第四章 オリエンテーション合宿

第38話 幼い学級委員

 四月も半ばが過ぎた頃の平日のある日——

 授業前のホームルームで、今月の末に予定されている学校行事の話し合いが行われていた。一連の進行を取り仕切っているのは、前回の同じ会合で学級委員に選出された一人の女子。自ら立候補した、なかなかの強者だ。ただ、彼女が壇上に立つその光景には、クラスメイト全員が小さな違和感を覚えていた。


「——では、先程決まらなかったお手伝い係に関して、皆さん持ち帰ってから、しばらく考えてみてください。気が変わった人がいれば、私のところまで。誰もいなかった場合は、私が勝手に決めることになるので、そのつもりでいてください。では、これでホームルームを終了します」


 滑らかな口調でそう言い残し、その学級委員——敷嶋瑠理愛しきしまるりあは壇上から降りる。ただ、クラスで最も背が低い女子であるため、誰の目にも段差が他者の場合より大きく見えた。


 もしかしたら、足を踏み外すのではないか。そんな憂慮から全員が思わず息を呑む中、彼女はそのツインテールをなびかせながら、造作もなく下の床に舞い降りていた。


 どうやら、杞憂だったようだ。クラスメイト全員が同時にそう感じた直後、緊張感が解けたように、各々が自由に移動を始めている。室内はすぐに、いつもの雑多な空気感に支配されつつあった。


 そんな中、京華が何気に乙葉の元へとやって来る。ちょうど空いたばかりの前の席で後ろ向きに座ると、ふと疑問を口にしていた。

「あれ、なんでなんだろうな?」

「うん? 何が?」

 一方の乙葉が、その端折り過ぎた疑念に首を傾げている。すると、京華は室内の一角に視線を向けながら続けていた。


 そこには——例の瑠理愛の姿がある。

「敷嶋さんのことだよ。なんで学級委員を自らの意思で引き受けたんだ? どう見ても、クラスに一人はいるテンプレ妹キャラだぞ。立ち位置を間違えてないか?」

 そう言いながら視線を戻していたが、一方の乙葉は今の発言が相手に聞こえていなかったかどうか、気が気でなかった。


「それは……本人に対して失礼な物言いのような気がするんだけど……」

 だが、一方の京華は一切構わずに問い直す。

「お前は何か聞いてるか?」

「……うーん……」

 と、乙葉が小さく唸っていると、ちょうど傍をクラスメイトの男子が通り掛かったため、不意にそちらへと意識を移していた。


「あ、佐藤君! ちょっといい?」

「——え⁉ な……何かな、和泉さん……」

 相手が急に声を掛けられて動揺する中、一方の乙葉は臆せずに尋ねる。

「敷嶋さん……どうして学級委員に立候補したのか、何か知らない? 確か、同じエスカレーター組だったよね?」


 唐突な質問だったが、一方の佐藤君は視線を泳がせながらも、知っていることを口にしていた。

「……これは又聞きなんだけど、もっと大人に見られたいからだとか、なんとか。彼女、幼く見られることにコンプレックスを持ってるみたいで」

「え? そうなの? あの髪型や雰囲気からは……そういう意思があるようには見えないんだけど」


 乙葉が疑問を口にする中、相手も戸惑った様子でさらに語る。

「それは……敬愛するお兄さんの教えだとか、なんとか。よく分からないけど、重要なのは中身の方だけだっていう認識らしいよ」

「……ふーん……理解がなかなか難しいけど……そうなんだ」

 とりあえず、乙葉が納得していると、一方の佐藤君はどこか居心地を悪くしていた。


「……もう……行ってもいいかな?」

 そう言い残して、ここから立ち去ろうとしている。それを見て、乙葉は極めて丁重な対応をしていた。

「うん。ありがとう、教えてくれて」


 ただ、その柔らかい微笑に——

「——ッ……⁉」

 一方の佐藤君が、明らかに動揺している。それを悟られないようにするため、彼は慌ててその場から去っていた。

「じ——じゃあ……!」

 だが、乙葉は何も気づかない様子で正面に向き直る。


「……だってさ。敷嶋さんも色々と苦労してるみたいだね」

 何気ない口調でそんな感想を呟いていたのだが——

 傍で一連のやり取りを見ていた京華は、佐藤君の内心で何が起きていたのかを、正確に把握していた。


「……おい。乙葉……」

「うん?」

「お前……何かある時は、クラスの男子にあんな風に声掛けてるのか?」

 この追及に、一方の乙葉は戸惑う。

「え……そうだけど? 大した理由もなく、京華以外の女子に直接声を掛けるのは、まださすがに……」


 やはり、何も気づいていない様子で本音を語っていたため、その親友は小さく頭を抱えるしかなかった。

「……罪作りにしか見えないんだよな……」

「え? 何? なんのこと?」

「……なんでもない。あとで苦労するのは、お前なんだからな」

「?」

 そこで一旦会話が止まるが、すぐに京華が話題を切り替える。


「それよりも、もう一つ。さっき委員長が言ってた……お手伝い係だったか? 内容はなんだっけ?」

 この問い掛けに、乙葉も先程のホームルームの時間を思い出していた。

「今度のオリエンテーション合宿で行うキャンプファイヤーの準備係。各クラスに振り分けられた責務の中で、うちのクラスにはそれが充当されたんだって。聞いてなかった?」


「あー、それそれ。さっき、立候補がない場合、勝手に決めるって言ってたよな。二人だったか? その場合、一人の枠はお人よしの乙葉にご指名が入りそうな気がするんだよな」


 この突飛な憶測に、一方の乙葉は半眼になる。

「……大人のお店みたいなノリで言わない。というか、私ってそんな風に見える?」

「そんな風にしか見えないぞ」

「……!」

 乙葉が思わず言葉を失う中、京華はなおも同じ調子で続けていた。


「それで、実際に白羽の矢を向けられたらどうするんだ? 弓道部員なだけに」

「それは京華も同じでしょ? そういう発想の場合、私とセットにされる可能性も高いんじゃないの?」

「う……失言だった……」

 そのまま親友が口籠る中、乙葉はそこで何気ない会話を終わらせようとする。


「とにかく、仮定の話には答えられないよ。考える意味もないかな」

「何か嫌な予感がするんだよな。面倒なことにならないといいんだけど……」

「不吉なことのようにも言わない。結局、誰かがやらなくちゃいけないんだから」

 と——

 そこまで雑談が続いた時のことだった。


 急に——

「——ねぇ……ちょっと……いい……?」

 真横に人の気配が発生して、二人が同時に振り向く。

『?』

 すると——

「——あ……お前ら……!」

 そこには、例の女子三人組の顔があった。


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