セイレンズワールド

@Kryosuke

第1話

夢の中でマリーは楽しそうに海を泳いでいた。

なぜ自分が今夢を見ていると自覚できるかって?

マリーの下半身がまだお伽噺に出てくるようなthe人魚のビジュアルをしているからだ。

現実のマリーの足には大根のようなしっかりした足が二本も生えているからこれは夢だ、なんて思いながら微睡みの中を漂っていると、外で誰かが拡声器ごしに怒鳴っているのが聞こえた。

「鮫が出たぞ!殴れ!」

いつもの日常の中で響き渡る、いつもの叫び声。

その叫び声が目覚ましとなって、僕はのそのそと起き上がろうとした。

目をこすりながら時計を見る。早朝五時。

二時間しか寝ていない。

ちょっと前に夜警が終わって床に就いたばかりだというのに、クソ軟骨魚類共のせいで満足に眠れやしない。

声に気付かなかったことにして、このままもう一度毛布を被ってしまおうか、とSPC(Shark Punching Center)会員としてあるまじき考えが一瞬頭をよぎったが、ペチペチという、親の声より聞いた覚えのある我が愛しの相棒の足音が徐々に近づいてきたのでその案は潔く諦めることにした。

ギィッ、と建て付けの悪い僕の部屋の扉がゆっくりと開いた。

その扉のノブを握っているのはヌラヌラとした、半魚人特有の水掻きだ。

親の顔より見た覚えのある、人魚の水掻きだ。

世界崩壊前の人類が見たら、まだ自分は夢の中にいて目の前の光景は幻想だと思うだろう。

しかし、残念ながら僕の目はバッチリ開いていて、とっくに夢からは覚めていて、むしろ目の前の光景があまりにも現実的すぎてガッカリしている次第だ。

「リン、起きてる?」

「起きてるよ、マリー。寝足りないけどね」

「でしょうね。カフェイン錠あるけど飲む?」

「いらない。すぐに行くから待ってて」

「…二度寝したら許さないから」

「しないよ。信用ないなあ」

十数秒前までの葛藤を見事に見透かされている。

流石の慧眼である。女の勘というやつか?

「ないわよ。だから着替えが終わるまでここで待ってるわ」

「…寒いからせめてドアを閉めてくれないか」

「は・や・く」

人間扱いの荒い奴だ。人間至上主義者が見たら憤死する場面だろうな、なんて思いながら薄汚いスウェットの上から元々は米軍基地か何かであっただろう廃墟から拝借した防弾仕様のライフジャケットを着た。


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