第42話 病気が悪化している実父

 乙葉がアルバイト先での勤務を終え、帰宅した直後のことだった。

 玄関のドアを開けたその瞬間——

「——乙葉——ッ!」

 と、実父の顔がいきなり目前に迫る。


 このあまりにも唐突な事態に——

「——う——わ——————ッ⁉」

 乙葉は反射的に足が出ていた。

「おぶぅッ⁉」

 一方の劉玄は腹部にその一撃を受けたことにより、倒れ伏して悶絶している。それでも、落涙しながら娘に手を伸ばそうとしていた。


「……うう……おとはー……」

 だが、当の娘には全く意味が分からない。

「いったい……何事⁉」

 その場で立ち竦んでいると、騒ぎを聞きつけた実母が台所から顔を出していた。呑気な様子で。


「あらあら、ごめんなさいね、乙葉ちゃん」

「……母さん。これ、なんなの?」

 と、不躾に人差し指を実の父親に突き付けていると、若菜はこの状態に至った経緯を事細かに話していた。


「それがね……今度の合宿って、乙葉ちゃんが丸一日以上家を空けることになるでしょ? それが、どうもお父さんの想像力を掻き立てたみたいで」

「は? 意味分かんないんだけど?」

「要するに……乙葉ちゃんが家からいなくなることが、乙葉ちゃんがどこかに嫁入りした場面を想起させちゃったようで」


 ただ、ここまで聞いて——

「………………は?」

 乙葉は極めて蔑んだ視線を実父に向ける。それには気づかない様子で、実の母親も劉玄のことを見下ろしていた。

「お父さん……もう現実と妄想の区別ができていないようなの。一時的なことだとは思うんだけど……」


 すると——

「——乙葉!」

 と、急に劉玄が回復し、娘を意味不明に引き止めようとする。

「お前のことは……決して、どこにも嫁などには——!」


 それに対して——

 乙葉は先程とは違い、ちゃんと意識をして蹴りを放っていた。無表情で。

 その結果——

「——げぶぅッ⁉」

 劉玄は同じ場所にとどめを刺されて倒れ込む。それでも実父が狂った視線を向けてきたため、娘は蔑視の豪雨を降らせていた。


「……そう……もう……元の関係には戻れないんだね……」

「ま、待て、乙葉! せめて……お守りだけは肌身離さず、しっかりと——」

「……さよなら……」

「乙葉——————ッ!」


 と、劉玄が何やら手を伸ばすが、乙葉は一切振り返らずに進む。そのまま二階の自室に籠ると、通学鞄を適当に放り出してから、ベッドの上にダイブしていた。

「……あー……いつも以上に疲れた……」


 それだけ呟くと、このまま熟睡したくなる。だが、すぐに身体を反転させて、上体を起こしていた。

「……いや……ここで寝落ちしちゃダメだ」

 そう独白すると、通学鞄を手元に引き寄せて、スマホを取り出す。


「敷嶋さんのことだから、抜かりはないと思うけど……一応、他にも何か手段が用意できないかどうか、探しておこうか……」

 次いで、目的の人物の番号を検索。すぐにコールをして電波で繋がると、まずは相手に近況の報告から行っていた。


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