第6話

他の人間にいじめられないように。

鮫に襲われないように。

常に見張りのように、そして子守りのようにマリーは僕の側を離れない。

今日はいつもより起こしに来るのが遅かったからSPCが一応は用意してくれてあるマリーの個室(いや、豚小屋とか独房とか表現した方が正しいかも)で珍しく仮眠でもとっているのかと思ったけれど、多分律義に見回りでもしていたのだろう。

可愛らしい顔立ちを台無しにするほど真っ赤に血走った目とアイシャドウかと見紛うほどの隈とオーバードーズ寸前のヤク中かのように大量のカフェイン錠を黙々と噛み砕きながら僕の隣で仁王立ちしているその姿がそれを物語っている。

マリーの欲しい物って何だろう。

マリーの行きたい場所って何処だろう。

マリーは僕のことをどう思っているのだろう。

大切には思ってくれているのだろうが、それは何故なのだろう。

なんとなく聞くのが怖くて、聞いたら最後今までなあなあでやってきた関係が終わってしまいそうで聞けなかった。

でもこの際聞いてしまおうか。

今回の作戦も生きて帰って来られる保証なんてないのだから。

すごく胸がドキドキして、すごく両頬が熱い。

十八年くらい生きてきて、こんな体験は初めてだ。

本を読んで得た知識でしかないが、きっと好きな人に愛の告白をする直前の胸の高鳴りと羞恥というのはこれに似てるものなのかもしれない。

「あの…マリー…」

意を決して呼びかけたその名前は緊張のせいか掠れてしまった。

きっと聞こえていないに違いない。もう一度。

「あの…」「聞こえてるわよ。何?」

ガリガリと錠剤をすり潰す歯と歯の間から透き通るような声が漏れた。

この声にどれだけの人間達が魅了され、どれだけの男共が海の底へ引きずりこまれていったのだろう。

海の魔女セイレン。

現代では蔑称扱いの美しき異名。

その昔、大英雄の戦争からの帰路を邪魔したり、はたまた悲恋のヒロインとして絵本の題材にされたり、あるいは妖しく恐ろしく絵画に描かれることもあったり…。

人間にとって遠くて近い、傾国の首魁にして勇ましき守護天使にして犬よりも旧来の友人。

そんな貴方は、お前は、貴公は、そなたは、汝は、一体何を考えているのでしょうか。

「…君は僕と居て幸せなのか?」

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