第46話 二つ目のハードル

 無事にウォークラリーが終了し、生徒全員が宿泊施設へと戻って来ていた。瑠理愛は最終的に、同じクラスの最後の班に回収されたようだ。その後、ゴールに到着してからは、何食わぬ顔で元の班に戻っている。これで成長できたのかは定かでなかったが、乙葉はとりあえず安堵していた。


 次いで、生徒達はそのまま班ごとに夕食の食材を受け取ると、すぐに調理の準備へ入っている。これもオリエンテーションの一環で、自炊をしながら仲間達との絆をさらに深めることを主目的としていた。


 献立は定番のカレーであり、班ごとに飯盒炊飯の係と鍋の係に別れている。乙葉と京華は前者の担当になり、まずは枯れ木集めからスタート。その後、釜戸で火起こしをして薪に充分な熱量が宿ると、飯盒を吊るしてから二人で番をしていた。


 ただ、乙葉が経過報告のために他の女子達の元へと一人で向かった時、そこで頭を抱える事実を知ることになる。どうやら、この役割分担は、京華の男っぽさが原因のようなのだ。同じ班の他のメンバーには、親友が包丁を持つ姿が全く想像できない様子だった。


 やはり、今の状況は非常によくない。そんな感想を抱いたのは夕食の最中も同じで、豪快にカレーを平らげる京華に、ずっと意味深な視線を向けていた。


 その対応も頭の片隅に置きつつ——

 まずは、目前の難問と向き合う。無論、このあとにある入浴の問題だ。ただ、前もって予定されていた通り、乙葉と京華はキャンプファイヤーの準備に回っている。今日は天候にも問題がないため、この一つ目の難関はなんとか突破できそうだった。


 乙葉と京華は教師達と共に施設の倉庫に赴くと、その中から指示された道具を運び出す。それらを指定の位置に移動させている最中、親友が急に口を開いていた。


「それにしても——」

 と、何気に隣へと語り掛ける。

「キャンプやってる訳でもないのに、ファイヤーとはどういう了見なんでしょうかね。今更だけど」

 このどうでもいい感想に、一方の乙葉も適当に答えていた。


「……こういうのは、気分だよ。もしくは、儀式みたいなものかな。楽しければいいんじゃないの?」

「でも、風呂のあとに点火式をやるみたいだぞ。この場所でこの季節だと、風邪ひくんじゃないか?」


 京華が平地との差を肌で実感している様子だったが、隣の乙葉はそこまでの心配はしていない。

「そんなに時間は取らないみたいだよ。実際に火がついて暖かくなってくれば、問題ないんじゃないかな」

「そういうもんかねー」

「それに……私達は、これで助かってるんだし」


 この指摘に、一方の京華は小さく頷いていた。

「ま、そうなんだけどな。俺達にとっては僥倖だよな」

 すると、ここで乙葉が先刻の記憶を思い出す。

「……京華。しばらく忘れてたけど……言葉遣い……」

 半眼になって告げていると、隣からは惚けた反応が返って来た。


「うん? なんか問題でもあったっけ?」

「……せめて、一人称だけでも改善しない? 俺、じゃなくてさ……」

「あー……なんていうか、もう慣れなんだよな。三つ子の魂百までって言うじゃん。十五過ぎてたら、今更無理だと思わないか?」

 この切り返しに、一方の乙葉は自身を意識しながら断言。


「……私はできてるけど?」

「……そうだな。お前の方は……もう元には戻れないほどに染まってるよな」

「な……⁉」

 と、乙葉が絶句した時のことだった。


 ちょうど、キャンプファイヤーが行われる現場まで辿り着いたところで——

「——あ! 和泉さん! やっと来た!」

 その呼び声と共に、誰かが駆け寄ってくる気配が。

『?』

 乙葉と京華が立ち止まって顔を向けると、相手も傍で足を止める。そこには、肩で息をしている瑠理愛の姿があった。


「……探しました。ちょっと……和泉さんの方にだけ、内密のお話が……」

 ただ、その発言の通り、意識はずっと乙葉の方に向いている。内容も隣には伏せようとしているため、一方の京華はおどけた様子で割り込もうとしていた。

「うん? なんだ? 俺には内緒か? 仲間外れはイジメだぞ。ダメ、絶対」


 もっとも、乙葉は学級委員の切羽詰まった様子から、ただ事ではないと判断。とりあえず、親友のその戯言は放置していた。

「いいから。ちょっとだけ、ここで待ってて」

「むぅ……」

 京華が口を尖らせていたが、その場を離れた二人を追ってはこない。それを確認してから、乙葉は改めて相手に向き直っていた。


「……それで、何かあったんですか?」

 すると、瑠理愛はなんともいえない顔で切り出す。

「……実は……先日にお約束した、このあとの件が流れてしまって……」


 その内容が——

「………………え?」

 乙葉にはなんのことだか、すぐに理解できない。思わずポカンとしていると、一方の瑠理愛はなおも申し訳なさそうにしていた。

「つい先程、先生方に聞いたんですが……明日の準備、今日の朝にいかがわしい物を持ち込もうとしていた、うちのクラスの子の罰に充当されたようで……」


 ここまで聞いて——

「な……⁉」

 ようやく、その意味を理解した乙葉が絶句する。一方の瑠理愛は、この結果になおも小さく頭を下げていた。

「だから……ごめんなさい。お約束……果たせませんでした……」


 要するに——

 今日の入浴問題における二つ目の解決方法が、ここで座礁したということだ。その事実に乙葉が愕然としていたが、そもそも例の三人組に例のアレをなすり付けたのは自分である。その上、根本的な原因は自身の身内にあった。


 これでは——相手を責める謂れは微塵もない。

「……いえ……敷嶋さんのせいじゃないです……どちらかというと……うちの親のせいですから……」

 思わず顔面を片手で抱えながら唸っていたが、一方の瑠理愛には、なんのことだかさっぱり分からなかった。


「え? それってどういう……?」

「……詳しくは聞かないでください……」

「……?」

 なおも瑠理愛が首を傾げていると——

 不意に、乙葉の背後に何者かの気配が出現。


 さらに——

「——おーとは」

 と、急に抱き着かれていた。

「——⁉」

 乙葉が慌てて振り返ると——

 そこには、いつの間にか接近してきた京華の顔が。


「そういえば……このあとは、お前とのお楽しみタイムだったよな? ちゃんと下の方の処理はしてきたんだよな? んん?」


 この戯言に——

「——ッ⁉」

「……し……下の処理って……」

 乙葉だけでなく、瑠理愛も赤面しながら言葉を失っている。そんな二人の反応などは微塵も気にしない様子で、京華はなおもセクハラモードを全開にしていた。


「ふふふ……さて、約束通り、しっかりと隅々まで調べてやるからなー。覚悟はちゃんとできてるかー?」


 が——

「……うん……?」

 ここで、京華は相手の様子がおかしいことに気づく。

「……乙葉? どうかしたのか?」

「……和泉さん?」


 一方の瑠理愛も何やら異変を感じていた——

 その直後だった。

 乙葉が——

「——ッ——!」

 急に全身の力を失い、後方に倒れ込もうとする。


 この突然の事態に——

「——おいッ! 乙葉!」

 ちょうど背後にいた京華が慌てて支えていたが、既に相手には意識がない様子だった。


 故に、ゆっくりとその身を地面に寝かせながら、改めて容体を確認。

 すると——

「——ッ! おいおい……すごい熱じゃないか……!」


 乙葉の額に手を当てたところで、京華は相手の状態をやっと理解していた。ただ、どうしていきなりこうなったのか。先程までは、なんの異常もなかったのに。完全に狼狽していたが、ここで瑠理愛の方が冷静な判断をしていた。


「……水城浦さん! 私、すぐに先生を呼んできます!」

 そう言いながら既に走り出していたため、京華はその背に懇願する。

「……頼む……!」


 次いで、改めて目の前の患者に意識を戻していた。

「……乙葉……どうして、急に……」

 だが、やはりその原因には見当がつかない。京華の内心では言い様のない不安が広がっており、しばらく相手の手をしっかりと握り締めていた。



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