調に進んでいった。
下宿する以上は家賃を払うといった私の申し出を固辞した彼、桒原誠彦さんには家賃の代わりに私が食事の用意などの家事全般をやらせてほしいとお願いした。
親が常時不在気味だった私は、料理はもちろん、家事も殆ど上手に熟すことができるので、その申し入れが受け入れられたことは渡りに舟と言えた。
お父さんの洗濯物も普通にしていたので誠彦さんの下着などが加わったとことで私は気にならない。所詮ただの布だしね。
あと偶然だったけれど、彼と私は同じ学校の生徒だった。この洋館から歩いて通えるところにある稜秀学園高等学校という学校。彼、桒原さんは一学年先輩だった。
先輩相手にタメ口だったのを慌てて直そうとしたけれど、桒原さんは気にしなくていいって言ってくれた。なので、家の中ではこの口調で通させてもらうことにした。
でも後に桒原さんは学校では他人のふりをしろという。学校では先輩後輩の立場を弁える、ではなくあくまで他人のふりを要求してくる。
それは何故かと聞こうと思ったけど、なんだか言ってくれないような気がしたので取り敢えずのところ先送りにしておいた。そのうち教えてくれるだろうからとは勝手に思っているけど。
そういうことを除いても、まあ学校は楽しい。
直ぐに友だちもできたし、にぎやかな人たちが周りにいてくれる。
勉強は思いの外難しいけど、これから頑張ってやっていこうと思う。
あとは兎に角、桒原さんを攻略する作戦を練らないとね。他人のふり云々を鵜呑みにして距離をおいたままなんてありえないんだからね。
あんな窮地に手を差し伸べてくれたら好意を持つなってほうが難しいのよ?
私は既にあなたに落とされているの。分かっているのかしら、誠彦さん?
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