第7話 一問一答問題



 これ、今までで一番わかりにくいサブタイトルですね。説明すれば、「ああ、それ」と、皆さん思うはずですが。


 一つのセリフのなかに複数の質問を入れてはいけないっていう、これまた出版業界の暗黙のルール。これも、たしか、公募ガイドかなんかで読んだはず。


 たとえばです。



 例文1

「すみません。今、何時ですか? 何月何日の? えっと、何曜日?」



 みたいなことです。


 理屈としては、日常会話でありえないから。

 会話っていうのはキャッチボール。ふだん話すとき、一方が質問すれば、もう一方が答える。こんなふうに次々聞けない。また、一度に聞かれたって、答えるほうもさほどの処理能力はないから、三つ聞かれれば、最後の一個しか答えられない。前のほうの質問は忘れてしまう——って理屈らしいんだけど。


 うーん? 皆さんはどう思いますか?

 僕はこれ読んだときから、ずっと納得してないんですよね。


 たしかに、ふつうは「今、何時?」「八時」「何月何日だっけ?」「二月七日」「何曜日?」「火曜だけど」というのが、よくある会話だとは思う。

 でも、じゃあ、だからと言って、ほんとに一問一答でしか会話って成り立たないですかねぇ?


 一問一答で話してくれるのは、けっこう親しい人だけの気がする。家族とか友人。

 社会人なら経験があるんじゃないかと思いますが、仕事関係だと、わりと一方的にしゃべられませんか? とくに上司。むしろ、お客さんのほうが一問一答。キャッチボールが成り立ってる。上司ってバーッとしゃべって去っていく。



 例文2

「明日からのセールだけど、もう準備はできてるの? POPある? まだならやってよ? 何やるんだった?」

「このへんのコートを20%オフです。レジで自動で下がるやつなんで値下げ札はつけないですが、POPだけ夜になったらつけます」

「あっ、そう。準備はできてるんだね?」

「できてます!」

「POP、派手にやってよ。たりてる? 少ないなら印刷してよ? 明日また見にくるから」

「わかりました」



 これ、ふつうに僕が仕事中によくやる会話ですけどねぇ? 下っぱは二つ三つの質問を聞きわけて、それに対して的確に、かつ簡潔に答える能力が求められます。


 よく考えたら、お客さまのニーズを聞きだすときも、相手は「こういうのが欲しい」っていう、ばくぜんとした希望をベラベラしゃべるなかから、要点をまとめて、それにもっとも近い商品を持ってこないといけないし、けっこう高度な読解力が必要。


 もっと一般的な日常会話でも、二、三個の質問ってしませんか?



 例文3

「〇〇ちゃん(わが子)、宿題やったの? ゲームばっかりしてないで、早くやってよ? 計算ドリルって言ってなかった?」

「うーん。今やる」



 これなんか、ありがち。この場合の質問はお母さん、別に答えが欲しいわけじゃないんですよね。宿題やりなさいと、うながしたいだけ。


 上記の例文二つの共通点は力関係ですよね。圧倒的に一方(質問する側)の地位が高いとき、答える側に対して、複数の返答を求めがち。

 そういうのを表現するために、わざとたくさん質問をかますのはアリですね。



 例文4

「え? おまえがやったんだろ? やったよな? わかってるんだよ。証拠もあがってる。やったよな? 二月七日、午前三時。おまえ、どこにいた? ほんとのこと言ってみろ」

「ほんとも何も、その時間ならホテルで寝てたよ。嘘じゃないって」



 刑事と容疑者。これも力関係がかたよってる。

 文末の回でも言ったけど、くりかえしでたたみかけるときに使う用法。刑事が容疑者を追いつめるようすが表したいわけですね。


 ただ、複数の疑問をまとめて出すと、そのぶん読者に読解力、記憶力を要求しちゃうのかな、とは思います。お母さんと刑事の例文なら、はなから答えを期待してないので、会話として成り立たなくてもいい。ふんいきを伝えたいだけのなんちゃって疑問形なんですよね。読者もそれはわかってる。


 ただ、上司と僕の例文は、三つ四つの質問をまとめて理解し、おぼえて答える、その能力が読者も必要になってくる。なかには、それを負担に感じる人もいるかもしれない。

 現実でどんな会話をしてるか、ではなく、大事なのは読みやすいかどうか。だとしたら、ここは一問一答形式にさしかえるべき。



 例文2(修正後)

「明日からのセールだけど、もう準備はできてるの?」

「できてます」

「POPある? まだならやってよ?」

「印刷しました」

「何やるんだった?」

「コート20%オフです」



 このほうが、読者的にはわかりやすい。

 読みやすさを考えるなら、このへんも意識するといいですね。僕はつい作品に要素をギュッとつめこみすぎるので気をつけないと。


 とはいえ、本文中で、じっさいに質問をたくさん相手になげかける場面って、あんまりないんですよね。

 今日の例文はここまで全部、即興ですし。『ゆがんだ恋人』からひっぱってこようとしたけど、なかなか見つかりませんでした。やっと見つけたのが、こちら。



 例文5

「剣の訓練を受けているな」

「はい」

「これまでに軍隊の経験は?」

「ありません」

「砦に入って後悔しないか?」

「しません」

「では、今日から、おまえはおれの部下だ。おれはワレス。こっちが分隊長のハシェドだ。分隊へのふりわけは、ほかの兵士をとってから考える。ついてこい」



 あっ、ちゃんと一問一答になってる。



 さて、オマケで二回続けてきましたが、今度こそ、これでおしまい、かな?


 あとは漢字ひらがな比率をなおすとか、濁点が半濁点になってないかとか、表記ゆれ。そういうとこですよね。


 表記ゆれについては、僕もあんまり修正してないんですよねぇ。めんどくさくて……やったほうがいいのはわかってるんですが。つねに「これは漢字、これはひらく」って決めて書けばいいだけのことなんですけどね。読みやすさ優先して、つい漢字にしたり、ひらがなにしたり……悪い癖です。


 ひとことで推敲と言っても、誤字脱字をチェックするだけのかるいのもあれば、情報の位置調整などの改稿と言ったほうがいいときもある。「このキャラクターの名前、失敗したなぁ。主役と似てるから、変えてやろう」とか、全体を読みなおしたときにしか気づけないミスもありますし。


 一度に全部やろうとせずに、何度かにわけてもいいですね。最初は誤字脱字や文章のこまかいアラだけ直し、次に構成にかかわる大きな修正をする、とか。こまかいアラ修正のときに、気になった構成部分をメモに書きだしといてもいいし。


 文章のアラは一回二回では見落としありますしね。時間を置いて、何度もやるといいです。


 エラーチェック機能など使って機械にあるていど任せてもかまいませんが、全文読みなおして初めて、致命的なミスを発見……なんてことも、じっさいあります。キャラの名前が前半と後半で変わってしまってたりね。


 やっぱり、一度は自分で目を通すべきかな。

 ブラッシュアップした作品は確実に、もとよりよくなってます。

 公募やイベントに出す作品には、とくに念入りに推敲するといいですね。




 了

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推敲のススメ 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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