第51話 寄り道

 乙葉と京華は掃除の残りを手早く済ませると、すぐに弓道場をあとにしていた。その帰り際に、文奈と辰興が乙葉に憂慮の視線を向けるが、その後輩は沈黙するのみ。ただ、京華がずっと傍に寄り添っていたため、とりあえず全てを任せることにしていた。


 一方の二人は駐輪場に辿り着くと、いつものように自転車に跨って下校をする。その途中、たまに立ち寄るコンビニへと京華が自然に吸い込まれていた。親友のことを置いて行く訳にはいかないため、乙葉もその背を追う。二人が入店してから直行したのは、店内にある冷蔵装置の前だった。


 なんでも、今日は新商品のスイーツの発売日らしい。京華が事前にチェックをしていたようだ。その女子らしい行動は結構なのだが、今の乙葉は、それを素直に喜ぶ心境には程遠い。その顔に暗い陰を落としながら商品棚を見つめていると、隣から鋭い指摘があった。


「……日高先輩と何かあったのか?」

 その固有名詞を耳にして——

「——!」

 乙葉がびくりと身を震わせる。そのまま硬直していると、京華がおもむろに視線を向けていた。


「……さっきの話を聞いてからだからな。お前がおかしくなったの。さすがに分かるぞ」

 自身の理解を率直に述べていたが、相手からの反応は何もない。そのため、続けて疑問を投げ掛けていた。


「でも、先輩の弓道に対する想いと今のお前に、なんの接点があるんだ?」

 しかし、一方の乙葉はやはり無反応。そこで、本気ではなかったのだが、京華は少し踏み込んだ発言をしていた。

「……お前が何も喋らないんなら、先輩に直接聞いてみるぞ?」


 すると——

「……意味ないよ……」

 と、乙葉が小声で呟く。それを聞いて、京華がニンマリとしていた。

「お。やっと反応した」

 だが、一方の乙葉はまだ視線を合わせようとしない。


「なんていうか……私が勝手に負い目を感じているようなものだから……」

「勝手に負い目? なんだそれ?」

「……ごめん。それ以上は話したくない……」

 そのまま、再び沈黙してしまう。それを見て、一方の京華はここで急に雰囲気を変えていた。


「……分かった」

「……?」

 その変化に乙葉が気づき、思わず顔を向けている。すると、京華が真顔になり、一方的に告げていた。


「これ以上は踏み込まない。でも、このままだと俺が困る。忘れろとは言わない。とりあえず、棚上げにしろ。さもなくば、ここで強硬手段に打って出るぞ。店員にじゃなくて、お前に肉まんを二つ注文してやる」


 ただ、その最後の言及と同時に、両手がもう何度も見ている卑猥な動きを始めている。この空気を読まない言動に、乙葉は一気に脱力していた。


「……京華……」

「さぁ、どうする?」

「なんか、もう……バカバカしくなってきた。というか、今日はずっとこんな調子じゃないか……」

「何度も言うが、お前の胸が魅力的なことが最大の原因だ」


 一方の京華は、そのふざけた主張を曲げない。乙葉は親友のおっさん化が以前よりも進行しているようにしか思えず、とにかく頭が痛かった。


 その反面、京華のこの気楽さには救われているような気もする。先程よりも幾分か気分が和らいでおり、ここで思考を切り替えることができていた。


「とにかく……私がウジウジ悩んでいたところで、現状が何も変わらないことだけは分かったよ。先輩のことは……追々考えるよ」

 その様子を見て、一方の京華は小さく頷く。

「何か動く時は、俺も混ぜろよな。先日の委員長の時みたいに、今度は仲間外れにするんじゃないぞ」


 この一方的な介入宣言を聞いて、乙葉はようやく思い出していた。そもそも、京華の余計な言動がなければ、今のような事態にはなっていないことを。そのため、この親友を巻き込むことになっても、それはそれで当然だとも感じていた。

「……覚えておくよ」


 ふと——

「——あ、そうだ。話は変わるけど」

 京華が急に何かを思い出す。

「?」

 乙葉が怪訝そうに首を傾げていると、一方の親友は何気に確認をしていた。


「俺達って、誕生日が近かっただろ?」

「……そういえば、そうだったね。それが仲良くなった一因でもあるけど……あ、もうその日が近いのか……」

 乙葉がそんな事実を思い出していると、京華がここで突飛な発言をする。


「去年までは、あまり気にならなかったんだけど……なんか最近、物足りなかったような気がしてるんだよな」

「物足りない?」

「ああ。だから……プレゼント交換とかやってみないか?」


 この提案に——

「——!」

 乙葉が驚いていると、京華はなおも促していた。

「せっかく記念日が近い者同士なんだからな。どうだ?」

「それは……」

 と、乙葉はしばらく思案していたが、すぐに色よい反応をする。


「……うん……いい傾向じゃないか……」

 先程は親友のおっさん化を懸念していたが、この発想に関しては非常に女の子っぽい。本人は自身の変化に何も気づいていない様子だったが、ここはその流れに乗る方が得策だと感じていた。


 ただ、京華にはその反応の意味が分からない。

「うん? どした?」

「え……! いや、なんでもないよ……」

 一方の乙葉は慌てた様子で適当に流すと、ここで大きく頷いていた。


「分かった。こっちもプレゼントのことは、何か考えておくよ」

「楽しみにしてるからな」

 京華も同様にすると、そこで視線を目の前の棚に戻す。次いで、本来の目的である新作スイーツを確保。隣の乙葉も同じものを手にしたことを確認すると、一緒にレジへと向かっていた。


 ただ、その会計を終えて、店の外に出た直後のことだ。

『?』

 二人の目の前を、ちょうど一台の緊急車両が通り過ぎる。サイレンを鳴らしている救急車だ。反射的に揃って道の先へ視線を向けると、何やら騒然とした空気がコンビニの駐車場まで届いてきた。


 京華が顔をしかめる。

「なんだ? 何かあったのか?」

 すると——

『——!』

 少し離れた道路上に、一台のトラックが横転している光景が。それを見て、乙葉はすぐに状況を悟っていた。


「どうやら……事故みたいだね。店内にいたから、気づかなかった」

「……俺達も行くか?」

 京華が何気にそんな提案をしていたが、一方の乙葉は首を横に振る。


「もう、救助隊が来てるよ。さすがに、その必要はないんじゃないかな」

「……ま、そうだよな」

 京華もすぐに現状を理解したようだ。自分達にできることは何もない。二人はそう判断すると、邪魔にだけはならないよう、少し遠回りになる帰路を選択していた。



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