第2話

「いい加減捨てたらそれ?服としての機能をなしてないじゃない」

マリーはことあるごとに僕の着古したスウェットに難を示す。

いくら此処が終末世界の最先端でおしゃれなんかに気を回す余裕も必要もないとしても、せめて風邪を引かない様に最低限の防寒機能は備えたものを着ていてほしいとのことだ。

でもその度に僕は断固として捨てることを拒否してきた。

なぜならこれは僕の唯一の世界崩壊前からの持ち物で付き合いの長さでいえばマリーよりも長いからだ。

単に愛着があるとか思い出深いだけではなく、郷愁と懐古と哀愁と覚悟がない交ぜになった泥々とした諸々の感情が付着した精神的な鎧でもあるからだ。

それを捨てるなんてとんでもない。

この戦いでビリビリに破れでもしたら考えてやってもいいが。

「鮫に食い破られたらいいのに」

「おい、フラグを立てないでくれるか」

「フラグって何?難しい人間語使わないでくれる?ていうか本当に早くしてくんない?首根っこ掴んで引きずられていきたいの?」

目がマジだ。ゴキゲンななめでいらっしゃる。

もしかしてこいつもあんまり寝てないのか?と思いながら僕はようやく立ち上がった。


「遅いぞ、貴様ら。何をイチャイチャしとったんじゃ?」

現場に着くなりSPC会長からお叱りを受けた。

いや、さっき起きたばっかりなんですよと言い訳しようとすると、マリーに「こいつがダラダラしてたせいです」と遮られてしまった。

「なんじゃと?貴様、檻の中に入れて海底に沈めて奴らの囮の餌にしてやろうか?」

世紀末ジョークが好きな人だ。

僕の体質のことを知ってるくせに。

海底に着く前に秒で奴らに八つ裂きにされる未来しか見えないというのに。

「多分それ意味ないと思うんで…」と反論しかけると「知っとるわ!それくらい怒っとるって話じゃ!」と怒鳴るなり、慌ただしく胸元に手を入れるとそこからスキットルを取り出し、早朝から酒を呷りだした。

スキットルとそれを持つ義手が薄明かりの日に照らされていぶし銀に光っている。

ここだけ見ると普通にかっこいいのだが、実態は死に損ないのアル中だ。

鮫に喰われる壮絶な最後よりも酔っ払って海に落ちて溺死する間抜けな最後の方がお似合いだろう。

「あ゛あ゛…眠気覚ましにどうだ?」

そう言ってアル中爺…もとい我らが偉大なる会長は僕にスキットルを差し出した。

酔っ払いという人種は分かりやすくていい。

たった一杯の酒で一瞬でゴキゲンになれるのだから。

どっかの年中不機嫌な二足歩行の人魚と違って。







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