第28話 喫茶店の店長
喫茶あねもね——
その店舗は、碧央学園から自転車で二十分ほど移動した場所にあった。京華が事前に調べた通り、閑静な住宅街のド真ん中にある。基本的に周辺住民のみを主な客層にしているようで、確かに地域密着型の店舗だった。
この立地ならば、情報が外に漏れることも少ないだろう。乙葉と京華が働く場所の条件としては最適だ。ただ、客足が少ないことも予想される。果たして、アルバイトの募集はあるのだろうか。乙葉はその点を心配しながら、店舗の軒先に自転車を停めていた。
次いで、京華と共に入店する。内部はログハウス調の内装になっており、非常に落ち着く空間が広がっていた。夕刻の今の時間帯は根本的に客足も少ないようで、テーブルには二、三組の姿のみ。しかも、全員が御老体だった。
そんな店内の様子を、京華がレジの前から一瞥して呟く。
「……うん。そんなに流行ってないようだな」
この失言に、隣の乙葉は慌てて周囲を気にしながら注意していた。
「……失礼だよ。あと、本音を簡単に漏らすのもやめよう。客商売では常識だよ」
「俺にできると思うか?」
「やるしかないよ。それと……何度も言うけど、一人称と言葉遣い……」
いつものこの忠告に、一方の京華は少しうんざりした様子で抗弁する。
「実際に働く時は、特に意識するよ。こう見えても、切り替えは得意なんだ。お前だって知ってるだろ?」
「……そうだけど……」
「それよりも……案内がないけど、どうなってるんだ?」
と、京華がレジの奥を覗き込もうとした直後だった。
急に——
「——いらっしゃい」
背後から声が掛かる。
『——⁉』
乙葉と京華が弾かれたように振り向くと——
そこには、店舗の関係者と思われる人物が一人。その全身には高価そうでありながらも落ち着きのあるドレスを着込んでおり、ボブカットの髪をブロンドで染め上げていた。
ただし——
その声は野太く、体格は明らかに筋肉質だ。どう見ても、センスと性別が一致しているようには思えなかった。
そんな事実に乙葉が戸惑う中、目の前の人物は二人を交互に見てから、素直な感想を述べる。
「あら。女子高生なんて珍しいわね。そういう子達は、もっと煌びやかなお店に行くものなのに」
これに対応したのは、動揺の少ない京華の方だった。
「ちょっと、この店の名物の噂を聞きつけまして。学校帰りに立ち寄ったんですけど……席は適当に座ってもいいんですか?」
「どうぞ、ご自由に。見ての通り、今の時間帯は閑古鳥が鳴いているからね。それと、ここは私一人で切り盛りをしているから、タイミングが悪い時もあってね。すぐに案内ができなくて、ごめんなさいね」
「!」
その言い回しに京華が思わず口籠っていると、一方の店長がついでに尋ねる。
「……既に、ご注文の方が決まってるようなら、承るわよ」
「え……?」
「そんな口ぶりに聞こえたんだけど……私の勘違いだったかしら?」
「……あ、いえ……そうっすね……じゃあ、名物のパフェを二つ」
これを聞いて店長はにっこり笑うと、すぐ厨房に向かっていた。
「分かったわ。どうぞ、ごゆっくり。あ、申し遅れましたが、マリーといいます。以後、お見知り置きを」
そう言い残してから、店長は姿を消す。一方の二人は周囲に人がいない隅のテーブルを見つけると、すぐにその場所へと移動していた。
次いで、ほぼ同時に着席してから、乙葉が小声で対面に聞く。
「……ちょっと……京華」
「うん? どした?」
「……あの人……いや、別に……見た目で判断してる訳じゃないんだけど……」
と、何やら口を濁していると、一方の京華は意味深な表情で頷いていた。
「……個性的な店長さんだよな。事前に調べた情報通りだ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
乙葉がなおも当惑していると、京華がここでやっとその思惑を口にする。
「……分かってる。でも、ある意味……俺達と似てると思わないか?」
「え……」
「だから、もしかしたら意外と馬が合うんじゃないかと思って」
「あ……そういうこと……」
第三者には分からないだろうが、乙葉と京華はかなり特殊な性的マイノリティーだ。女性としての見識が乏しい二人にとって、最良の雇い主になってくれるかもしれない。乙葉も、ようやくその可能性に気づいていた。
京華がさらに対面へと尋ねる。
「俺の第一印象は……そんなに悪くはないかな。乙葉の方はどうだ?」
「……そうだね……同じだと思うよ」
この色よい返事を聞いて、一方の京華は満足そうに頷くと、ここでいきなり話を脱線させていた。
「じゃあ、あとは名物のパフェの評価だな。フルーツ特盛とやらの性能を確かめさせてもらおうか」
「……いや、京華……ズレてるよ。本来の目的……」
乙葉が思わず半眼になるが、親友の様子に変化はない。
「分かってるよ。でも、そっちも重要だと思わないか?」
すると——
「——その子の言う通りね」
と、急に人の気配が真横に。
『——ッ⁉』
乙葉と京華が慌ててそちらを振り仰ぐと、店長が目前のテーブルに注文の二品を並べているところだった。
「飲食店に来たのなら、まずはメニューで評価してほしいものよ。まぁ、私自身が好奇の目で見られるのはいつものことなんだけど、やっぱり腕の方にも注目してほしいもの」
「……いつの間に……」
乙葉が思わず呟くが、一方のマリーは気にせず促す。
「あ、アイスも入ってるから、お早いお召し上がりを推奨するわ」
笑顔でそう告げられ、二人はとりあえず素直にスプーンを持っていた。
『……いただきます』
「どうぞ。ご賞味あれ」
その言葉と同時に、乙葉と京華が一口目を食べた直後——
『——!』
少女二人の目が一瞬で好ましい色に変化。それ以降は、両者ともに無心で目の前のパフェへと意識を向けている。特に、京華のスピードが尋常ではなく、乙葉がまだ半分しか食していない段階で、一気に平らげてしまっていた。
そんな素直な様子を見て、マリーは心から楽しそうにする。
「……ふふ。いい反応ね……」
すると、ちょうどそこでスプーンを置いた京華が恐る恐る尋ねていた。
「……あの?」
「ん?」
「なんというか……ずっとそこにいるんですか?」
「あら? その方が二人にとっては都合がいいような気がしたんだけど……私の気のせいかしら?」
この正鵠を射た問い返しに——
『——⁉』
乙葉も揃って驚いていると、店長は全てを見透かしたような目で促す。
「やっぱり、図星のようね。それで……私に何か用?」
この問い掛けに——
一方の京華は居住まいを正すと、真剣な面持ちになってから口を開いていた。
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