第4話 ようなを使わない
〜のような、〜のように。
よく使いますよねぇ。
これも、使っちゃいけないんだそうです。
まあ、ぜんぜん使わないのはムリなので、僕はなるべく使わないほうがいい、くらいの受けとめかたをしてますが。
例文1(修正前)
ユリシスは全身の力がぬけたように虚脱して、吐息をしぼりだす。
例文1(修正後)
ユリシスは虚脱して、吐息をしぼりだす。
もうね。いっそ、潔く、『全身の力がぬけたように』っていう比喩の部分を全部カットしました。なにしろ、『虚脱して』って意味が、すでに『全身の力がぬけた』状態なわけで、正直、あってもなくても同じなんですよね。二回くりかえしてるだけ。なら、ないほうがスッキリ。
例文2(修正前)
〇〇(キャラ名)は若いのに、人生に疲れきったような顔をして嘆息する。
例文2(修正後)
〇〇は若いのに、人生に疲れきった顔をして嘆息する。
ように、いらなくね?
直喩を隠喩に変えただけ。これで通じる。という修正法ですね。
例文3(修正前)
ハシェドと魔法使い三人が出ていくと、ずっと待っていたように、クルウが言いだした。
例文3(修正後)
ハシェドと魔法使い三人が出ていくと、ずっと待っていたらしいクルウが言いだした。
これは微妙な直しかたなんですよね。してもしなくても、どっちみちいっしょっていう。
前に近況ノートで、「ような使っちゃいけない問題」をとりあげてる人がいました。二、三回見たかな。別の人で。
で、そのとき、仲間内でコメントするわけですよね。
「僕は『ような』ばっかりにならないように、『ごとく』とか、『みたい』を使ってます」と書かれてる人がいたんですが、重複をさける意味では、これでもいいです。ただ、根本的に、なんで『ような使っちゃいけない』なのか理解してないなと思いました。
なんで使っちゃいけないのか?
これって、例文2が関係してるんですよね。とくに文学的表現として。
つまり、比喩法の問題です。『〜のような』は直喩(明喩)なので、あんまり使わないほうが、上級に見える。だから使うなって意味なんです。文学の世界では隠喩(暗喩)のほうが上等って認識なんですね。直喩は単純で幼稚に見える。
なので、『〜のような』を『みたいな』、『ごとく』に変えたところでダメなんですよ。それも直喩なんで。
じゃあ、どう修正したらいいのか?
隠喩にしないといけないんですね……。
これ、僕も苦手です。比喩が美しくできる人は、ほんとにプロ級の文章力だと思います。僕も『使っちゃいけない』とわかってるけど、しかたなく、あるいはつい『ような』使っちゃう派なんで。
ただ、ここでちょっと希望の光もある!
僕はこれまでに二人、Web上で、「この人の比喩は抜群だ」と思う人がいました。どちらも隠喩がたいへんお上手。
たとえば、そのうちのお一人が自作のなかで使われてた比喩に、こんなのがありました。文章じたいは、うろおぼえです。コピペではないから引用にならないはず。シチュエーションの説明だけします。
主役がコンビニでバイトしてます。夕方混む時間になって、レジに列ができる。主役はその前にイヤなことがあって落ちこんでる。内心を隠して、黙々と仕事をこなし、一人また一人レジから送りだすさまを『金太郎飴に包丁をふるい、押しだす作業を続けていた』のような、そういう書きかたをされてました。金太郎飴だけよく覚えてる。
これを読んだとき衝撃でした。こんな素敵な書きかたできる人がWebでいるんだなって。まさしく天才だと思ってたんですが、このかたとは交流があったので、のちに聞くことができました。じつはああいう比喩表現、毎回ものすごく考えぬいて、頭をふりしぼって出してるんだそう。スラスラ〜と楽々書きこなしてるわけじゃなかったんですね。のちのち、比喩にばっかり四苦八苦するのがツラくなったので、もっとナチュラルに自分らしい表現すると宣言されました。
で、僕が感心したもう一人も、似たような記述を近況ノートに載せておられたんです。
文章褒めてくれる人がいるけど、あれだって気楽に書いてるわけじゃない。比喩なんか、そこだけで二、三日考えあぐねる。自分は天才じゃない。そんな内容を。
洒脱でエスプリきいた文章って、苦もなく書けるわけじゃないんだ。みんな、苦労しながら書いてたんだ……。
つまり、僕が美しい比喩を書けないのは、苦労して考える努力をおこたってるからなんですね。書こうと思えば、誰でも書ける。ただし、それなりの努力が必要。
金太郎飴さんは「うまい比喩がとつぜん降ってくることがあるので、そのとき急いでメモしてます」と言われた。アイディアと同じなんですね。ひらめきを要する産物であると。
当然ながら、金太郎飴はこのかたのオリジナルです。これを読んで「ああっ、いい表現。使っちゃお」とか、しちゃいけませんよ? それをすると盗用になります。(僕の話を読んで、そんなふうに考える読者はいないと信じたい。僕はパクり嫌いですから)
悲しいかな、自分の文章でいい例文がなかったので、金太郎飴さんに登場してもらいました。自作から「こういうのが優れた隠喩です」と、ひっぱってこれるようになりたいものです。
じゃあ、じっさいに例文を直喩から隠喩に修正するとどうなるのか、チャレンジしてみましょう。できるかな……ドキドキ。
例文1(修正前)
ユリシスは全身の力がぬけたように虚脱して、吐息をしぼりだす。
例文1(修正後)
ユリシスは水中をただようアンドンクラゲ。虚脱して、吐息をしぼりだす。
はぁはぁ……やっぱキツイ。まあ、こんなんですよね。ミズクラゲのほうが可愛いけど、水中とミズクラゲで水二連発になっちゃうから、アンドンクラゲにしました。亡霊っぽい感じもアンドンのほうが出るし。
ただ、これ、本編では使いません。単に探偵と関係者が話してる場面で、いきなりアンドンクラゲとか言われても、ふんいきがありすぎて逆になじまない。修正案1で充分でした。
例文2(修正前)
〇〇は若いのに、人生に疲れきったような顔をして嘆息する。
例文2(修正後)
〇〇はほんとの年より十倍も老けこんで嘆息する。人生に疲れきった老人の顔だ。
これを『まるで、人生に疲れきった老人だ』にしちゃうと、直喩に逆戻り。隠喩って難しい。
例文3(修正前)
ハシェドと魔法使い三人が出ていくと、ずっと待っていたように、クルウが言いだした。
例文3(修正後)
ハシェドと魔法使い三人が出ていくと、待ちかねたクルウが言いだした。さっきから、ネズミを前にソワソワする猫と化していたのだ。
厳しい……やっぱりミステリーにはそぐわない。というかたぶん、僕がヘタなだけ。もっと的確に表現すればいいんですよね。
文学では暗喩が求められます。エブリの選評でも、ボキャブラリーを増やし表現力を磨きましょう、みたいなことを言われました。
でも、これ、やりすぎるとWebではアウトなんですね。わかりにくい表現は読者に嫌われるので。ラノベであれば、ぜんぜん気にせず、『〜のような』連発しちゃってかまわないと思います。隠喩出したとたんに読者が逃げるって話、聞きましたので。
自分は文芸よりだから、読者も隠喩が好き、ついてきてくれてる——という人は、キラメキの文章にチャレンジしてみてください。努力をおこたらない、そして、ひらめきを逃さないことが重要と思われます。
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