第31話 想定外の展開
翌日の放課後。乙葉と京華はアルバイト先が決まったことを報告するため、部長の元に向かっていた。ただ、弓道場でそれを行うと厄介なことになる可能性があるため、二年生の教室に直接赴いている。事前に目的地の外の廊下で待ち合わせをしておいたところ、室内で待っていた文奈がすぐに顔を出していた。
その開口一番——
「なるほどー。普通の喫茶店になっちゃったのか。お姉さん、ちょっと残念」
先日の戯言が飛び出して来たため、京華がジト目になる。
「……まだ言ってるんですか」
「だから、冗談だって。それで、どのくらい入る予定なの?」
文奈が何も気にしない様子で聞き直していると、一方の乙葉がその詳細を簡潔に伝えていた。
「基本は土休日が中心ですが、毎週という訳にもいかないので、平日の夕方も週に何日か入ります。部の方には顔を出せない日も出てきますが、それで……構いませんか?」
最後は恐る恐る確認していたが、やはり部長は気軽に応じる。
「分かった。大丈夫だよ。そんなにかしこまらなくていいから」
ただ、そこで急に顔を曇らせていた。
「あ、それと、そのバイトの件なんだけど……実は、一部の部員には、既に話が漏れちゃってね……」
「え? そうなんですか?」
京華がそれを聞いて、驚いている。その原因を探るような視線も向けていると、文奈はそこで小さな溜息をついていた。
「……まぁ、前にも言ったけど、他の部員には適当に理由を話しておくから大丈夫。あとで口裏でも合わせておこうか」
これを聞いて、乙葉が小さく頭を下げる。
「ご面倒をお掛けします」
そのまま話は終わりそうな雰囲気だったが、一方の文奈には部長として、ここで二人に忠告しておかなければならないことがあった。
「あ、それから、一つ注意事項」
『?』
「……こういう例外を作る以上、実際に部の方で活動する日は、ちゃんと真面目に取り組んでよ。ちょっと口うるさい子もいるからね……」
最後は周囲を気にしながら小声になっていると、これを聞いた乙葉が気を引き締める。
「……肝に銘じます」
ただ、一方の京華は気軽に胸を叩いていた。
「大丈夫ですよ」
『?』
「お——私は運動神経いい方ですから。すぐに上達するはずなんで、誰の足も引っ張りません」
自信満々で言い切っていたが、一方の乙葉は認識がズレていることを懸念する。
「……そういう趣旨じゃないんだけどな……」
「うん? どした?」
「なんでも……」
とりあえず流していたが、この微調整をどうするべきか。そんなことを考えていると、ここで文奈が助け舟を出していた。
「……和泉さんの言う通りだよ」
「?」
「水城浦さん。弓の道は、結果にあらず。自分自身と向き合って、己の心を養うことが本来の目的だからね。その辺、誤解しないように」
「……うえー……なんか面倒……」
と——
京華が思わず舌を出していた時だった。
三人の近くで——
「——やっぱり、そういう意識だったのね」
急に、人の気配が発生。
『!』
三人が揃って顔を向けると——
そこには、いつの間にか同じ弓道部員である美束の顔があった。
その姿を確認して、文奈が気まずい様子で呟く。
「……あ……日高さん」
どうやら、直前の会話が相手の耳に入ってしまったようだ。この言い訳には骨が折れそうだと感じていると、その行動の前に、美束が自らの主張を展開していた。
京華の方を指差し——
「部長。少なくとも、こっちの子はうちの部には不適格だと思います」
はっきりと、そう告げる。
「な……⁉」
「……ッ!」
当の本人と隣の乙葉が動揺していたが、美束は臆する様子もなかった。
「私は入部を認めたくありません。ここで今すぐ除籍にしてください」
「ち、ちょっと待って! さすがにそれは……」
文奈が慌てた様子で間に入る。だが、美束はさらに言及していた。
「こんな自由奔放を許していたら……いつか、部に悪影響が出ます。そうなってからでは遅いんです……!」
この正論に、文奈も即座には反論ができない。そのまま押し黙ってしまったため、乙葉が心配そうに部長の傍へと近寄っていた。
「……志貴崎先輩……」
「……分かってる。このまま受け入れるつもりはないから——」
と、文奈がようやく動こうとした直後——
「——言ってくれますね、先輩」
急に、京華がケンカ腰で一歩前に出る。
『⁉』
乙葉と文奈がその言動に驚いていたが、京華の視界にその様子は一切入っていなかった。
「あ、もしかして、お——私に成績でいずれ抜かれることを恐れているんですか? あー、そういうことですか……」
「ちょっと……京華⁉」
その挑発に乙葉が慌てふためく中——
一方の美束も敢然と受けて立つ。
「……へー……口先だけは達者みたいね」
『!』
蚊帳の外にされている二人がさらに慌てるが、もう第三者がこの流れを止めることはできなくなっていた。
美束も一歩前に出て口を開く。
「そこまで言うからには……今でも、あなたのその真価の一端を垣間見ることができるのかしら? 私はあなたがまともに射場に立ってるところを、まだ一度も見たことがないんだけど?」
「……もちろんです。私にとっては、朝飯前ですよ」
「なるほど……」
「ひ、日高さん? ちょっと——」
と、文奈がなんとか間に入ろうとするが、美束は構わずに話を進めていた。
「では……勝負といきましょうか。もちろん、弓で」
『——⁉』
「私が勝ったら、弓道部は退部してもらいます。逆に、あなたが勝ったら、バイトでもなんでも好きにすればいい」
「……なるほど。それは簡潔明瞭ですね」
「日高さん……! 水城浦さんも勝手に——」
文奈が再び間に入ろうとするが、状況に変化はない。美束は下級生だけを見据えながら、上から目線で告げていた。
「ただ……さすがに素人相手に、ハンデなしというのも無粋よね」
「——ッ!」
「……本来なら、弓道にアーチェリーのような概念はないのだけれど、今回はどちらがより中心に
このような挑発があっては、一方の京華も、もう引き下がれない。
「……分かりました。それでいきましょうか。で、いつやるんですか?」
「では、明日の部活の時間に。それまでに、基本だけでも身に着けておきなさい」
「望むところ……!」
「では、そういうことで。部長も聞いていましたよね?」
「……あー、もう……この子達は……」
文奈は頭を抱えるしかない。美束にもその立場は分からないでもなかったが、これ以上の妥協はできない様子だった。
「じゃ、楽しみにしてるからね。逃げ出したりだけは、しないように」
そう言い残して、その場から去る。一方の京華は相手の姿が廊下の先に消えるまで、厳しい顔でその背中をじっと見つめていた。
やがて、乙葉が大きな溜息を吐く。
「……京華……また難題を……」
「……大丈夫だ。お前も知ってるだろ? 俺の運動神経を」
一方の京華が口調を戻しながら自信満々にしていると、ここで文奈が口を出していた。
「そういう問題じゃありません……」
『!』
「……あまりにも舐め過ぎだよ。猶予が一日しかないんじゃ、矢を前に飛ばすだけでも精一杯だよ」
この言及に——
「え……そうなんですか……?」
京華も一気に不安に駆られている。その反応を見て、文奈は思わず突き放すような口調になっていた。
「それだけ繊細な武道だからね……」
「!」
京華が言葉を失う中、ここで乙葉がさらに確認をする。
「……それから、明日ってバイトの初日だよ? もしかして、忘れてる?」
「あ……」
どうやら、完全に失念していたようだ。本来なら、部活への参加もない日のはずなのに。これでは、当日は時間にも追われることになりそうだった。
なんにせよ、文奈は一連の状況を一旦整理する。次いで、とりあえず付け焼刃だけでも確保しようとしていた。
「……とにかく、準備ができたら、すぐに弓道場の方に来て。時間が許す限り、基礎を叩き込んであげるから……」
「……お願いします」
一方の京華も、ここは頷くしかなかったようだ。これ以降は比較的素直な様子で、部長の方針に従っていた。
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