第2話 引っ越し
僕の実家があるのは埼玉県唯一の村、東秩父村というところ。それも村内でも一応は栄えている村役場周辺からも更に山の奥に入った先の集落に家がある。
バス路線も一応は通っているが、日に一〇本にも満たないようなところなので全くと言っていいほど使えない。そんな僻地から僕はかなりの時間をかけて学校のある川越まで通っている。
雨が降ろうと風が吹こうと入学してから無遅刻無欠席で通い続けた二月のある日のこと。
僕が学校で授業を受けていると朝から曇りがちだった空は午後から更に薄暗く分厚い雲に覆われ雲行きがものすごく怪しくなって来ているのに気づいた。
たしか今朝の天気予報では雪もちらつく可能性があると言っていたが、これは本当に雪もありうるかもな、と考えていたときにとうとう空から白いものが落ちてきた。
やがてちらつくどころでないその白い塊は力強さを増していき、とうとう平地でも積雪を観測してしまうほどになった。
当然山間部である我が実家は学校のある平野部以上に積雪があるだろう。僕が自宅から最寄り駅までの通学で使っているバイクでの走行など以ての外で転倒事故必至なのは間違いないと思われる。
「じゃあ、僕はいったいどうやって帰ればいいんだよ⁉ 歩いて帰れとでも?」
『そんなことを言われてもあたしは絶対に嫌よ、駅までお迎えなんて。雪なんだから怖いじゃない。おじいちゃんが……あっ、そうだ。いいこと思いついた! あんたシゲ爺の家の鍵持っていたわよね。今日はそっちに泊まりなさい。どうせ明日は祝日で学校は休みでしょ?』
母さんに連絡を入れるとあっさりと迎えは断られてしまった。学校まで来てくれって言っているのではなくて最寄りの駅まで来てくれって言っているだけなのに息子に対する愛情の欠片ぐらいは見せてくれてもいいと思いますが? いかがでしょうか?
さて母さんの言っているシゲ爺とは、数年前に他界してしまった僕の大伯父のこと。大伯父とはじいちゃんの兄貴のことだ。
実はこのシゲ爺の遺した家が学校から徒歩で行ける所にあり玄関の鍵も僕は持っていたりする。どうしても僕の迎えになど出てきたくない母さんは、緊急避難的にそっちに行けということのようだ。何がいいこと思いついた、だよ!
「くっそ寒いなぁ……」
学校から徒歩で二〇分。途中のコンビニで今夜と明朝の食事を買い込み、雪の降りしきる中まだ誰も踏んでいない新雪に足跡を残しながらシゲ爺の家へ急ぐ。
シゲ爺の家は古くからある住宅街の更に外れにある昭和初期建築で築百年あまりの平屋の洋館だ。外観は白を基調にしたモダンな造りで意匠も凝っていて趣がある。
この家のような昭和初めにかけての日本の洋風建築様式は、欧米の建築様式を取り入れながらも、日本の特有の文化や気候などに合わせてアレンジされたものらしい。
この家は、もともとはじいちゃんの生家でもあるらしいが、次男のじいちゃんは家を出ていたので長男であるシゲ爺が跡を継いでいたのだ。
因みにじいちゃんはじいちゃんのじいちゃん、要するに
シゲ爺の逝去のあとは子供が居なかったシゲ爺の財産はじいちゃんが相続しており、当然ながら空き家となってしまったこの家もじいちゃんが引き継ぎ維持管理をしていた。
じいちゃん一人で大して広くはないとは言え草むしりから家の中の掃除から一人でやるのは七五歳という齢を考えると楽ではないので、僕も一緒に手伝いをしによく来ていた。
そういった関係で、僕がこの家の鍵も持っていたりするんだ。
ここには何度か泊まったこともあるので、ものの在り処などはわかっているのでさっさと快適な環境づくりに奔走することにした。
まずはリビングのエアコンをフル稼働させてまずは部屋を暖めることから始める。暖房は断然ストーブ派の僕だけど、灯油が用意してないので仕方なしにエアコンで我慢するしかない。
家そのものは古いけど、内装はフルリフォームしてあるので隙間風もなく案外と快適になるので、雪の降るこんな日でも一度暖められれば寒くはないんだ。
🏠
「誠彦、おまえシゲ爺の家に住まないか?」
「え?」
「おまえの学校はここからは遠いし、この前みたいな天候だと帰ってくるのもできなくなるじゃろ?」
この前の雪なんて嘘のような温かい日差しの中、僕とじいちゃんは縁側に座ってお茶を飲みながらのんびり話をしていたところじいちゃんが突然そんな提案をしてきた。
「それに、おまえならだいたいの家事もできるし食事だって自分の分くらいは作れるじゃろ?」
うちの両親は深残業やら夜勤もある仕事なので、家事や食事の用意などはじいちゃんと僕とで担当していたようなもの。妹もいるけどアレは当てにならないからな。
「通学時間だって短くなれば勉強する時間も取れるのじゃろ?」
僕の通う
それに通学時間のせいにはしたくはないが、成績が落ちていっているのは否めない事実だったりする。自由な校風の代わりに自律性と相応の学力を求められているというのにだ。
「あの洋館を僕が自由に使ってもいいのかい?」
「構わんさ。おまえがあそこに住んでくれれば儂とて掃除をしにわざわざ遠くまで行く必要もなくなるし一挙両得だわい」
「そういうことか。ならば受けないって手はないね」
善は急げってことで僕は翌週末にはシゲ爺の家に引っ越しした。あそこの家には生活に必要なものは一通り揃っているし、後は僕自身の私物といくつかを買い足せばいいだけだった。
じいちゃんの軽トラに引越荷物を乗せてもらって、僕はその後ろをバイクでついていっただけで引っ越しは終わってしまった。
急に決まった引っ越しではあったけど特に一人暮らしを念願していたわけでもないのでなんの感慨も湧くことなく、今までの延長のように単身での日々の暮らしが始まった。
実家でもときどき食事は作っていたので作る量が今までよりも減ったってくらいしか変化は無かった。家に誰もいないってことはなんか不思議な感じではあるけど。
そうそう。ちょうど引っ越しの一週間後に年度末考査がやってきたのだが、やはり勉強の時間が確保できたのは大きく影響し、すべての科目において成績の回復ができたのは僥倖だった。
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