第55話 彼氏と彼女
その日の授業が全て終わると、美束はすぐさま帰宅の準備を始めていた。実家の方にあとどれほどの仕事が残っているのか分からないため、一刻も早く帰らないといけない。また、就寝が遅くなって翌日の競技に疲れを持ち越すことになっては、弓道部の他のメンバーに面目が立たなかった。
ただ、教室に置いていた弓を持ちながら、急いで廊下に出たところで——
「——!」
あまりにも見知った顔に出迎えられ、思わず足を止める。
「……辰興?」
違うクラスの彼氏が急に現れて動揺していたが、すぐに本題を思い出していた。
「……今日は構っていられないから! 事情は知ってるでしょ? じゃ、明日の会場で!」
そのまま真横を通り過ぎようとすると、そこで辰興が彼女を制する。
「——美束! やっぱり……僕が代わりに行くよ!」
この急な提案に——
「——!」
美束が驚いた様子で立ち止まっていた。
それを確認してから、辰興が続ける。
「……実家の卸業って、扱っているものには飲料もあるはずだろ? 間違いなく、重労働も発生するよ。ここは、男が行った方がいい。その方が効率はいいはずだよ」
必死になって力説していたが——
これを聞いた彼女は無反応。
「……美束?」
不安を覚えた辰興が、恐る恐るその顔を覗き込むと——
「——あなたも……ッ!」
急に、美束が烈火の如く怒り出していた。
「——⁉」
辰興が完全に口籠る中、彼女は相手の立場も思い出しながら指摘する。
「男子の団体戦のメンバーでしょ⁉ いい訳ないでしょう!」
「でも……美束だけを行かせるなんて……」
だが、なおも辰興がその心情を汲もうとしていたため、彼女は思わず小さく頭を抱えていた。
「……その気持ちだけで、嬉しいからさ……これ以上、困らせないでよ……」
「……ごめん……」
「それから……三回言ったよね? 下の名前……」
「⁉」
そのまま、いつもの痴話喧嘩になり掛けていたが、これ以上時間を無駄に潰している訳にもいかない。
「……まぁ……今日は、もういいけど……」
美束はそれだけ言い残すと、彼のことを置いて帰ろうとしていた。
「……それじゃ、また明日——」
が——
そこで、小さな電子音が耳に届いていた。
『?』
辰興もそれに気づく中、一方の美束は急いで通学鞄からスマホを取り出す。すると、その画面には実家からの着信を示す表示があった。
無論、美束はすぐに出る。歩みは止めないまま。
「もしもし? 今すぐに帰るから。手伝いの方も——」
当然、その催促だと思っていたのだが——
「——え……⁉」
と、そこで足が止まっていた。
「?」
まだ近くにいた辰興がキョトンとする中、一方の彼女はキツネにつままれたような表情で内容を確認している。
「それって……どういう——」
その直後——
「——え! うちの学校の生徒⁉ それに、その二人の名前って……」
何やら言葉を失っていたが、すぐに意識を切り替えていた。
「……いや、ううん! こっちの話! 状況は分かったから……うん……」
その後、美束は身内と短い言葉を交わしてから、通話を切っている。ただ、そのまま沈黙してしまったため、辰興が怪訝に思っていると、彼女の方が急に血相を変えていた。
「——あの子達……ッ!」
同時に駆け出していたが、一方の辰興にはその急変の意味が分からない。
「……あ、おい! 美束——」
慌てて彼女の背を追っていたが、すぐに相手の姿を見失ってしまっていた。
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