第11話 エピローグ 旅立ちの季節

〈1〉



 チームギャラクシーのマネージャー、カン・ソルはチームメイトと共にウロボロスが借りたバレンシア朱雀のレストランの一室に集まっている。

 チームオーナーのソン・ジミンはポラの技術提供の条件の見返りとしてウロボロスに新型機を要求した。

 しかしそのウロボロスは龍山グランプリで四位に沈んでおり、ギャラクシーは優勝している。

「私は納得できてない。社命だってのは分かってるけどさ」

 ギャラクシーのお抱えマイスターのファン・セギョンが言う。

 ブレンディ工房出身のノーラ・ブレンディの弟子で、ギャラクシーに優勝をもたらしたファヌンVもセギョンの手によるものだ。

 何故勝利したギャラクシーが敗北したウロボロスの機体を使わなくてはならないのかという不満はもっともだ。

「そうは言ってもカイエン作がニュースになるのは事実だしね。ウロボロスだって自分の所を後回しにしてカイエンにギャラクシーのランナーを作らせたんだし」

 営業と広報を兼務しているキム・スヒャンがセギョンをなだめるようにして言う。

「セギョンは現物が見たいからついてきたんでしょ? あなたもカイエンが作る所を見たいんじゃないの?」

 ソルの言葉にセギョンがむっつりと押し黙る。

 個人のマイスターではノーラ・ブレンディとヴィオネット・カイエンは双璧だ。

「どの道新型機を使うなら使うであたしらは機械に慣れとかなきゃならない。いい機会だと思ってるよ」

 チーフメカニックのコ・ジウォンが言う。

 ブレンディ工房系列の機体に慣れはあるだろうが、カイエン機に触れるのは初めてとなる。期待と不安が半々といった所だろう。

「新型機はヘジン機というのがな」

 ライダーのユン・ジフが眉間に皺を寄せて言う。

 ジフのドゥルソを変えるなら旧型のブレンディ工房機という事でセギョンもヘジンも納得できただろう。

 しかしカイエンは画面越しとはいえリーダーのヘジンを選んで、ランナーを作り始めてしまったのだ。

「私だって新型機が良かったよ」

 パランセのライダーのジュリア・ハワードが言う。

「みんな新型機って言うけどドゥルソもパランセも良い機体だしちゃんとチューンだってしてるんだ。優勝したんだし欲張る事ないじゃないか」

 セギョンが不満を隠そうともせずに言う。

「でもポラを導入した時点で機体性能が追いついていなかった事は事実なんでしょ?」

 ヘジンの言葉にセギョンが頷く。

 ポラの導入を前提に設計されたのはファヌンVだけだ。そのポラという技術さえ2.0に塗り替えられようとしている。

 ファヌンは改修で追いつくかもしれないが、ドゥルソとパランセが型遅れになる事は否めないだろう。

 ドラゴンにはメルカッツェのエンジニアチームが入っているし、新型機の開発競争は既に始まっている。

 だからこそウロボロスも畑違いのファクトリーに乗り出したのだろう。

 ヒュンソはどう転んでもコクピットなどの電装系を受注できるのだから敢えてファクトリーを持つ必要はない。 

 この点でウロボロスとギャラクシーは阿吽の呼吸で棲み分けをしたという事になる。

 ――そう考えると今後はウロボロス機に慣れていった方がいいのよね――

 セギョンとウロボロスの相性が良くなれば機体の心配は無くなる。

 ギャラクシーとウロボロスはライバルであると同時に同盟相手でもあるのだ。

 ――もっともセギョンとジウォンがカイエン機をどう思うかっていうのが大きいんだけど―― 

 マイスターとチーフメカニックがNOと言えばNOだろう。

 その時は社長の面子が潰れはするが新型機は辞退するしかない。

 ――でもカイエンの新型って言われるとアガるのは事実なのよね――

 ソルは運ばれてきた食前酒に口をつける。

 メンバーと新型機の折り合いがついてくれればそれ以上の事はない。

 ――それで勝ちを重ねられるなら……――



〈2〉



 イェジは深夜の寮をあてもなく歩いている。

 会社の辞令でサンタマージョ白虎に行って治安維持活動をする事になった。

 メカニックは一緒に来てくれるが、チーフメカニックのダニオは新型機の為にバレンシア朱雀に残る事になっている。

 ――ほとんど一人で放り出されるようなもんだよ――

 現地には既に黒鉄衆というチームが入って活動しているらしい。

 黒鉄衆には龍山グランプリで永倉に負けたしたという記憶しかない。

 ――上手くやって行けるのかな――

 ウロボロスは良くも悪くも芸能事務所で、イェジは元々ダンサーだった。

 これから先は警察の下請けの仕事を専門にするような所に行くのだ。

 ――でもいい意味で目立てればスポンサーがつく――

 イェジを応援してくれるという人が増えれば本物の専用機としての千本桜ができると聞いている。

 キッチンの前を通ると久々にいい匂いがしていた。

 ドアの隙間から顔を覗かせるとデリバリーのサンドイッチを食べるオルソンの姿がある。

「オルソン一人?」

「うん」

 オルソンが短く答える。イェジはオルソンの向かいに腰かける。

「もう食事を作らないの?」

「レタスをむしってサラダを作るくらいならできるけど、包丁を持つ事ができないんだ」

 オルソンのトラウマは増えたままであるらしい。

「私、サンタマージョ白虎に行く事になったんだ」

「ウロボロスはメリクリウスって警備部門を作る事にしたからね」

「何でそんな事が必要なのかな」

 イェジは訊ねる。新社長には怖くて聞けていない。

「一番は予算の獲得だよ。UMSは金食い虫だからね。UMSの下位組織のメリクリウスが警備で金を稼いでくれればUMSの運転資金を稼ぐ事ができる」

「ウロボロスエンタって大きい会社なのになぁ」

「金にシビアだから大きくなったんだよ。後は純粋にサンタマージョ白虎の治安状況が悪くなりすぎてるって事だよ。難民もどきがランナーを持ち出すようになったら従来の警察や警備ランナーじゃ対応できない」

「それって私にすっごいしわ寄せが来るって事じゃない?」

 何機ものランナーが同時に犯罪を起こしたらどうすると言うのか。

「競技用クラスのランナーがそうそう出て来るとは思えない。ヴァンピールでも一般の作業用ランナーの倍の背丈があるんだ。総重量だと全く同じものを作っても八倍を超える。子供とヘビー級ボクサーが戦うようなもんだよ」

 オルソンの言葉を聞いてイェジはクリスチャンとの出会いを思い出す。

 暴走していた競技用ランナー相手に警備用ランナーは手も足も出なかったのではないだろうか。

「そっか。心配して損した」

 あの時はクリスチャンが軽くひねって終わりになったのだ。

 駆け出しとはいえ天衣星辰剣のイェジなら有象無象の盗賊など相手にならないだろう。

「ヴァルハラは競技用ランナーを量産してる。敵として出てこないって保証はないよ」

「心配したらいいのか大船に乗った気分でいいのか分からないよ」

「君にはその中間ってのが無いんだね」

 オルソンが呆れたような口調で言う。

「それはオルソンが両極端な事を言うからじゃん」

「あらゆる可能性を考慮しといた方がいいってだけだよ」 

 オルソンが他人事のような口調で言う。

「あのさ」

 イェジは切り出す。

「エイミーさんとはどうなったの?」

「別れる事になったよ」

 やけにあっさりとした口調でオルソンが言う。

「この間凹んで泣いてなかった?」

「それがエイミーの方から言ってきたんだ」

「子供はどうなるの?」

「エイミーが育てるって言ってる。僕が口を挟める話じゃないよ」

「そうなんだ」

 オルソンが納得しているのならそれでいいのだろうか。

 ファビオに相談したり心配するだけ損だったのだろうか。     

「解決したって事?」

「たぶんね。エイミーの方から言い出したんだからそういう事でいいんだと思うよ」

 オルソンの中ではとっくに片付いた問題であるようだ。

「オルソンは問題が片付いていいよね。私はこれからサンタマージョ白虎に行かなきゃならないのに」

 龍山グランプリが終わってバレンシア朱雀に戻ってから半月。

 修行はしているが仕事らしい仕事はしていない。

「いろんな環境でランナーを操縦できるって事は経験を積む上でプラスになるんじゃないのかい。普通に競技用のライダーをしているだけだったらしょっちゅう災害や犯罪で駆り出される事はないだろう? そういう場外乱闘みたいな経験は試合にも生きて来るんじゃないかな」

 オルソンの言う通りだ。天衣星辰剣だけやっていてランナバウトが強くなるかと言えばそんな事はない。

 現にクリスチャンは呂偉に惨敗しているのだ。

 武道としての相性の良し悪しだけで勝敗を決して良いとは思えない。

「そうだね。色々経験して来ないとだね」

 イェジは冷蔵庫からアイスクリームを取り出す。

「じゃあオルソン、しばらくの間お別れだね」

「そうだね。君の健康を祈ってるよ」

「オルソンも元気でね」

「僕はいつでも病気だから健康ではないよ」

 いつも通りのオルソンの言葉にイェジは笑みを返す。

 色々あったようだがオルソンは調子を取り戻したようだ。

 ――サンタマージョ白虎に行こう――

 そこにはまだ見た事の無い景色があるはずだった。



〈3〉


 荷造りを済ませたロビンはサイクロンのメンバーに別れを告げた。

 新型ランナー遮那王の開発が再開した。

 シミュレーションをする為にもバレンシア朱雀の仮設ファクトリーに行かなくてはならない。

 ――まだレスラーとしては未熟もいい所だけど―― 

 プロレス企画は中途半端になってしまった。ランナバウトのファンはいいかもしれないが三か月という期間限定ではプロレスのファンは納得しない。

 ――それに……――

 ロビンは男性プロレス団体の代表から送られてきた動画を眺める。

『ロビン・リュフト! タマがあるなら女相手じゃなく俺たちと勝負しろ!』

 半裸の男というだけで気分が悪くなるのに、それと取っ組み合えというのは卒倒ものだ。

 そもそもロビンが男性恐怖症で発作を起こすという事を理解した上で言っているのだろうか。

 カミングアウトしている事ではあるし、それを見ずに言っているならロビンを軽視しすぎているし、見た上で言っているなら悪質に過ぎる。

 ――理解しようなんて気はないんだろうな―― 

 男たるものとか、男だからとか、そういう事を言う人間には話をするだけ無駄だ。

 発言が炎上して謝罪する事はあっても、それの何が悪かったのかを理解している訳ではない。

 他者への想像力が欠如したまま形だけで謝罪するから同じような失敗を繰り返すのだ。 

 ――何を言っても無駄な相手というのは存在する―― 

 残り三か月とはいえプロレスを続ける限り男性プロレス団体からの挑発は続くだろうし、それはそれでサイクロンにも迷惑がかかるだろう。

 ロビンは宿舎を出ると遮那王のコクピットを呼び寄せる。

 ――短い間だけど色々あったな――

 モーター音の方に顔を向けると一台のタクシーが走って来る。

 ドアが開いてハンナが出て来る。

「良かった。まだ行ってなかった」

 ハンナの姿に胸が痛む。ライダーとして生活していけばハンナの事を忘れる日が来るのだろうか。

「もう遮那王が来るころです」

 ロビンはハンナから視線を逸らして言う。

「ロビン、私をパーソナルトレーナーとして雇わない?」

 ハンナの言葉にロビンは面食らう。

「ロビン、プロレスじゃ半人前にもならないじゃん? ランナバウトでどうだか分からないけどプロレスやるならプロがついてた方がいいんじゃない?」

 確かにハンナの言う通りだ。今の技量のままランナバウトでプロレス技を出そうとしても上手く行くとは思えない。文字通り付け焼刃だ。

「ハンナさんはサイクロンはいいんですか?」

「こないだのエキシビジョンで入門する子もできたし引退するにはいい頃だよ」

 言ったハンナが頭を振る。

「いや、ストレートに言うよ。私はロビンと離れたくないんだ」

 ハンナの声がロビンの胸に響く。

「ヒルダにも相談したんだ。十一歳も年上で子持ちでって。でもやっぱりそんな事は関係ない。私はあんたといると一人でいる時より自然でいられるんだ。ロビン、あんたの事が好きなんだ」

 ――ずるいなぁ――

 好きな人に好きだなんて言われたら断れる訳がない。

「僕もですよ。それにしてもパーソナルトレーナーなんてよく思いつきましたね」

「ブラッドを見てて思いついたんだ。私がいれば百人力でしょ?」

 ハンナの言葉にロビンは笑みが浮かぶのを感じる。

「はい。よろしくお願いします」

 ロビンが言うとタイミングを見計らったように遮那王が路上を走って来る。 

 ――コクピットって何かこういう所があるよな――

「荷物は放り込んでいいの?」 

 ハンナがスーツケースを抱えて言う。

「その前にハンナさんの引っ越しとヨナの転入手続きをしないとです」

 ロビンが言うとハンナが苦笑する。

「現実的だなぁ~」

「知らなかったんですか? 僕にとって世界一大切なのはハンナさんですが、二番目はヨナなんです。僕の事より家族が優先です」

 ロビンは言い終わると同時にハンナに抱きしめられていた。

「やっぱり今のはなしなんて言わせないからね」

「ハンナさんこそ幻滅したなんて言わないで下さいね」

 ロビンはハンナの背に手を回して体温を感じる。

 ――これからは一人じゃない。二人三脚だ――

 


〈4〉



 ヴィオネットは仮設のファクトリーの応接室で来客を迎えていた。

 チームギャラクシーのマネージャーカン・ソル、サルーキのライダーになるキム・ヘジン、マイスターだというファン・セギョンだ。

「はじめまして。マネージャーのカン・ソルです」

「リモートでお会いしているので初めましてではないですがヴィオネット・カイエンです」

 ヴィオネットはソルに向かって言う。

「今回はヘジンの機体の作成に応じて頂きありがとうございます」

 ソルが言うとヘジンが頭を下げる。

「映像で確認しただけですがヘジンさんが良いライダーだと思ったからです」 

「遮那王?」

 手元の資料を覗き込んだセギョンが言う。

 オルソンの作業の手が止まっている間、お節介とは思いつつも納期が迫っている事もあってブラッシュアップを行ったのだ。

「これは別口の機体です。ヘジンさんの機体はこちらになります」

 ヴィオネットはサルーキの設計図を表示させる。

「これはドラグーン? 代々ファヌンはアーマーなのですが……」

 ソルが動揺を押し隠して言う。

「資料で見た限りですがヘジンさんは元々ファイターのライダーでした。しかしプレイスタイルを見て設計していたらドラグーンになってしまったのです」

「そんな適当な話ってありますか!?」

 セギョンが声を上げる。

「マイスターにとってライダーに合った機体を造る以上の誠実な行為があるなら教えて頂けますか?」

 ヴィオネットが言う間もヘジンは設計図を凝視している。

「そうですけど、私だって歴代リーダーの乗るランナーはアーマーだって話で……」

 セギョンが困った表情で言葉を詰まらせる。

 確かに伝統があるチームではそういう事があるだろうが、ヴィオネットはチームの伝統ではなくライダーを見ているのだ。

「お気に召さないのなら他を当たって下さい」

「この機体は大刀を使う事を前提にしているんですね」

 ヘジンが口を開く。ヘジンはファイター時代から大刀を使っている。

「ファイター時代の大刀の取り回しは見事でした。しかし、ファイターのフレームではあなたの大刀さばきを支えきれない。ファヌンでは取り回しそのものは安定しましたがあなたの持ち味である軽快さが死んでいました」

 ヴィオネットはヘジンに向かって言う。

「待ってくれ! 私の作ったファヌンでヘジンの力を引き出し切れなかったって言うのか!?」

 セギョンが声を上げる。

「ファヌンはアーマーとしてはかなり軽量で運動性を重視した機体でした。アーマーに乗せるという前提で設計したなら私も同じ路線を取るでしょう。ですが私はヘジンさんに合わせて機体を設計したのです」

 ヴィオネットが言うとセギョンが設計図に視線を向ける。

「運動性を上げたドラグーン……着想はさっき見た遮那王って機体と同じ。でもアプローチは全然違う……」

「遮那王はオルソン・カロルというマイスターの手によるものです。彼の発想も極めて興味深いものです」

 ヴィオネットが言う間もセギョンは設計図を凝視している。

「リーダー機がドラグーンになるとギャラクシーはドラグーン偏重のチームになります。相手がアーマーだった場合……」

 ソルが困った様子で言う。アーマーを作るのが暗黙の了解だったのだから当然だ。

 しかしヴィオネットはヘジンのスタイルを見てドラグーンとしか思えなかったのだ。

「相手がアーマーでも戦い方はあるはずです。このサルーキは足を止めた戦い方もできるように設計されています」

 ヘジンがソルを説得するように特徴をとらえて言う。

「重心が中心寄りなんですよね。大刀や長槍を使う分にはいいだろうけど」

 セギョンが腕組みをして低く唸る。

「でもファヌンだったからって他の武器を使えた訳じゃない」

 セギョンが一人で納得する様子で言う。

「私がヘジンの事を一番に考えてたら……」

 セギョンがヴィオネットに顔を向けて来る。

「私にこの機体を手伝わせて下さい!」

 セギョンの中で何が起こったのかヴィオネットには理解できない。

「ブレンディ工房で顧客のオーダーに応じた最高の機体を作る事を学んで来ました。でもマイスターが考えるべきはライダーの能力を引き出す事と相乗効果だったんです!」

 セギョンが言うがそれは普通の事ではないのだろうか。

「それはマイスターが第一に考える事じゃないのかしら?」

「ブレンディ工房では顧客の、オーナーやマネージャーの注文が第一でした。だから私もその中で最高のランナーを作ろうとして来ました。でも、それじゃ駄目だったんです」

「……そうは言っても……育成選手の中から新しいアーマーライダーを発掘しろって言うの?」

 ソルが困り果てた様子で言う。

「そう言えばレギュレーションでライダーとランナーって紐づけられてなかったですよね? オーダー提出後は変更できませんけど」

 ヘジンがソルに向かって言う。サルーキに乗りたいと思っているようだ。

「あなたは元々ファイター……」

 言いかけたソルが言葉を飲みこむ。自分の言葉の矛盾に気付いたようだ。

 ヘジンはチームリーダーであればこそアーマーに乗らねばならなかったし、その条件に合わせてセギョンもファヌンを作らねばならなかった。

 しかし、その前提が無ければドラグーンで良かったのだ。

 先に無理を言ったのはオーナーのソン・ジミンかマネージャーのソルであるはずだ。

「コクピット周りさえ調整すればファヌンもサルーキも使えるはずです」

 セギョンが乗り気になって言う。

「そんな事言って、乗り始めたらこっちのサルーキにしか乗らなくなるんじゃない?」

 観念した様子でソルが言う。

「一応リーダー機って事でファヌンSって名前で構わない? 役員を説得しなきゃならないし」

「サルーキは私が作る時のコードネームなので正式名称も同じにしろとは言いませんよ」

 ソルに答えてヴィオネットは言う。

「そのうちアーマーをリクルートしなきゃね」

 ソルが口元に笑みを浮かべて言う。ヘジンもどこか安心した表情を浮かべる。

 セギョンによりかなり調整されていたものの、得意としないアーマーでチームを優勝させたヘジンが優秀なライダーである事に違いはない。

 ――エキシビジョンがどうなる事か―― 

 ヴィオネットはベストを尽くすが、相手を圧倒してしまったらそれはそれで困るのだ。

 ――オルソンとロビンが頑張ってくれるといいんだけど――

 ウロボロスファクトリーの仕事がヴィオネットに集中する事だけは避けて欲しい所だった。



〈5〉



 星の明かりだけが薄っすらと雑草に覆われた大地を照らしている。

 暗視ゴーグルが無ければ星空と大地の境すら見通す事はできないだろう。

 土方は電源を切ったコクピットの中で息を潜めている。

 明かりが漏れる為に端末を操作する事さえできない。

 ――ソーニャ・グレンバリどのの話ではここで間違いないはず―― 

 ソーニャ・グレンバリはWRA警備部部長でSMSの土方の上司に当たる。

 一台の高機動車が道なき道を走って来る。

 道なき道ではあるが全くの獣道という訳でもない。

 この人里離れた草原が転売屋の物資輸送ルートなのだ。 

 高機動車が通り過ぎてしばらくすると物資を満載にしたコンボイの車列が姿を現す。

 その数二十四台。 

 高機動車が安全を確認し、後から転売屋のキャラバンがやって来るのはお決まりと言っていい。

 ――盗人猛々しいとはこの事だ―― 

 土方はコクピットを起動する。

 同時に周囲に潜んでいた隊員たちと通信が繋がる。

「行くぞ」

 土方は先行している高機動車を追いかける。

 土方のコクピットに気付いた高機動車が速度を上げる。

「WRA警備部御用改めである! 即座に停車しろ!」

 土方が言うと高機動車の横腹に隊員のコクピットが突っ込む。

 高機動車が横転して転売屋が這い出して来る。

「SMSである。神妙にお縄につけい」

 刀を抜いた土方はみね打ちで転売屋を叩きのめす。 

 四方八方からサーチライトの光が浴びせられ、コンボイのキャラバンが包囲を突破しようと疾走する。

『待て待て待てぇ! ここはメリクリウスの千本桜が一歩も通さないぞ!』

 白とピンクのド派手な競技用ランナーが疾走する先頭のコンボイを三節棍で横殴りにして横転させる。

 破壊されたトレーラー部分から大量の麦袋が散らばる。

 道を外れて逃れようとしたコンボイが岩に乗り上げたり穴にはまったりして次々に横転する。

 三台のコンボイが停車し、トレーラー部分のハッチが開いてマイティロックが姿を現す。

『邪魔するな。WRAの犬どもが!』

 三機のマイティロックが槍を構える。

 転売屋がマイティロックのような高価なランナーを持っているなど世も末だ。

『どっちが犬だぁ! このヴァルハラの犬がぁ!』 

 剣を抜いた千本桜がマイティロックに向かって突進する。

 その隙を突いてコンボイのキャラバンが一気に草原を抜けようとする。

 闇夜を裂いたナイトライダーの蹴りが先頭のコンボイを転倒させる。

『ここを抜けられると本気で思ったのか?』

 コンボイの行く手にシールドを構えたメリクリウスのランナーが出現し、キャラバンが総崩れになる。

 マイティロックが千本桜に向かって槍を突き出す。

 ふわりと飛んだ千本桜が槍の切っ先を踏んでマイティロックの頭上に剣を振り降ろす。

 競技仕様ではないマイティロックはブラックアウトしない。

 仲間のマイティロックが千本桜に向かって槍を振るう。

 忍者のように舞った千本桜がマイティロックの背後の動力部に剣を突き刺す。

 千本桜のジェネレーターが唸りを上げて剣を通してマイティロックのバッテリーを破壊する。 

 背後から迫ったマイティロックを宙返りで躱した千本桜が着陸と同時に二機目のマイティロックを沈黙させる。

 残されたマイティロックが地響きを立てて逃走しようとする。

 コンボイのキャラバンを黙らせたメリクリウスのランナー部隊がマイティロックを包囲する。

『止まれ! 投降すれば命は保障してやる』

 ナイトライダーがマイティロックに向かって言う。

『誰が捕まるか!』

 槍を手にしたマイティロックが包囲を突破しようとする。

 ナイトライダーが飛び膝蹴りでマイティロックのコクピットを下から揺さぶり、腕を捻って這いつくばらせる。

 マイティロックからコクピットごと飛び出した転売屋がバイクモードで逃走しようとする。

 ――もうランナーも大型の車両もない――

「者どもかかれい!」     

 土方はマイクに向かって言う。

 忌島出身のサムライたちがコンボイやランナーを失った転売屋に向かって一斉に突進して行く。

 忌島出身者が徒歩の敵を相手にするのは相手が何をしてくるか分からないからだ。

『確保ォ!』

 至る所で転売屋を捕らえた隊員たちの声が上がる。

 捕らえられた転売屋たちが手錠を嵌められて次々に護送車に放り込まれる。

 千本桜とナイトライダーを中心としたランナー部隊が無数のライトで照らし出される。

 この様子はウロボロスにより動画で中継されている。

 ――金とランナーを出してるのはウロボロスだからな……――

 忌島のランナーを動員してもいいのだが、その為の予算はリッシモンから降りていない。 

 ――リッシモンどのは強硬策に反対だが――

 リベルタからの支援物資を売りさばいて金に変えようという転売屋は凶悪化する一方だ。

 少しでも国境警備の兵を増やせるものなら組織の力だろうが企業の力だろうが構わない。

 良心もモラルもない相手にかける情けなどない。

 ――一人でも多くの転売屋を捕らえて忌島沖の離島に放り込むのだ――

 

 

〈6〉



 リッシモンはヴァルハラのスタジアムのピットで三機のランナーを見上げている。

 木戸とのランナーバトルの為にリッシモンはメルカッツェの量産ランナー「ストレイドッグ」「ヴァンピール」ヴァルハラの量産機「マイティロック」を用意した。

 ランナーバトルはランナバウトの形式、三本勝負で行われる事に決まった。

 一番手のストレイドッグのライダーはジェイドだ。

「ジェイド、無理しなくていいからな」

 リッシモンは小さな胸に怒りを秘めた少年に声をかける。

 ストレイドッグはカイエン作のブラックドッグの量産型だ。

『ゴードン博士は殺された、シュミット博士はどうなったか分からない。死んだ人は帰らなくてもイオロイドが、人間が道具でない事を証明する』

 ジェイドの獲物は大剣だ。最初に使った武器が大剣で、ヴィッシュに言わせれば普通の剣か素手の時が一番強いのだと言う。

 ジェイドのストレイドッグがフィールドに立つ。

『第一試合青コーナー、ストレイドッグ、ジェイド』

 反対側のコーナーからヴァルハラの重ランナーティーゲルが姿を現す。

『赤コーナー、セドリック・吉田』

 ティーゲルが観客の歓声に両手を上げて応える。

『レディファイッ!』

 審判の声が響き、ストレイドッグが大剣を大振りしてティーゲルに斬りかかる。

 そもそもアーマーが使うような武器をファイターが使っているのだから、相手より動きが鈍くなってしまう。

 ティーゲルが大剣を躱してストレイドッグにハンマーを振り下ろす。

 大剣が邪魔に見えるがストレイドッグが飛び退いて躱す。

 更に横殴りのハンマーを大剣で受け止める。

 盾としてなら一定利用できるらしい。

 ストレイドッグが防戦一方になる。本来運動性の高い機体だけに、大剣の盾で戦うというのは性能を殺すだけだ。

 ハンマーを防ぎ続け、大剣が折れる。

『よくもゴードン博士の形見を……』

 血を吐くような声がスピーカーから漏れる。

 瞬間、ストレイドッグがティーゲルのコクピットを下から殴りつけていた。

 ハンマーを持つ腕を取って足を刈って投げ飛ばす。

 空中回し蹴りでティーゲルをフィールドに叩きつける。

 バウンドして浮かび上がったティーゲルを抱え上げ、膝の上に叩き落す。

 ティーゲルの腰が火花を散らす。そのまま背面に背負うように肩に抱え、信じられない膂力でティーゲルのボディを捻じ曲げる。

 締め上げながらストレイドッグが回転し、竜巻のようにティーゲルを空中に放り投げる。

 宙を舞ったストレイドッグがティーゲルの両脇に足を引っかけ、二機分の重量でフィールドに叩きつける。

 ティーゲルの上体と腰が粉砕される。

『またゴードン博士に勝ちをあげられなかった』

 ストレイドッグのスピーカーが折れた大剣を大事そうに抱えて言う。

 ジェイドは不満そうだが、大剣を捨てればA級ライダーだ。

『ウィナー! ストレイドッグ! ジェイド!』

 ヴァルハラ市民にとっては大番狂わせの戦いに様々な声が飛び交う。

 ――ヴィッシュがジェイドを推薦したのは最高のチョイスだった――

 リッシモンは内心で苦笑した。

 ライダーの事はライダーに訊くのが一番いいのだ。  


△△△ 


『第二試合、青コーナー、ヴァンピール、レッド・ローハン』

 レッドがサキュバスコピーの傑作量産機ヴァンピールで登場する。

『赤コーナー、コンラッド・石原!』

『レディファイッ!』

 ヴァンピールが突進せずに長槍を八の字を描くように回転させる。

 警戒した様子のヴュルガーが刀を手にゆっくりと間合いを詰める。

 ヴァンピールが後方に振った長槍の切っ先をフィールドに突きたてる。

 長槍がしなり、一瞬にして最高速に達する。

 石突を前にしてヴァンピールが突進する

 反応の隙を与えず、ヴァンピールがヴュルガーのヘッドカメラを破壊する。

0.5秒の隙を利用せず、ヴァンピールが槍を回転させる。

 システムを復旧させたヴュルガーがヴァンピールに突進する。

 切っ先を弾くと同時に石突で胴を殴りつける。

 右足で更に反対側の脇を蹴り上げる。

 コクピットはシェイカーに放り込まれたようなものだろう。

 ヴァンピールの手にした長槍に打たれたヴュルガーの装甲がはじけ飛ぶ。

 ヴュルガーは刀を振るうが、見越した長槍が指ごと破壊する。

 腕を破壊され、足をくだかれたヴュルガーが崩れ落ちる。

『ウィナー、ヴァンピール、レッド・ローハン!』


△△△


『物言いです。木戸マネージャーの抗議です!』

 審判がレッドの勝利を保留する。

 リッシモンは審判に呼び出される。

 審判のモニタールームでは木戸が眉間に皺を寄せている。

「ロベール、筋書きと違うではないか。お前の二勝でこっちはストレートで敗北だ」

 木戸の言葉にリッシモンは笑みを浮かべる。

「下手な芝居をするより岸にアピールできる勝ち方だと思いますが?」

 リッシモンの言葉に木戸が訝しむような視線を向けて来る。

「どういう事だ?」

「今現在僕は木戸さんに呼び出されている訳です。ここで物言いを受け入れて次の試合で負ければ公安の権力に屈した、木戸さんに屈服させられたのだという事になります」

 金と暴力のヴァルハラなら普通に試合に勝つよりそちらの方が良いアピールになるだろう。と、いうのはジョナサンの入れ知恵だ。

「なるほど、考えたものだな。では次の試合では負けるのだな?」

「それは完膚なきまでに」

 リッシモンの言葉に木戸が口元に笑みを浮かべる。

「中々どうしてロワーヌ者も世間と常識が分かっているようだな。だが、それならクラス外の一回戦のジェイドを敗北にした方がバイオロイドの売り上げに貢献する」

 木戸の提案をリッシモンも考えなかった訳ではない。

 だが、ジェイドは愚直にVWCに抵抗し、見せしめにされて来た少年なのだ。

 レッドには悪いが、ジェイドの勝利を取り消せば心に消える事のない傷を刻む事になるだろう。

 そして、レッドは敗北にしてもあまり気に病まず、一方でジェイドは仲間への仕打ちで怒りを抱く事になる。

 どちらが良いか考えるなら、レッドの敗北だ。

「木戸さん、Aクラスが勝利するのは当然です。反対にクラス外やCクラスが勝利するレアケースを作る事で、低い価格帯のバイオロイドの販路を開く事にはならないですか?」

「掘り出し物があると思わせる事で、売れないバイオロイドもまとめて売りつけられるか。良かろう、その線で手を打とう」

 木戸の差し出した手をリッシモンは握る。

 木戸と友好な関係を築いておけば後々有利に立ち回る事ができるだろう。


△△△


「兄ちゃん、どうして俺が負けなんだよ!」

 帰りの車でレッドが抗議の声を上げる。

 助手席にはアリア、後部座席に四人が座っているが窮屈そうだ。

 三列シートの車両を用意した方がいいかも知れない。

「元々負ける試合だったんだ。木戸をいい気分にさせるようにおだてておけば役に立つ。まぁ、物言いってのは僕が考えた訳じゃないんだけど」

 リッシモンはバックミラーで少年たちの顔を見る。

 一番気に病んでいるのはやはりジェイドだ。

「VWCのせいで俺より強いレッドが負けにされた。俺たちはいつまで負ければいいんだ?」

「百回でも千回でも負けよう。最後の一回で勝てばいいんだ。九九回勝っても、最期の一試合で負けたらそれは勝者かい?」

 リッシモンの問いにジェイドが憮然とした表情を浮かべる。

「人は誰でも成長するし老いもする。成長している間は成熟した人の技と力に敵わない、成熟した人は年配の技と経験に敵わない。年配の人は若さと力で成長している人に敵わない。勝ちとか負けなんて世界には存在しないんだ」

「分かるけど分からない」

 ジェイドはまだ納得が行かないらしい。

「リッシモンを困らせるな。弱虫」

 アリアがジェイドに向かって言う。

 ここの所あまり構ってやれていない分、少し拗ねているのかも知れない。

「人が生涯で勝てるのはただ一人だけだ。しかもその相手は物凄く強い」

 リッシモンの言葉に四人が首を捻る。アリアは考えている事が読めるのだから考えるまでも無いのだろう。

「俺はシルヴァに頭が上がらない」

 ヴィッシュが言うとシルヴァが頬をつねる。バイオロイドでも恋をするのは人間と同じらしい。

「一番強い相手だとメルキオルか?」

 レッドが望む所だとばかりに口にする。

「一番強い相手は自分だよ。人は他人より優れていたいと思う残念な生き物だ。だから勝ちと負けを作る。でもさっき言ったように人間は勝利なんて得られない。それを理解して勝ち負けを作らないようにする事、試合で負けても人を恨まない、勝っても相手を見下さない。それが勝利の一つの形だ」

 リッシモンが言うと五人がそれぞれ思案するような表情を浮かべる。

「あたし、それ何か分かる」

 シルヴァが微笑みを浮かべる。この五人の中では一番成熟した知性の持ち主と言えるだろう。

「新鮮なキャベツと萎れたキャベツがある。自分ともう一人がキャベツを欲しいとする。その時新鮮なキャベツを取れば、その時は美味しいだろうけど、萎れたキャベツを選んだ人の事が心から離れないだろう? 萎れたキャベツを選ぶ時も、自分がいい事をしたと思えば大間違いだ。萎れていても美味しく作る、料理の腕を上げる絶好のチャンスだと前向きに考えればいい。だから、異なるキャベツがある時は争う必要なんてない。どっちのキャベツを選んだらいいと思う?」

『萎れたキャベツ』

 子供たちの言葉にリッシモンは頷く。

 意外にもバイオロイドの少年たちはヴァルハラに染まり切っていないらしい。

 リーダーのネメスがしっかりしているからだとするなら、彼の苦労は想像を絶するものであるはずだ。

「お前ら感謝しろ、リッシモンは人間の中でも無駄にお人よしだ。外でもこんなヤツは滅多にいない」

 アリアが振り向いて言う。

 一番の後輩だが外の世界を見ているという意味では先輩という意識があるのだろう。

「僕はクロワになりそこなった半端者だよ」

 リッシモンが言うと後ろからジェイドが抱き付いて来る。

「俺はいい人に買ってもらえた。シュミット博士とゴードン博士が消えてから、いい人は一人もいなかった。俺は幸せだ。必ず役に立つ」

「ネメスを忘れるなって。アイツは本当にいいヤツだ」

 レッドが釘を刺す。ネメスはバイオロイドの中で絶大な人望を持っている。

 アリアを連れて逃げる時も便宜をはかってくれた人間以上に人間らしいバイオロイドだ。

「アイツ寂しがってんだろうな」

 ヴィッシュの言葉が湿り気を帯びる。

「バァカ。あたしらが目立って、端末で見れるようになれば元気が出るでしょ。だからあたしたちは外から島を、ネメスを応援する」

 四人が戦う理由は一つや二つではないらしい。

 子供なりに色々と考え、戦う理由を見出しているのだ。




                                   第二部 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オン・ユア・マーク ~世界がその貌を変える時~ 朱音紫乃 @akane-sino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ