幕間

第58話 レディへの道

 その店舗の真横に差し掛かったところで——

「——あ、京華。ここにも寄っていこうよ」

 乙葉はそう言いながら、立ち止まっていた。


 場所は、いつものショッピングモール。今日はそのテナントに入っている洋菓子店に新作スイーツが出ていたため、乙葉は京華を誘って再訪していた。


 ただ、本当の目的はこちらのアパレルショップだ。この店舗には、若い女子が好むブランドの服が数多く陳列されていた。


 京華が元の性に戻って、既に一か月以上が経過している。だが、今までの方法を続けても、親友の性格矯正が進む見込みは一切ないため、乙葉は改めて形から入ることにしていた。


 いくら京華でも、自身のカワイイと向き合うことになれば、その内心も徐々に変化していくのではないだろうか。そう考えて、この作戦を思いついていた。


 が——

「……えー……」

 当の京華は、あからさまに嫌そうな顔をしている。ちなみに、今日の服装は以前にここへ来た時と同じストリート系に近い感じだ。学園生活以外で外に出る場合は、大概このパターンが多い。以前に少しだけ女性物を買っているはずだが、それらを着る気は全くない様子だった。


 一方の乙葉は多少の意識はしているが、女子っぽいかと問われれば疑問符がつく。本当は自分から率先して着込むべきなのだろうが、どうしても躊躇があった。


 そんな迷いを持ちつつも、とりあえず隣に提案する。

「ちょっとだけ見て行こうよ。先日、おばさんから直接聞いたんだけど、私達に掛かっているいにしえの術式を解く鍵は、一向に見つからないんだって? まだこの生活は当分続きそうなんだから、女の子としての準備も整えておいた方がいいよ。何かあった時のために」


 丁寧に説明を続けていたが、京華の表情に変化はなかった。

「でもなー。気が向かないんだよなー。お前だって元は男なんだから、その気持ちは分かるだろ?」

「私は……これも運命だと思って、割り切ってるけど?」

 乙葉が少々戸惑いながら告げていると、一方の京華はここでふと疑念が脳裏を過っていた。


「……お前、もしかして、自分は女子のままでもいいとか思ってないか?」

「それはない」

 即座に断言があったが、京華はそれでも胡乱な視線を向けている。

「そうか? お前の場合は、むしろ女子の方が性格的に合っているような気がするんだよな。客観的に見て」


 この指摘に、一方の乙葉は目を泳がせながら呟いていた。

「……そんな話はやめよう……気が重くなる……」

 春休みから今までの経緯を振り返ってみて——

 自分の方だけ、女子力が異様に高まっているような気がしてならない。だが、その現実を鵜呑みにする訳にもいかなかった。


 一方の京華は、そんな心境には気づかない様子で続ける。

「それに、懐具合もなー。まだバイト代も入ってないんだからな。そこまで買う余裕なんてないぞ」

 これも現実的な問題ではあったが、乙葉は気を取り直してから告げていた。

「……とにかく、見るだけでもいいからさ。少しだけ寄って行こうよ」


 まずは、第一歩。その意識だけを親友に促している。その強固な意志に、一方の京華もやむなく折れることになっていた。

「……見るだけ、だからな」

 渋々といった様子だが、了承している。乙葉はその反応を見て満足そうに頷くと、親友を店内に誘導していた。


 そのまま、二人で陳列されている商品を見て回る。その途中で一着のワンピースが乙葉の目に留まり、足を止めて隣に注目を促していた。


「あ、京華。これ見てよ」

「うん……?」

「これなんか京華に似合うと思うんだけど……どうかな? 試しに着てみようよ」

 そのまま、勢いで提案をしてみる。すると、案の定だが、京華がジト目になっていた。


「……おい。見るだけじゃなかったのか?」

 このプレッシャーを、乙葉は華麗にスルー。次いで、作り笑顔を保ちながら続ける。

「買う訳じゃないよ。ちょっと着てみるだけ。どう……?」


 最後は恐る恐るといった感じで聞くと——

 そこで、京華が妥協案を示していた。

「じゃあ……まずは、お前から着てみろよ」

「え……」

「そうしたら……俺も着てみる」


 この交換条件に——

「——!」

 乙葉は自身の立場を改めて思い出していた。先程も感じたことだが、自分が率先しなければ説得力はないのだ。そんな結論を導き出すと、ここである種の覚悟を決めていた。


「……分かった……じゃあ、ちょっと待って……」

 それだけ言い残し、商品を持って試着室に移動。中に入って、すぐに着替えを始める。ただ、それが終わって、自分の姿を真横の鏡で確認した時のことだった。


「……!」

 乙葉が、思わず動揺している。

 そこにいるのは——どう見ても、清楚で可憐な一人の女の子だった。

「……なんだろう……益々自分の女子力が高まっていくような気が……」


 もう暗澹たる気分になっていたが、そこで本題を思い出す。

「……いや、これは京華の中の乙女を引き出すための呼び水なんだ……それ以上でも、それ以下でもないよね……」


 そんな理屈で自身を納得させると、すぐに試着室から出ようとしていた。ただ、このような服装で人前に出るのは、やはり気が引ける。乙葉はきっちり十秒ほど躊躇してから、やがて意を決した様子でカーテンを開いていた。


「……お待たせ——」

 その直後——

 パシャリ。

 と、何故か妙な電子音が。

「——⁉」


 乙葉が慌てて現状を確認すると——

 目の前で、京華がスマホのレンズをこちらに向けている。明らかに、乙葉が出てくるのをそこで待ち構えていた。

「……お。よく撮れてるな。じゃあ……早速、これをクラスメイトにメールで送ってやるとするか。ファンが増えそうだ」


 この言動に——

「——京華……ッ!」

 乙葉は一気に顔を真っ赤にして憤慨。

「——!」

 一方の京華はその怒りの矛先から逃げるべく、慌てて店内を走り回る。無論、二人はすぐ店員に捕まり、こっぴどく怒られることになっていた。



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