第40話 テンプレな難問

 同日の昼休み。乙葉と京華は昼食を終えると、例の三人組との約束を果たすため、生徒会室を訪れていた。悠馬は授業以外の時間をほとんどここで過ごしているらしく、すぐに出迎えがある。二人がそこで一連の事情を説明すると、相手はいつもの爽やかそうな笑顔で頷いていた。


「なるほど。直接の話がついたのか。それならば、こちらも手間が省けて助かる。分かった。これ以上彼女達を死地に追い込むのは、やめることにしよう」

 ただ、この発言を聞いて、京華が思わず頬を引きつらせている。

「……死地……その単語……日常生活で初めて聞いたんだけど」

 だが、悠馬は真顔でしみじみと語るだけだった。


「私は既に大人の社会に足を半分突っ込んでいるから分かるのだが……あそこは戦場だよ。あと数年もすれば、君達もその単語が身に染みる時が来るのかもしれない。それに比べれば……今という時間が、如何に穏やかな揺り籠の中であると思い知ることか。君達も青春は大事にしたまえ」


 何やら大仰に頷いていたが、それを見た乙葉は思わず口を挟む。

「その青春を謀略に全振りしている人にだけは言われたくありません」

 この指摘に、一方の会長は朗らかに笑ってから室内の一角へと視線を向けていた。

「これは一本取られたみたいだ。君もそう思うだろう、舟江君」

「仰る通りです」


 いつの間にか——

『——!』

 そこに、他の上級生の姿が。いつもと同じ唐突な登場に、乙葉も京華も言葉を失っていると、悠馬が自身の野心を垂れ流しにしていた。こちらも、いつも通りに。


「その対価……私は確実に掴んでみせるよ……ククク……」

「……なんかもう……帰るか」

 京華のこの提案に、乙葉が無表情で頷いている。すると、その前に悠馬が何かを思い出し、口を開いていた。


「あ、そうそう」

『?』

「新入生は月末にオリエンテーション合宿があるはずだが……二人もそれには参加するのかね?」

 この確認に、京華が何気に反応する。

「……まぁ、授業の一環ですから」


「うちの学園は年間契約で県外の別荘地に優良物件を押さえてあるのだが、私の情報網も、さすがにそこまでは完璧に網羅ができていない。私のサポート能力が低下するので、その辺は覚えておいてくれたまえ」

 この注意事項を聞いて、乙葉が適当に頷いていた。

「……はぁ……まぁ……はい。分かりました」


「ただ、その代わりという訳ではないが……あそこは非常に壮観な眺望が広がっている。行っておいて損はない。それに、宿は源泉かけ流しの湯で格別だ。一度は入っておくべきだろう。あの施設は大人数をさばくために、大浴場をいくつか完備しているが、どれも条件は同じだよ」


 ここまで聞いて、京華が何やら物思いに耽る。

「……温泉……か。確かに、最近は色々あったからな。日頃の疲れをそこで癒せればいいかもな……」


 ただ、乙葉はその心からの感想を聞いた直後——

「………………うん……?」

 ふと何かに気づき、一瞬で表情を強張らせていた。


 その様子を不審に思った悠馬が何気に聞く。

「どうかしたのかね?」

「?」

 一方の京華も同調して顔を向けると——

 乙葉はここで、絶対に確認しておかなければならないことを尋ねていた。


「……あの……会長。その……大浴場というのは、もしかして……クラスの皆と一緒に入るんですか?」

「無論、その通りだが?」


 この即答に——

『——ッ!』

 京華もやっと状況に気づいたようで、一気に深刻な表情を作る。だが、その意味が悠馬には全く分からない様子だった。

「ん? 何かあったのかね?」

 そんな会長は放置して、乙葉は小声で隣に話し掛ける。


「……ちょっと! 京華……!」

 すると、親友も同じ声音になってから、小さく頷いていた。

「……分かってる……!」

「さすがに、これは……」

「……ちょっと——いや、かなりマズいよな。俺達、中身は男なんだから……クラスの他の女子達と一緒に入るなんて……」


 客観的には——特に問題はないことだ。今の二人には男子だった頃の性欲もないため、他の女子の全裸に欲情したりもしない。だが、記憶は確かに残るため、こればかりは良心の呵責があった。


 もっとも、京華に関しては、本当は認識違いではある。ただ、乙葉は現状それを気にする余裕は全くなく、同じ調子で続けていた。

「……どうにかして、回避する手段を探さないと……」

「でも……実際に、どうするんだ?」

「それは……」

 と、そこで言葉に詰まった時のことだ。


「……もしや、二人にはクラスメイトと共に入浴できない理由でもあるのかね?」

 悠馬が正鵠を射た指摘をする。

『⁉』

 乙葉と京華が慌てて振り向くと、その反応で会長はおおよその理解をしていた。


「……ふむ。よく分からないが……ならば、徳を積んでおくといいかもしれないな」

 だが、この意味不明なアドバイスに、二人は大きく首を傾げる。

「徳……ですか?」

 乙葉のこの確認に、一方の悠馬は大きく頷きながら語っていた。


「ああ。確か、今回も毎年恒例のキャンプファイヤーは行うのであろう?」

『!』

「私も予定表を一読しているが、その準備は、確か入浴と同じ時間帯に行われるはずだ。その手伝いをする者は、入浴の時間がズレるはずだと記憶している。私が仕入れた情報だと、君達のクラスがそれに充当されているはずだが?」


 これを聞いて——

『——それだ!』

 乙葉と京華が思わず同時に叫ぶ。

「!」

 その過敏な反応に悠馬が驚いていると、乙葉の方が今の品のない言動を恥じていた。

「……あ」

 ただ、一方の会長は何も気にせず続ける。


「……自発的に手伝いでもすれば、教師陣も君達二人に色々と便宜を図ってくれることだろう。しなくても根回しはそもそも完璧だが、他の生徒への体裁もある。その方が成功確率は上がることだろう」

 なおもアドバイスをしていると、ここで京華がおもむろに向き直っていた。


「……会長」

「ん? 何かね?」

「あんた……実は、できる男なのか?」

 この何気ない確認に、悠馬は変わらない野心をその満面に表す。


「今更気づいたのかね? では、その旨を本家の方に満遍なく伝えてくれたまえ。一部の欠損もなく」

「……え……ああ……はい……」

 京華が適当に返事をする中、一方の乙葉はここで親友を促しながら、そろそろ退室することにしていた。


「……とにかく、貴重な情報をありがとうございました」

「うむ。楽しんできたまえ」

 悠馬はそう言いながら二人を見送ると、傍に控える凛子に何かの指示を出す。それに従者は即座に従い、例の女子三人組に行っている何らかの裏工作を停止する準備に入っていた。



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