第8話

そしてついに今、その自由への遁走を渇望する熱情の堤防は決壊しそうになっている。

野垂れ死にの恐怖も無いでは無いが、決壊への最後の一押しを妨げているのは他でもないマリーへの感謝の気持ちだ。

マリーに会うまで僕は大人という人種は損得でしか動かない生物だと硬く信じていた。

僕に関わったらいくら儲かるだとか、僕に気に入られたら将来の出世に有利に響くだとか。

僕は生まれてこの方買い物というのをしたことはないがおそらくその「商品」とやらを値踏みする目付き、あるいはそれが払った対価に見合わない物だと気づいた時のゴミを見るような目というのはああいうのを言うのだろうなという実例を嫌というほど知ってきた。

マリーと放浪の旅をし始めてからは見る機会がなくなったが、僕は映画とかいう前時代の遺物を見るのが好きだ。

なぜってそこに登場する人物の目がみんな綺麗だからだ。

そこには損得では動かない人間が住んでいて「人間らしさ」が溢れていて、好き嫌いや愛憎で動くことを決めた人々の目はまるで当てられた光源によって色を変える宝石のように美しく描かれていた。

もちろん僕だってそれがそこに映る人々(俳優とか呼ばれていた職業人達)が演技して作り出したイミテーションだということぐらい分かっている。

しかし、事実は小説より奇なりということわざの通り、もはやこの世界の住人は三流大根役者よりも無表情で声に抑揚もなく、目が腐ったドブのように濁って死んでいておよそ生きているだとか活きているとは言えない人工の無機物感さえも漂わせていて脇役というより小道具然としているのだから、あの人間讃歌を謳い、歌い、踊り、語り、説く虚構の活動を撮った写真群に恋心を抱いたって仕方がないだろう。

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