第3話 ことを使わない



 以前、『カクヨムロイヤルティでお小遣いを稼ごう』のなかで、『お金を払って小説を読んでもらう』ってエピソードを書きました。プロ作家や編集者にお金を払って添削してもらった人の経験談です。


 このなかで、これはダメ、あれもダメって、プロ作家にダメ出しされましたと、そのかたが書いてたんですね。そのダメ出しのいくつかを選んで載せたんですが、そこにはあえて書かなかった内容があります。長くなるから。


 その一つに、こと、ほど、ていど、くらいを使わないっていうのがありました。


 じつは以前、『新人賞に出す前に、今ならできる推敲ポイント』みたいな数ページの特集を、公募ガイドで読みました。これが、プロ作家に添削してもらった人のダメ出しと、まったく同じなんです。その特集もプロ作家さん(か編集さん)が書かれたもの。まさか、添削人物と同一ではないと思いますが。

 けっきょく、出発業界の常識だからなんでしょうね。


 なんでそれをするなって言われてるかと言えば、読みやすさに関係するからです。スッキリ読みやすい文章に、あいまいな描写は必要ないわけです。


 で、以下例文なんですが、昔の僕の文章、めったやたらに『こと』を多用してるんですよね。あまりにもたくさん出てきて、我ながらヘキエキします。



 例文1(修正前)

 他人の一生ぶんの経験をしたことのあるワレスでも


 例文1(修正後)

 他人の一生ぶんの経験をしたワレスでも



 コレね。こと、使ってますね。怖いなぁと思うのは、一文のなかに二、三回、『こと』が入ってるときがあるんですよね。

 最近の文章は簡潔に短くをモットーとしてるので、ほとんど使ってない(はず)なんですが。



 例文2(修正前)

「〇〇(キャラ名。ネタバレ防止で伏せ字)は自分のなかに悪魔がいると言った。夜になると夢遊歩行することを悪魔と呼んだ。悪魔が誰かを殺したと」


 例文2(修正後)

「〇〇は自分のなかに悪魔がいると言った。夜になると夢遊歩行する。それを悪魔だと。そして、悪魔が誰かを殺したと」


 これなんかは一回しか入ってないので、ムリに削る必要はなさそうですが、こうして直してみると、ないほうがなんかいい。



 例文3(修正前)

 まわりで起こることを見ていないわけじゃない。


 例文3(修正後)

 まわりを見ていないわけじゃない。



 これは楽にできる修正。『で起こること』がなくても意味は通る。こういう不必要な部分をカットするだけでも、読みやすくなる。もたつきがなくなりますよね。



 例文4(修正前)

 伯爵に頼んで文を書いてもらおう。こいつの親父に継母のしたことを知らせる。


 例文4(修正後)

 伯爵に頼んで文を書いてもらおう。こいつの親父に継母の罪を知らせる。



 継母のしたことって書くと、なんとなくぼんやり。『継母の罪』にしたほうが、そのものズバリ。事実関係がハッキリ伝わります。



 例文5(修正前)

「では、小隊長。あのことは、やはり変死事件とは関係ありませんか?」

 薬草横領のことだ。ショーンが言うので、ワレスは反問した。


 例文5(修正後)

「では、小隊長。例のアレは、やはり変死事件とは関係ありませんか?」

 ショーンが言うのは、薬草横領案件だろう。ワレスは反問した。



 ほらね。こんな短いあいだに、なんで二回も『こと』が入ってるんですかね? この当時の文章、ほんとカスです。めったやたらと『こと』を使いまくってる。


 たくさん打ちこむために、とりあえず、パパッと入力して、推敲のとき気になる文章を直してるんですが、こんなのがしょっちゅう出てくるんですよね……。



 例文6(修正前)

 おまえが急に兄の話をし始めたとき、変だと思ったんだ。おれは今現在、困っていることを聞いたのに、おまえはとつぜん過去の話をしだした。でも、あれは現在のことでもあったんだ。


 例文6(修正後)

 おまえが急に兄の話をし始めたとき、変だと思ったんだ。おれは今現在の困りごとを聞いたのに、おまえはとつぜん過去について語った。でも、あれは現在進行形だった。



『こと』も二回使われてるし、『話』も二回、『〜たんだ』の文末も二回。いろいろ重複してる難物。

 ほんとは『おまえ』も二回あるけど、そこを省略すると意味が通じなくなるので残しました。ほかの三つの重複を一個ずつ消したので、『おまえ』があっても、読みやすくはなってる。



 例文7(修正前)

 ほんとはもっと聞きたいことがあるが、今のユリシスから聞きだすのはムリだろう。


 例文7(修正後)

 ほんとはもっとたずねたいが、今のユリシスから聞きだすのはムリだろう。



 こともある上、聞くが二回。こと『が』ある『が』で助詞も二連発。修正前は全体にまわりくどい。



 例文8(修正前)

 以前、ダグラムがワレスの過去を見ることができなかったことを言っているのだろう。


 例文8(修正後)

 以前、ダグラムがワレスの過去を見られなかったことを言っているのだろう。



 出た、一文に二回の『こと』! 『〜することができない』という使用法。めっちゃ出てくる。『できない』を強調したかったのかもだけど、今見ると、変だよ……。

 修正後も一個は残ったけど、やっとふつうの文章に。


 これくらい例文を提示すると、『こと』を使ってる文章は、全体にもたついてる感じがしますよね。ないほうがしまってる。


 今回は『こと』に限定して例文あげましたが、『ほど』『くらい』『ていど』なども同様です。


 二メートルくらいも、二メートルって書くのも、読者の受けとりかたは同じなので、じゃあ、『くらい』はムダじゃないかって理屈らしいです。

 推敲とは基本的に、ムダを削る作業ですから。


 ただ、これらの語句が皆無じゃないといけないかと言うと、そうではないだろうと。どうやっても、それがもっともふさわしいときには、しょうがないんじゃないですかね?(と、僕は勝手に思ってる。そこらへんのアバウトさがダメなのか?)


 例文6で修正後に『困りごと』と入れてます。厳密には『こと』ですよね。ほかにほどよい言葉を思いつかなかったんです。『困難』『困窮』『心配』『相談』『困惑』『不安』……どれもちょっと違う。ピッタリの言葉を思いつけば、そっちと置きかえてもいいんですが。


 けっきょく、そこなんですよね。昔の文章に『こと』が多いわけ。自分の伝えたいニュアンスに一致する単語を思いつけないとき、安易に『こと』でごまかしてた。だから、『こと』だらけに……。

 ボキャブラリーの問題ですね。今は以前より、ちょっぴりはマシになった、と思いたいです。


 まあ、一エピソード2000文字に一、二回ならいいのではないでしょうか?

 そもそも、推敲前の過去文には2000字で二、三十回は出てきてたから……。

 こと、使いすぎ事案でした。皆さんもご注意を。

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