天空の音・天辺 聖地巡礼

――・―― K


 去年の音楽コンクールの日。

 事前に告げられた集合場所へ着いたオレは呆然とした。吹部メンバーを乗せた送迎バスは、すでに出発した後だったからだ。


 オレはすぐに事態を理解した。置いてきぼりにするため、部員全員でオレをダマし、おそらく引率の顧問さえもうまくダマ通したのだ。コンクールでオレはソロを演奏することになっていたのに。ソロのトランペットがいなくては曲は成立しない。すなわちコンクールで受賞することもできない。毎年金賞の常連だったウチの吹部が賞を逃す。そんな異常事態になっても良いと吹部の皆は思ったってことだ。メンバーの黒い総意にオレは震えた。


 そのままオレはバックレた。

 コンクール会場とは真反対の方向へ向かった。トランペットを持ったまま遊園地に行って観覧車に乗ったんだ。去年の今日と同じ日、同じ時刻に。


 観覧車に乗ったオレがそれを発見したのは、ただの偶然だった。

 ゴンドラが頂点に達したとき、太陽光線が聖なる母の横顔を大地に浮かび上がらせることを。


 山肌に浮かんだ聖母の横顔

 地表をうねり流れる川は豊かな髪

 光と影が清らかな顔を立体的に形づくる

 気高く美しいくっきりと浮かび上がる鼻梁


 大地に現れた聖母像を見つめると、オレの心は誇らしさで満たされて熱くなった。

自分が何者であるかを悟ったから。オレは天から青き血を受け継いだ特別な存在であったのだ。オレは生まれ変わった。


―― ――・ G


 その日から学校には行っていない。

 天啓を受けたオレが愚民どもと共に学ぶ必要などないからだ。そうだろう?


 それ以来、たびたびこうして聖地巡礼をしている。だが、去年見た聖母の横顔を見ることは一度も叶わなかった。オレの推理では同じ日、同じ時刻の太陽光でなければ荘厳な聖母像は浮かび上がらないってことだ。


 360度透明なゴンドラが、ゆっくりと頂点に差しかかろうとしている。

 まもなく時がくる。


 オレは待ちきれずに椅子から立ち上がり、聖母に向けて高らかにトランペットを吹き鳴らす。

 曲はアイーダ。「凱旋と勝利の大行進曲」だ。


 ゴンドラが天辺に達した。

 オレの眼に見えてきたのは、地表遠く山肌に浮かびあがってくる聖母の横顔。

 間違いない、去年目にした聖なる大地の母と同じ形だ。


 オレは演奏をやめた。厚いアクリル板に額を押し付けて、山肌に彫られた女神を見つめる。息をすることすら忘れて見入った。オレの聖なる青き血潮が熱くたぎる。


「ねえ、キミ」

 背後から涼しい女性の声がした。ゴンドラの中にはオレひとりしかいないはずなのに。

「ねえってば!」重ねて声を掛けられ、オレはビクッとして振り返る。


 振り返った先には、妖精ニンフのような少女がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る