第3話

「仕事にならなくなるんで、自分はいいです」

遠慮ではなく本心から断った。

ペットボトルのフタ一杯くらいで泥酔できる自信があるくらい下戸だ。

「はっはぁ!それも知っとるわい!」と笑い上戸に豹変した会長はそう言うなり胸元に万物の霊薬をサッとしまった。

あれ?マリーには勧めないのか?と訝しんでチラとマリーに視線をよこすと悲しそうな目をしながらも口元に笑みを浮かべていた。

その顔が意味するものは何だ?

アイロニー?ジェラシー?言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに。

「よおし!そんじゃあ貴様ら、一狩り行ってこい!」

酔っ払った勢いを借りたのか、会長は僕らにそう発破をかけると義手の右手で僕の尻を、生身の左手でマリーの尻を叩いた。

このスケベ野郎…そう思ってもう一度マリーの方に目をやると、またもや例の表情。

そこからはどう甘く見積もってもポジティブな意味合いなんて見出だせない。

ネガティブな感情だけを寄せ集めてごった煮の闇鍋にしたような陰しか差していない顔。

こんなに曇った顔を目の前にして、その顔を形作らせた原因が自分の言動にあることを察せない人間などいるのだろうか。

いや、残念ながらいる。

すぐそこにも世界中どこにでもいる。

こと人魚相手なら何を言ってもいいと考えている人間様達が世界崩壊前にも後にもごまんといる。

この地球を鮫共の支配から奪還するには人魚と人間が結束する他ないというのに、種族の壁というのはそんなにも厚くて固いものなのだろうか。

ひょっとして僕が世間知らずなだけでそんな輩達の感性の方が人間として正しかったりするのだろうか、などと己の常識を疑い始めながらも持ち場へと歩きだした時、明らかに舌打ちと分かるチッという破裂音が僕の右隣で鳴っているのを耳にした。

勿論マリーの口から発されたものだ。

三度、美しき水棲の相棒の顔を見てみると、今度は複雑な感情を織り混ぜたそれではなく純粋かつ単一の憤怒の意思表示がされていた。

なんだ、やっぱり怒ってたんじゃないか、とホッとするような同調して怒りたくなるような気持ちでいると僕の視線に気づいたマリーは表情をコロリと変えて悪戯っぽく笑った。

女の子っていうのは何でこんなに表情豊かなんだ?

それとも僕が無愛想すぎるだけか?と自嘲じみた笑いを返すとそれをシンパシーの笑みと解釈したのかマリーは思いの丈をぶちまけ始めた。


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