第29話 採用の可否
乙葉もやや緊張感を漂わせながら見守る中——
京華がおもむろに切り出していた。
「……では、単刀直入にお尋ねします」
「どうぞ」
「ここって……バイトの募集とかしてますか?」
この質問に、一方のマリーは少し考えてから問い返す。
「それは……要するに、あなた達がここで働いてみたいってこと?」
「……ありていに言えば……そうです。あくまでも、まだ興味の段階ですが」
「それって、学校の許可は取れるの?」
この再度の問い返しに、一方の京華は力強く頷いていた。
「もちろんです。それに関しては、問題ありません」
「……そう……」
と、マリーは小さく反応すると、そこで何やら考え込む。ただ、そのまましばらく無言の時間が続いたため、徐々に京華が不安になってきていた。
「……それで……どうなんですか?」
すると——
「……募集は……特にしてないのよね……」
少女の耳には否定の言葉が届く。
『!』
一方の乙葉の表情も、一気に厳しいものへと変化していたが——
そこで、二人は店長の瞳に明らかな好奇心が宿っていることも確認していた。
「でも……あなた達に、ちょっと興味が出てきたわ」
『え……』
乙葉と京華が揃って同じ反応をしていると、一方のマリーはここで自分を納得させるように呟き始める。
「……それに、お店がずっとこのままの方針でやっていけるのか、最近ちょっと不安に感じてたのよね。そこに、可愛い女の子が二人。何かいい変化があるかもしれないわね……」
「じゃあ……!」
京華がその意味を瞬時に悟って顔を明るくしていると、一方の店長はそこで真剣な表情を作っていた。
「ただし、やるのなら本気で。こっちにも準備があるわ。すぐに辞められたら困るから、ここにしばらく腰を据えるってことにしてちょうだい。それが条件だけど……どうする?」
この問い掛けには京華も即答はできず、とりあえず対面に意見を求める。
「……乙葉……」
すると、相手は小さく微笑みながら頷いていた。
「……そっちで決めていいよ。私は従うから」
それを見て——
「——!」
京華の心がすぐに決まる。
「じゃあ……そういうことで!」
真横に向き直りながら告げると、マリーもにっこりと微笑みながら頷いていた。
「決まりね」
「おっし……!」
京華が思わず拳を握り締めている。ただ、それを見た乙葉の感想はいつも通りだった。
「……ちょっと……品がないよ……」
「う……」
と、京華の気勢が削がれる中、ここでマリーが急に主導権を握る。
「……まぁ、その辺も追々勉強していきましょうか。じゃあ、とりあえず——」
『?』
「……そっちの子——京華ちゃんでよかった?」
「あ、はい……」
当の本人が少し戸惑っていると、マリーは急に店内の対角線上にあるテーブルを指差していた。
「向こう……まだ片付けができてないから、ちょっとそれをお願いできるかしら? もう食べ終わってるようだし」
「……いきなりですか?」
京華がなおも困惑していると、そこで店長はその思惑を口にしていた。
「試験のようなものね。こっちの子には、別のことを頼むから。あなた達の仕事ぶりも、ちょっとは見ておきたいのよ。その代わり、これのお代はいいから」
この最後の言及に——
「——分かりました! 行ってきます……!」
懐の寂しい京華は一気に態度を変え、能動的に動く。それを見た乙葉は親友の現金な様子に小さな苦笑をすると、残りのパフェに口をつけようとしていた。
そこへ——
「——さて、乙葉ちゃん」
「?」
「……晶乃から聞いてるけど……あなたも大変ね」
この急な暴露を耳にして——
「——ッ⁉」
乙葉が思わず咳き込みそうになる。片方の鼻の穴から溶けたアイスを垂らしながら振り向くと、そこにはマリーのしたり顔があった。
「……ふふ。いい反応。実は……私と晶乃は旧友同士でね」
「……ッ!」
乙葉が慌てて鼻を拭いてから向き直ると、店長はなおも事実を口にする。
「ここに、自分の娘達が来るかもしれない。その場合は、二人のことをよしなに。実は、そんな風に頼まれてたのよ。だいたいの事情も聞いているわ」
「おばさん……どこまで読んでたんだ……」
乙葉はこの瞬間に全てが掌の上だったことを悟り、思わず脱力していた。
そんな様子にマリーは小さな同情をしてから、さらに告げる。
「とにかく、京華ちゃんのことは、私もしっかり見ておくから。あなたは大船に乗ったつもりでいてね」
「……お願いします」
と、成り行き任せで、乙葉は小さく頭を下げることになっていた。
その直後——
「——あ……!」
向こうで、京華が何かに反応。
『?』
マリーと共に乙葉が視線を向けると、親友は片付ける食器類を持ちながら、急いで戻って来る。
「……乙葉……ちょっと」
「どうかした?」
「……今……窓の外に、同じクラスの例の三人組がいたんだけど」
これを聞いて——
「!」
乙葉が顔をしかめていると、一方の京華も同じような表情になっていた。
「これって偶然か? 目が合ったら、すぐに立ち去ったんだけど……」
「……偶然……だといいけど……」
すると、ここでマリーが口を挟む。
「何かトラブル?」
「え……どうでしょう……」
京華が戸惑っていると、店長が何故か胸を叩いていた。
「まぁ、よほどのことでも大丈夫よ。私、こう見えても修得している武道全部合わせて二十一段だから」
『⁉』
「か弱い乙女でも、やる時はやるんだから。任せておきなさい」
自信満々で、なおも頷いている。だが、それを見た京華は思わず小声で呟くだけだった。
「……俺達、どう見えたらいいんだ……?」
「私に聞かれても……」
乙葉にも答えようがない。同じように困惑していたが、とりあえず、目の前のパフェだけは最後まで食べ切っていた。
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