第30話 進化の可能性

 無事にバイト先が決まり、京華は胸を撫で下ろしながら家路についていた。小遣いが急になくなった彼女にとって、これからはあの喫茶店が生命線になる。その一方、乙葉は勤労という初めての体験が待っていることに対して、内心では期待と不安が入り混じっていた。


 ただ——

 今は、それ以上に気掛かりなこともある。京華と別れて、帰宅した直後の自室内。乙葉はベッド上で寝転がりながら、先程親友が見たという三つの顔を思い出していた。

「……会長の目もあるし……店長も、ああは言ってるけど……」


 クラスメイトの例の女子三人組。やはり、まだ何か根に持っていると考えておいた方がいい。だが、その心理は分かりやすいものの、どんな手段をこれから行使してくるのかが不明だ。そのため、色々と対抗策を練っておく必要があった。


 その内の一つに——

「……やっぱり、この力だよね」

 プチ・チートとして授かった念動力がある。先日は役に立ったが、あれ以上に何かできることはないのか。それをさらに調べておく必要があった。


「よっと」

 乙葉はすぐに起き上がると、ベッドの脇にあるデジタル式の目覚まし時計に意識を向ける。次いで、手を伸ばしながら念じていた。


 すると——

「!」

 その見えざる力により、目覚まし時計が虚空を泳いで手元までやってくる。乙葉はそれを片手で掴むと、渋い表情になっていた。

「……うーん……やっぱり、微妙な超能力だよね……」


 ただ、その小さな液晶画面に目を向けた時のことだ。

「……うん?」

 そこには、数字には到底見えない文字の羅列が。


「これって……文字化けしてる?」

 そう呟いてからしばらく考え込んでいると、やがて一つの推論に辿り着いていた。

「もしかして……念動力が電子回路にまで作用してる?」


 それと同時に——

「——!」

 晶乃から聞いた、この超能力の進化の話を思い出す。

「……確かに、電気信号って小さな力だけど……もしかして、プログラムの書き換えとかもできたりするんじゃ……」

 そうであるのなら——やってみる価値があった。善は急げ。すぐに持っていたデジタル時計の基盤に意識を集中させ、そこに干渉しようとしていた。


 ただ——

「……う……」

 そこで、急に眩暈を覚えていた。

「これは……かなり……しんどいな……」

 慣れが必要なのか、そもそも、そこまで緻密な作用は及ぼせないのか。判然としなかったが、ここで諦めるつもりはなかった。


「……今の世の中では、あらゆる場所で半導体のチップとかが使われてるよね。そこに干渉ができれば、意外な力が発揮できるかも……」

 何やら、ファンタジー世界の異能力のような進化を夢想しているらしい。実現性は未知数だったが、その可能性の探求に心を躍らせていた。


 ただ、なんにしても、今日は疲れたのでここまでにする。

「今後も、色々と実験はしておこうか。この力のこと、確かめておいて損はないし」

 最終的にそう判断すると、とりあえずデジタル時計を念動力で元の位置に戻そうとしていた。


 が——

「……あれ?」

 掌の上のそれは、ぴくりとも動かない。

「発動しない……? どうなってるんだ?」

 その理由が分からず、首を傾げていた時のことだった。


 急に——

「——乙葉? ちょっといいか?」

 自室にノック音。

「はーい」

 すぐに反応すると、時計を持ったまま部屋のドアを開けていた。


 すると、そこには何やら深刻そうな実父の顔が。

「父さん……? 何? どうかした?」

 思わずこちらも真顔になっていると、劉玄は重苦しい口調で言う。


「うむ。実は……さっきまで、下のリビングでドキュメンタリー番組を見ていたんだが」

「……それで?」

「最近はな……若者の間で、大いに性が乱れているらしいのだ!」


 ただ、これを聞いて——

「——⁉」

 乙葉は一気に嫌な予感を覚える。だが、一方の劉玄は構わずに懐から何かの錠剤が入った箱を取り出し、こちらに突き付けて来た。

「だから……! 急いで買ってきたんだ! これがあれば、とりあえずは乙葉も安泰だ!」


「……一応聞くけど……なんの薬?」

 と、乙葉がジト目で尋ねる。

「無論、避妊薬に決まって——」

 劉玄も即座に答えようとしていたが——

「——ッ!」

 その途中で、乙葉は持っていたデジタル時計を実父の顔面に叩き込む。そして、それが壊れた原因もついでに隠蔽していた。



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