第6話 文末のリズム
五話完結のつもりだったけど、「あっ、書き忘れた……」と、思いだしてしまったので、オマケです。
何を忘れてたかと言えば、文末のリズムと、セリフ一つのなかで複数質問はするな問題ですね。
では、まず、文末のリズム。
文末を『た』にするか、『だった』にするか、はたまた『である』なのか?
文末を気にする人はけっこう多い。近況ノートでもたまに見る。〜だ、〜した、〜た、〜いった、た、た、というぐあいに、同じ結びばっかり続くのはリズムが悪い気がして変えてしまうとか。『る』にするか『た』にするか、考えすぎて、だんだんわからなくなってきた、とか。
けっこう、自分らしさの出る部分かもしれません。
夢枕獏さんくらい、もうほぼ全体を『た』で統一してしまえば、それはそれで味だし。
ちなみに僕の場合は、同じ文末が続かないように、『た』で終わるときの次は『る』そしてその次には『だった』など、なるべく異なる結びにしています。そのほうがリズムが出ますしね。
例文1
夜の見まわりを、ワレスはエンハートと組んだ。
思いのほか、この新人はおとなしかった。初日だから当然とはいえ、ガチガチに緊張して神経をはりつめているのが、はためにもわかる。もともと無口なのか、話しかけても「はい」と「いいえ」しか言わないし、からくり人形をつれている気分だった。傍若無人だと覚悟していたのに、これには拍子ぬけだ。
この例文の文末だけ見ていただくと、『だ』『た』『る』『だった』『だ』となってます。『だ』が二つだけど、最初と最後なので、だいぶ離れてる。同じ結びが複数回くりかえされてはいないパターン。
例文2
クルウが扉をあけると、廊下には可愛らしい少年が立っていた。顔立ちはあどけないものの、黒真珠の瞳は利発そうにきらめいている。食堂の飯盛りとは育ちが違うと、ひとめでわかる。女官と同じ丈の短いマントをつけていた。伯爵の小姓だ。
こっちは『いた』『いる』『る』『いた』『だ』ですね。『いた』は『いる』の過去形だから、同じ結びが二連続プラス一つとばしでもう一個。読んだとき、ちょっと単調な感じがするのはそのせいかな?
ただ、これはキャラクターの外見描写なので、とばし読みされる可能性は低い。この子は美少年だけど、とくに美少女の描写はくどいほど長いほうが読者は喜ぶらしい。
最後の一文が『だ』で終わり、断定形なので、段落終わった感が強い。
例文1も最初と最後が『だ』でしめられてる。
まず最初に状況を端的に言いきることで、この段落のなかで何が書かれてるのか読者に伝わりやすい。ラスト一文がまた断定で、ひとつのまとまりが終わりましたよと示している。
とかなんとか、えらそうに書いてるけど、ポチポチ打ってるときは、ただの勘です。そのときのリズムとか。今、あらためて見ると、そうなってるなぁと思っただけ。国語の先生ではないので、こまかい文法はもう忘れたよ。
そもそも、リズムって何?
一文の長短や句読点の位置、結びの種類で、読んだときにできる躍動感ですよね。躍動感のある文章って、ついついひきこまれて続きが読みたくなります。
近況ノートでも、リズム感を大切にしてるっていうのはよく見る。
なので、ただ単に同じ文末をくりかえさないというだけでなく、過去形で終わるのか、現在形で終わるのか、段落全体でどうなってるのかなど、ちょっと考えると、より効果的かもしれません。これは執筆中いちいち気にしてたら、さきに進まないので、推敲で見直したい部分ですよね。
たとえば、
例文2(ビビッドな印象)
クルウが扉をあけると、廊下には可愛らしい少年が立っている。顔立ちはあどけないものの、黒真珠の瞳が利発そうにきらめく。食堂の飯盛りとは、いかにも育ちが違う。女官と同じ丈の短いマントをつけている。伯爵の小姓だ。
最後の断定形以外、全部、現在形で結んでみた。これから物語が始まる感というか、キャラがキラキラして見えるけど、ちょっと落ちつかない。ソワソワした文章。少年を見るクルウとのあいだで恋でも始まりそう。
例文2(回想風)
クルウが扉をあけたとき、廊下には可愛らしい少年が立っていた。顔立ちはあどけないものの、黒真珠の瞳は利発そうにきらめいていた。食堂の飯盛りとは育ちが違うと、ひとめでわかった。女官と同じ丈の短いマントをつけていたのだ。伯爵の小姓だった。
すべてが過去の出来事……何もかもが終わったあと、人生の回顧録を書いてます調。亡き人を想う感じ。
文末とそれにあわせて、一、二語変えるだけで、ふんいきはだいぶ異なる。
つまり、その場面がたったいま起こっているのか、過去を語ってるのかでも、文末は違ってくる。
過去に起こった事実を列挙するシーンなんかは、『した』『た』たまに『だった』と『た』の連続にせざるを得ない。単調になるけど、過去は躍動しない。
例文1が『だ』『かった』『わかる』『だった』『だ』なのは、これ、過去の出来事を、ワレスさんの視点で描いてるから。『わかる』以外は全部、過去形。途中で現在形一個入れてるのは、リズム作りです。過去において、ワレスさんが「こいつ、緊張してんなぁ」と思った。それを表してるわけです。時間としては半日前くらい。少し前の過去です。このあと、現在につながる。
なので、結びに迷ったら、その場面が今まさに起こってるのか、それともキャラが過去を回想してるのか、一分前なのか、一日前なのか、五十年前なのか、伝聞なのか、考えてみると、決めるのがラクになるかもです。
そういえば、前に近況ノートで「みんなの文章『た』で終わるの多すぎません? だって、じっさいにそのとき体験してることを表してるのに『た』でしめたら、その瞬間にはもう過去になってるし、そんなの変」と言ってる人がいましたね。
この人が気にしてたのは、一文ずつがそのキャラクターにとっての時間とマッチしてるのか、ズレてるのかってとこなんでしょうね。
例文3
毎日のように人が死に、あるいは除隊していく砦の兵士においても、とくに親しい者との別れは、やはり切ない。
季節は夏。風の月。
ワレスが砦に来て、ちょうど一年になる。
たとえば、これ。今回さんざん例文に使った『ゆがんだ恋人』の冒頭、物語の始まり部分です。
この段落の結び、『切ない』のあと『夏』『風の月』『なる』と、現在形、体言止めの二連発。
なぜかというと、今まさに、ワレスさんがこの時間のなかにいるからですね。彼の時間と物語の時間が一致してます。
それと、ここが冒頭ですから、「さあ、今から物語が始まるよ。ついてきて!」っていう、読者を牽引するためでもある。
時間のころがりだす瞬間を文末で表現してます。
なんとなく勘で書いてたけど、見なおしたら、ちゃんとこの形になってた。ホッとひといき。
上記の作品では、主役の現在進行形で始まる冒頭でしたが、うまくやれば、いろんな始めかたができますよね。回想から、じょじょにキャラクターの記憶をたどって、それがじっさいに起きた時間までさかのぼり、過去を現在のように描いていく手法とか。映画なんかでよくあるやつ。
文末を制する者は、時間をも制する——なんちゃって……。
あとですね。時間は関係ないけど、僕がよくやるのは『〜ない』の三連発。
おもにミステリーを書いてるので、主役の推理がかたまるときとか、犯人を論破する場面とか、たたみかける感じで使います。
「いいや。違うね。あのとき、おまえはこう言ったんだ。『玄関から出ていく者は一人も見なかった』と。だが、なぜだ? 敷地内で玄関が見えるのは二階のバルコンだけ。おまえは、あのとき、二階にいた。そうでなければ、つじつまがあわない。事実、あのとき、おまえがいたというこの場所から、玄関は見えない。ほら、嘘じゃない」
みたいな。今、即席で作った例文です。
ない、ない、ない。三連発。ほんとは最後にかけて、だんだんセンテンス短くなれば、なおよし。
あえて同じ結びをくりかえすことで、インパクトを強める。こういう使いかたは、ほかの結びでもできますよね。
「じゃあ、嘘ついたの? 違うの? 教えてくれない?」みたいな疑問符三連発とか。
複数の質問を一つのセリフにつめこんでいいのか問題が書けなくなったなぁ。
次回にしますか……。
(こうして、だんだん長くなる)
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