第44話 過去の清算
一部で混乱があったものの、碧央学園一年生御一行様は目的地に向けて定刻通りに出発していた。これから三時間ほど掛けて、県外の合宿所に向かう。ただ、長時間の移動になるため、途中では高速道路のサービスエリアでの休憩も予定されていた。
その中継地点に到着する直前のことだ。乙葉の真横に座っていた京華が、スマホの画面で何かを確認した直後、全く視線を向けずに告げる。
「……乙葉、悪い」
「え? 何?」
流れゆく外の景色を堪能していた乙葉が何気に振り向くと、親友は真面目な表情で懇願していた。
「さっき相談するかもって言ってたことなんだけど……このあとすぐでもいいか? サービスエリアに入ってからのことなんだけど……」
どうやら、出発前に何やら口籠っていた件らしい。今も直視しているメールの内容と何か関係があるようだ。ただ、確かに承諾はしているが、このタイミングは想像していなかった。
「それは……突然だね……」
「……トイレだけ済ませたら、人気のない場所で話がしたい。売店で買い物とかはできないけど、それでもいいか?」
この確認に、乙葉は小さく頷く。
「……分かってる。細かいことは、誰かに聞かれたくないからね。合宿所に到着してからだと、どこに耳があるか分からないし。お土産は帰りにでも買おうか」
「助かる……」
一方の京華はそれだけ呟くと、なおもスマホの画面を真剣な表情で見つめていた。
そのまま、バスは途中のサービスエリアに到着する。二人は真っ先に車両を降りてトイレに直行すると、すぐに出てきて合流。その施設はちょうど川沿いにあったため、二人は本流を見下ろせる静かな場所まで移動していた。
次いで、まずは乙葉が確認をする。
「それで、どうしたの? もしかして、先日も気にしてたメールと何か関係ある?」
この問い掛けに、一方の京華は視線を外して沈黙。どうやら、正解のようだ。ただ、親友のその様子から、このまま無神経に問い詰めるのは良くない気がする。乙葉がそう判断して静かに待っていると、京華が不意に聞き返していた。
「……お前は
その固有名詞を聞いて——
「——!」
乙葉が驚いている。そのまま何やら複雑な表情になっていると、一方の京華は顔を戻しながら改めて事実を告げていた。
「……知ってると思うけど……俺の元カノだ……」
ただ、その発言を聞いて、乙葉は思わず口を滑らせる。
「……今の京華が言うと、なんか別の意味に聞こえるよね……」
「……おい」
「あ、ごめん……どうぞ」
乙葉が一瞬で反省すると、親友は気を取り直してから続けていた。
「……実は……今もメールのやり取りだけは続けてるんだよ」
この意外な告白に——
「え……」
乙葉が微妙な反応をしていると、一方の京華は視線を泳がせる。そして、とにかく困った様子で切り出していた。
「それで……なんか、向こうが……また俺に会いたいみたいな空気を出してきてるんだよな……」
ここまで聞いて——
「……それは……」
乙葉も困惑するしかない。メール相手の心情を色々と慮ってみたが、どう考えてもその願いが叶うようには思えなかった。
一方の京華も似たような心境で確認する。
「……絶対に無理だよな?」
「それは、言うまでもないけど……」
乙葉も即座に同意していたが、そこで根本的な後処理について疑念が生じていた。
「というか、そもそも、ちゃんと別れてなかったの?」
この問い掛けに、京華は重い口を開く。
「……乙葉は俺達が別れた理由を知ってるのか?」
「……いや……あまり聞かない方がいいのかと思って……」
その心配りに京華は小さな微笑で応えたあと、詳しい経緯を語っていた。
「……別に、ケンカとかでもないんだよ」
「え……」
「……いつからか、比奈が俺と付き合ってるのは、財産目当てだとかいう嫌な噂が立ったんだよ。それを本人が嫌がって、徐々に疎遠になったんだ。俺の方は……それで友人関係に戻ったと思ってたんだけど……」
乙葉は初めて聞いた事の顛末に、ようやく状況を理解する。
「……なるほど。そういうことだったんだ……」
「向こうは、未練があったのかもしれない。こうやってアプローチをすれば、すぐにでも会えると思ってるんだろうけど……まさか、こっちがこんな風になってるとは、夢にも思ってないだろうからな」
京華はそこまで言うと改めて自分の全身を確認していたが、どこからどう見ても普通の女の子だった。
乙葉も自身の状態を再確認してから同意する。
「……それは……そうだよね……」
「なんにしても、メールだけなら問題ないと思って、関係をダラダラと続けてたんだ。それが……今回、こういう展開になった訳でありまして……」
そのまま言葉尻を小さくしていると、乙葉が改めて元カノの心境を想像していた。
「卒業と同時に顔も見なくなったことで、想いがさらに募って来た。そんなとこかな……」
「……どうしたらいいと思う?」
この率直な相談に——
「それは……」
乙葉は即座に返事ができなかった。京華はまだ男に戻れると思い込んでいるため、その先を見据えているのだろう。だが、本当はもう元には戻れないのだ。寄りが戻ることも絶対にないため、元カノには同情を禁じえなかった。
そのため、努めて慎重になる。
「……そもそも、京華はどうなの?」
「うん?」
急な問い返しに親友が首を傾げていると、一方の乙葉は細かく確認をしていた。
「……自分の気持ちだよ。
「……俺は……」
と、京華は一度考えたあと、きっぱりと明言する。
「……こんな状態だからってこともあるけど、気持ちは切れてるんだよな。恋愛感情とかは、今はもうない」
それを聞いて——
乙葉は明確に告げていた。
「だったら、早めに清算した方がいいと思うよ……」
「!」
「……私達、いつ……」
ただ、そこで思わず口籠る。
「?」
一方の京華が訝っていたが、乙葉は構わずに続けていた。
「……いつ、男に戻れるか分からないんだ。その上、気持ちも切れてるんじゃ、向こうが可哀そうだよ」
「……そう……だよな」
「新田さんが傷つかないように、優しい嘘で徐々に関係を慣らしていこう。きっと、それがいいよ」
この提案に、京華が小さく頷いている。すると、乙葉はここで別の案件を不意に思い出していた。
「……とにかく、新田さんには誠意をもって。うちの部長とは正反対の方向でいこう」
この後半の言及に、一方の京華は適当に反応する。
「あ……そういえば、もう一人いたよな。あっちは……まぁ、放置でいいか」
この無下な扱いには、乙葉も小さく苦笑するだけだった。
「……そうだね」
それ以降は、特に大きな話題もない。そのため、まだ時間的には早かったが、揃ってバスに戻っていた。
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