第52話 風呂場での記憶

 コンビニで新作スイーツを購入した二人は、適当な場所で舌鼓をうったあと、すぐに別れて帰宅していた。その後、乙葉は夕食を済ませてから自室に籠る。机上で明日の予習をきっちり済ませると、入浴の時間までは例の念動力の実験を進めるつもりだった。


 今日の一件で再び思うところはあったが、全ては使い方と使い所次第だろう。そう割り切って、この超能力についての精査をすることにしていた。


 前もって中古ショップで購入しておいた、デジタル機器のジャンク品。安価で手に入るため、この念動力が電子回路やそのプログラムにどんな作用をするのか、実験にはもってこいだった。


 ただ、乙葉も一見すると普通の女子高生だ。客観的に考えて、年頃の乙女がそれらを漁る姿は、違和感の塊でしかない。実際に、店員から奇異な目で見られてしまっていたが、そこは既に忘却の彼方だった。


 とにかく、乙葉はそれらを使って実験を始める。だが、なかなか好ましい結果は出ていなかった。

「……うーん……念動力を電磁力に変換することは可能みたいだけど……そこから先の干渉が難しいんだよね……」


 現在、正常に作動していない携帯ゲーム機の画面を、渋い顔で睨んでいる。念動力から変換された小さな力の効果は確かに出ているようだが、まだシステムを乗っ取れるほどの技能は獲得できていなかった。


 だが、乙葉に悲観した様子は全くない。

「……でも……」

 少しずつだが、日を追うごとに干渉力が上達しているという実感があるからだ。今のペースで実験が進めば、あと数か月でこの超能力は進化するかもしれない。そんなことを考えていると、ここでふとある可能性に思い当たっていた。


「……現代社会の電子ネットワークに干渉……か。もしかすると、丸々乗っ取ることとかできるかも……?」

 まるで、SF映画のような着想が脳裏を過っている。ただ、その結果による社会の混沌も同時に想起されており、思わず背筋に冷たいものを感じていた。


「……ほどほどにしておこうか」

 そう結論付けて、とりあえず今日の実験を終える。すると、ちょうどこのタイミングで部屋にノックがあった。


「——乙葉ー。お風呂、出たぞー」

 実父のその声に、娘の方もすぐに反応。

「はーい」

 それまで持っていたジャンク品を適当に放り出し、着替えを持って自室から出ようとしていた。


 ただ、部屋のすぐ外で——

「——!」

 何故か、劉玄が難しい顔で立っている姿を発見。乙葉は父親のいつもと違うその行動に、何やら嫌な予感を覚えていた。

「……どうしたの……?」


 あからさまな警戒感を前面に出していたのだが、一方の実父はその一切を無視してから、真剣な様子で切り出す。

「……乙葉。やっぱり、風呂には先に入ってもいいぞ。部活もバイトも頑張ってるようだし、疲れてるんじゃないのか?」


 表面的には、娘のことを気遣う優しいパパの態度だったが——

 以前、狂った本音を風呂場の外で立ち聞きしている乙葉は、そこでその双眸に暗い陰を宿していた。


「……そういえば、父さん」

「え……?」

「色々あって忘れてたけど……先日の合宿の時……家を出る前に、私のバッグに何か入れなかった?」


 この静かな詰問に——

「——ッ⁉」

 劉玄は一気に顔色を悪化させる。

「私の勘違いなら、別にいいんだけど……?」

 一方の娘がなおも追及していると、実父は額に玉のような汗をびっしりと浮かべながら、そこで回れ右をしていた。


「……あ、そうだ。お父さん……これから、山へ芝刈りに行くんだった。うっかりしていたよ……早く行かないと……」

 このあからさまな虚言に、乙葉は同じ視線を保ちながら続ける。


「……そう……もう外は真っ暗だけど、気をつけてね。あ、そうだ。もし、そこにゴムの樹があったら、保全活動に取り組んでおいてね。限りある資源を無駄にしてるかもしれないから……」

「う……うん……」

 一方の劉玄はさらに顔色を悪化させながら首肯すると、逃げるようにそこから去っていた。


 取り残された乙葉はしばらく沈黙したあと、そこで大きな溜息をする。

「……まったく……」

 ただ、ずっとここに留まっているつもりもなかった。すぐに下の階へ向かうと、洗面所に直行する。


 だが、そのドアを開けた直後——

『——わ……ッ⁉』

 そこで、何故か拓次と鉢合わせをしていた。その実弟は何やらひどく焦っていたが、乙葉には理由がよく分からない。


「……拓……何してるの? 私が先のはずだけど?」

「ね……姉ちゃんには関係ないだろ……」

 相手がその視線を泳がせている理由もよく分からなかったが、乙葉にはそれよりも気になることがあった。


「……今更だけど」

「?」

「こんな風に、いきなり顔を合わせても、実の姉だと認識されるんだね……」

 少し前までは、実の兄だったのに。そんな言葉が裏に隠れていたのだが、一方の拓次はそれを理解して、何故か安堵した様子だった。


「どう見ても……兄貴には見えないだろ。鏡見てみなよ」

 その指先につられて、乙葉が視線を移す。そこに映るのは確かに一人の女子であり、その認識に異論はなかった。

「……それも、そっか」


 すると、ここで拓次がそそくさと退室する。

「じ……じゃあ、俺はこれで……」

 ただ、その様子には、どうしても違和感が残った。


「……あいつ……やっぱり、なんか変だったよね……?」

 乙葉が思わず独りごちるが、どんなに考えてもよく分からない。また、以前にも似たようなことがあったような気がしていたが、結局よく思い出せなかった。



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