第3話 邂逅
二年生への進級を確実にして終業式を迎えると、二週間の春休みに入る。
初日だけは成績などの報告のため仕方なく実家に帰省したが、両親は仕事だし、じいちゃんは畑に田んぼに春は忙しく家に誰もいなかった。最近思春期に入ったらしい中学生の妹も家にいつかず日中は広い家に一人だった。
たったひと月ぶりの帰省なんてこんなもんだろう。誰も歓迎の宴なんて望んじゃいなかったけどまさか誰も家にいないからって僕が皆の夕飯にカレーを作るハメになるとは思ってもみなかったよ。一人でいるほうがだいぶ楽なんだなとこの時よくわかった。
🏠
早々に実家を引き上げ洋館に戻った数日後のある夜のこと。
真夜中にけたたましい消防車のサイレンで強制的に目覚めさせられた。時計をみると深夜の二時過ぎで、なんとも傍迷惑な時間帯だ。
「サイレン、めちゃくちゃ近いな。まさかとは思うけど隣近所じゃないよな?」
流石に隣近所で火災が発生したとなると避難やら自宅の警戒やらが必要になってくるので重い体を持ち上げて外まで出てみる。
春とは言え夜はまだ肌寒い。ただ、家々の向こう側に見える炎の熱気で辺りは暖かさまで感じてしまうくらいだった。燃えているのは通りを挟んだ何軒か向こうにある建物のようだった。
風向きなどからこちら方面への延焼の危険性はないと判断できるが、燃えている建物の全焼は免れないだろう。それくらいの火の勢いである。ただ火が消えるまでは安心できないので家の中で鎮火まで起きて待っておくことにする。何しろ築百年の我が家は燃えやすい。内装は防炎に特化してリフォームしたらしいが、外側は火に弱いことこの上ない。外装甲ヨワヨワの我が家は用心に越したことはない。
夜が明けてから眠い目をこすりながら近所のコンビニまで出かける。昨夜の火災は一時間ほどで鎮火したのだが、変な時間に起きてしまったので眠気が収まらない。
コンビニまで歩いていく途中に昨夜の火事の現場に出くわした。木造二階建てのアパートのようで外壁も焼け落ちて僅かながらの柱と梁を残して完全に焼失していた。
あたりには規制線が張られ、きな臭い匂いが充満している。昨夜は野次馬も大勢いただろうが今は大きなキャリーケースを横においた女の子が一人遠目にそのアパートの残骸を眺めているだけだった。
淡いブルーのスプリングコートをはおり、マキシ丈の花模様のワンピースにショートブーツ。髪色は栗毛で背中のあたりまであるロングヘア。横顔でしか見えないが、儚げな表情はどう見ても美少女と言って過言ではない女の子だった。
女の子が一人佇むには似つかわしい場所じゃないなと思いながらも僕はあまり火事の現場に興味がなかったのでコンビニまで急ぐことにする。家に朝飯になりそうなものが何もなかったのでもうお腹ペッコペコだったのだ。
午後四時。暗くなる前にスーパーマーケットまで買い物に行こうと再び外出する。件の火事の現場を通ると今朝見た女の子がまだ一人立っていた。
「あれ、あの子まだいるな」
いつもの僕だったら絶対に声なんて掛けないんだけど、なんかとても気になってしまいつい、その女の子に声を掛けてしまった。
けっして彼女が美少女だったから声をかけたわけではない。たぶん。
「どうされたのですか? 朝からずっと此方にいますよね」
「……燃えちゃったんです」
「あっああ、このアパートの住人の方ですか?」
「……いいえ。今日から住むはずだったのですが、燃えてなくなりました」
「えっ、そうなんですね」
新居が燃えてなくなったので途方に暮れているってところなのか。ご愁傷様ですとしか言いようがないな。
「取り敢えずってことで大家さんか不動産屋が仮の住まいかホテルでも用意してくれるのではないのですか?」
「私、まだ入居していなかったので補償の対象外みたいなんです……」
「あ、ああ……そう、それは大変ですね。そうなるとご自身で代わりの住まいを用意しないと駄目ってことですよね」
「……それができないのよっ‼ できていれば私だってこんなところにいないのっ!」
彼女は急に大声を上げて、その場に座り込んで泣き始めてしまった。犬の散歩をしている人が何事かと僕たちのことを遠巻きに見ている。痴話喧嘩じゃないですから見ないでください⁉
「じ、事情はよくわかりませんが、僕の家がすぐそこなので一旦そちらへ行きませんか? お茶くらいはだしますよ」
「……」
彼女はこくんと頷いたので一応了承してくれたものと受けとって、大きなキャリーケースは僕が持つことにして僕の自宅の方へ向かった。
暫くしてお茶を飲んで落ち着いてきた彼女がぽつりぽつりと話してくれたことには彼女があの火事によって行き場を失ったというのは大げさではなく本当のことらしい。
まず彼女はこの春から高校に通う新入生であるってことと進学に合わせて一人暮らしを始めるべくあの焼失してしまったアパートの一室を借りていた事を聞いた。
で、今日がその入居日であったらしい。残念なことにその入居は叶わなかったわけだけど、ならば入学までは日があるのだから別の部屋を早々に探せばいいじゃないかと僕も簡単にその時は考えていた。
「親は仕事の関係で昨日日本を発ったの。たぶん今頃アメリカに着いた頃だと思うな。私には頼る親戚も知り合いも近くにはいないんですよね」
ああ、そういうこと。未成年が一人で契約行為を実行するのは難しいことが多々あることは僕も知っている。
つまりは両親も頼りになる親戚も皆無なため、新たにアパートを契約することもできず、一時的にホテル住まいをするにしても未成年ゆえ宿泊の申込みができないということなのだ。
話を聞いて彼女の置かれた状況は確認できた。さて僕は果たしてこのまま彼女をまだ花冷えする寒空の下へ放り出してしまってもいいのだろうか?
僕には彼女を助けられるだけの能力っていうか場所の提供をすることができる。あとはそれをすべきかせざるべきかなのだが……。
「ごめんなさい。貴方にこんなこと言っても仕方ないよね。ご迷惑おかけしました」
「いや。迷惑とは思っていないですよ。でも、君は行くところがないんだよね?」
「ないけど。なんとかしないと……」
いくら強がってみたところでできないことはできないし、もう日の沈んだこの時間からなんて尚更できることは少ない。
「あぁ、まあいいか? これも人助けってことで……。ねぇ、君さえ良ければこの家に取り敢えず先の目処が立つまで住まないかい? もちろん、君がそれを望むならだけどね」
「えっ? どういうこと……」
「うん、この家はね、今は僕一人で住んでいるんだ。学校への通学が便利っていうのと、この家そもそもの維持管理って名目でね。だからこの家のこと一切は僕の自由にできるんだ。それに部屋だって余っているよ」
「私に部屋を貸してくれるの? いいの、ほんとうに?」
「今日会ったばかりの見ず知らずの男と一緒に住むことには抵抗があると思うけど、僕自身もそんなに理性のない人間だとは思っていないんでね。安心はしてもらってもいいと思う。僕が大家ってだけの下宿だと思ってくれれば多少は気が楽なんじゃないかな?」
「貴方のことは悪い人だなんてぜんぜん思わないよ。あの、じゃぁ、お願いしてもいいのかな?」
「もちろん」
僕的には部屋が空いているし、困っているのだから貸してあげる、そんな軽い感じでの考えだった。ただ僕はこの時のこの判断が今後の生活に甚大なる影響を与えるものだとは全く考えていなかったんだよね。ま、後悔はしていないからいいんだけど……。
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