第27話 直談判

 乙葉と京華が去ってからの弓道場。その控室で文奈が部費について色々と唸っていた時のことだった。

「——部長。ちょっといいですか?」


 と、二人の生徒がそこに入って来る。同じ二年生の弓道部員だ。先頭の女子はショートボブの髪型で、意志の強そうな瞳をしている。喋っているのも、彼女の方だ。その後方には、大柄で物腰の柔らかそうな男子が続いていた。


 そんな二名の顔を確認して、文奈が一旦手を止める。

「あ……日高さんに稲場君。どうかしたの?」

 この何気ない問い掛けに、一方の女子——日高美束ひだかみつかは、ここで何故か小さく頭を下げていた。


「……最初に謝っておきます。先程は大変失礼いたしました」

「え……急にどうしたの? 私、日高さんに何か迷惑を掛けられた覚えなんて、全くないんだけど?」

 文奈が戸惑っていると、美束が素直に事情を吐露する。


「……実は先程、新入部員二人との密談に聞き耳を立てていました」

「——!」

 突然の告白に部長が驚く中、美束はさらに頭を下げていた。

「その点について、まずは謝罪の言葉を述べさせていただいた次第です」

「そう……なんだ……」


 一方の文奈は、相手のイメージとは違うその行為に違和感を覚えていたが、とりあえず要件を尋ねる。

「……それで、何かあったの?」

 すると——

 ここで、美束の雰囲気が一変。


「単刀直入に言います。不愉快です」

 この即答に——

「——!」

 部長が言葉を失っていた。一気に室内の空気が悪くなっていると、ここでもう一人の男子——稲場辰興いなばたつおきが相方に口を出す。


「……美束……さすがに、その言い方は棘が——」

 と、そこまで喋ったところで、相手に遮られていた。

「——あなたは黙っていて」

「!」

 辰興が慌てて口を噤む中、一方の美束は部長に向き直って続ける。


「……とにかく、納得ができません。入部したての新入部員が、いきなり部活動をサボって小遣い稼ぎですか? ここは己の弱い心と向き合うための神聖な場です。あのような生半可な意識を持った部員は必要ありません」


 一気にまくし立てると、文奈は頬を掻きながら戸惑っていた。

「……言いたいことも分かるんだけど……」

 次いで、すぐに説得へと移る。

「あの二人は……ちょっと訳ありでね。部としては、例外として大事にしてあげたいんだ。他の人達には、なるべく黙っていてくれないかな……?」


 すると、ここで美束が何かを思い出していた。

「……水城浦……それって、例の水城浦家ですよね?」

「え……」

「この街の陰の実力者と伺っています。そこの関係者がアルバイト? 裕福な家庭のはずなのに? なんか、おかしくないですか?」

 この鋭い指摘に、一方の文奈は推測を交えた事実だけを告げる。


「……社会勉強の一環らしいよ。箱入りだと、社会に出てから色々と問題でもあるんじゃないのかな?」

「だったら、もっといいお嬢様学校にでも入れば良かったんです。なんでそうしなかったんですか? 部長はその理由を知ってるんですか?」

「いえ……そこまでは私も……」


 文奈が一方的に押し込まれていると、ここで再び辰興が口を挟んでいた。

「……美束。部長をそこまで追い込むこともないんじゃ……」

 だが——

「——辰興!」

「——はい……!」

「……何度も言うけど、幼馴染だからといって、校内でそう易々と下の名前で呼ばないで。一日に一回までって言ってるでしょ」

「……ごめん」


 相方が一気にその大柄な体躯を委縮させている。そんな一連のやり取りを見て、一方の文奈は思わず率直な感想を口にしていた。

「……一回ならいいんだ。変わったルール……」

「……なんでしょうか?」

「!」

 急にその注目が戻ったため、文奈が思わず動揺して居住まいを正している。そんな様子は特に気にせず、美束は話を纏めようとしていた。


「……とにかく、私には納得ができません。今日は私の方にも落ち度があるので、ここで引き下がりますが……あの二人、これ以上何か部の雰囲気を壊すようなことがあれば、すぐさま追い出しますから。そのつもりでいてください」

「……その辺の権限は日高さんにはないはずだけど……」


 一方の文奈が小声でそう呟くが、もう相手の耳には届いていない。

「……では、失礼します。行くよ」

「あ……ああ……」

 相方を伴ってすぐに退室しており、室内からは一気に嵐が過ぎ去っていた。


 取り残される形になった文奈は、ここで思わず独りごちる。

「……うーん……尻に敷かれてる——じゃなくて……参ったね、これは……」

 ただ、現状ではこの問題をどうしたらいいのか分からず、悩みの種が増えたことに困惑するしかない様子だった。



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